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君とパンケーキ

 突然だが、パンケーキは「美味い」だろうか?
 あまり「不味い」と言う人は居ないだろうけど。もしそう思う人はここでこの投稿を閉じてほしい。

 さて、私は知り合いによくカフェに連れ出される訳だが、そこで出てくるのがパンケーキである。言って仕舞えばパンケーキのないカフェの方が珍しいくらいだ。
野球にバット。カフェにパンケーキである。
パンケーキなんて家で作ればいいのに、何故わざわざ外で食べるんだ?なんて思っているとだいたい目の前にでっかいパンケーキが来る。
どかーん。バカデカパンケーキ1500円。
美味いか?それ。まだチョコバットの方がいいだろ。安いし、安いし。
 まあ口にしてみれば、だいたいそうやって出てくるバカデカパンケーキ1500円の9割はちゃんと美味いわけで、私も「美味いね」と言う。もっとも残り1割だったときも「ウマイネ」であるが。
 
 
 でも私はこの「美味いね」に疑問を持っている。なぜなら同じものを口にしても、同じ味には感じてないからである。結局のところ人は、自分の、そしてその時の感性でしか物事を語れないのだ。
 つまるところ、あなたの「美味いね」はあなたの感想で、私の「ウマイネ」は私の感想なのだ。
これを深く考えれば、「私の見ているあなたが美味いねと言っただけ」であって、あなたは「ウマイネ」と言ったかもしれない。なぜなら私の今日の感性があなたに「美味いね」と言わせただけだからである。昨日の感性さんはあなたに「ウマイネ」と言わせていたかもしれない。

 人はいろんな感性を持っている。個人それぞれがそれぞれの。
 だから「美味いね」と言われて「ウマイネ」と脳死共感で返すのはやめたいと思っている。不味いなら不味いとしっかり私の感性を口にしたいと思う。お店の中ではやらないけど。
 こうやってちゃんと「不味いね」と言える人が良い関係の人なんじゃないだろうか。自分の感性を否定しない人が。

 つまりここまで読んだ人にはいい関係性の人はいないと言うことになるが。

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