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水溜まりの中のインク

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2024年5月の記事一覧

水溜まりの中のインク 第1話

水溜まりの中のインク 第1話

【あらすじ】地球人のリノンは、猫型異星人のトラットとともに宇宙旅行をしている。惑星ケルダに降り立った二人は、ガイドの案内で遺跡の村をめぐるが、やがて事件に巻き込まれてしまい……。

 宇宙船から降り立って見たのは、一面の青だった。宇宙港を取り巻く草原はその向こうにある林へとつながり、さらに奥に見える小山へとなだらかに続いている。目の覚めるような青色の植物に覆われた大地は、凪いだ海のようにも見えた。

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水溜まりの中のインク 第2話

水溜まりの中のインク 第2話

 旅を始めたばかりのころ、宇宙船で隣の席に座った薄青い髪の男性は、気さくにこう話しかけてきた。
 ――若いお嬢さんが一人で宇宙旅行とは、度胸があるね。どこの出身だい?
 ――地球です。
 ――へえ、ずいぶん遠くじゃないか。旅費も馬鹿にならないだろうに。もしかして、高貴な身分の方かい?
 ――そうだよ! ボクは惑星――の王子さ!
 男性の言葉に反応して、ジャケットの襟元からトラットが顔を出す。
 ―

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水溜まりの中のインク 第3話

水溜まりの中のインク 第3話

 翌日は嘘つき村を案内してもらうことになっていた。
「今日はひどい天気だな」
 キバと名乗った嘘つき村のガイドは、カプセル型の車を器用に運転しながら言った。昨日、西側の道を上ったときもそうだったが、ろくに舗装もされていない山道では、自動運転機能は使いものにならないそうだ。突き上げるような揺れに身体は跳ね、カーブに差しかかるたびに窓に頭をぶつけそうになる。トラットもジャケットの中でつぶれたような声を

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水溜まりの中のインク 第4話

水溜まりの中のインク 第4話

 翌朝、トラットを抱いて眠っていたリノンは、枕元に備えつけられた端末の着信音で目を覚ました。点滅する青いランプは、外部からの通信であることを示している。眠い目をこすって画面に触れると、見憶えのある女性の姿が現れた。
『サクラギさん? よかった、まだ出発してなかったのね』
 画面の中でほっとした笑みを浮かべたのは、正直村の村長、アイエラだ。迫力ある体型は相変わらずだが、自慢の巻き毛はあちこち絡まった

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水溜まりの中のインク 第5話

水溜まりの中のインク 第5話

「失礼します」
 リノンはこの場にいない家主に断り、簡素な木机の引き出しに手をかけた。引き出しはすんなり開いたものの、入っていたのはありきたりな文具と虫刺されの薬だけだった。犯行をほのめかすメモでも見つかればと思ったのだが、そう簡単にはいかないらしい。
 少しでも手がかりを得ようと、ガイドたちの住む家の調査を始めたはいいが、今のところ収穫と呼べるものはなかった。空き巣でも入ったかのような室内の惨状

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水溜まりの中のインク 第6話

水溜まりの中のインク 第6話

「ねえ、もういいんじゃない? 被害者はカイってことになったんでしょ」
 背後でトラットがぼやいた。キバの住む家には電気式の暖房が据えつけられていたが、さすがに暖炉ほどの威力はなく、トラットはさっきから鼻をすすっている。
「そうだけど、一応こっちも調べとかないと。証拠は多いほうがいいしね」
 クローゼットの中を眺めながら、リノンは答える。キバの服は見事に黒で統一されていた。下着やベルトなどまで黒一色

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水溜まりの中のインク 第7話

水溜まりの中のインク 第7話

 翌朝、正直村に戻ると、リノンとトラットは監視カメラのある壁を抜けて広場へと入った。夜のうちにアイエラと連絡を取り、カイの家に二人の人物を集めてくれるよう頼んでおいたのだ。
 家の扉を開けると、ソファの端と端に座っていた二人が同時に顔を上げた。片方は杖を手にした痩せっぽちの老人、もう片方はおかっぱ頭でずんぐりとした体型の老女だ。
 ――あの人たちは、村で〈長老〉と呼ばれているわ。
 アイエラの言葉

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水溜まりの中のインク 第8話

水溜まりの中のインク 第8話

「そうよ、私がやったの」
 エルゼはリノンの問いにきっぱりと答えた。ただし、彼女は嘘つき村の住人なので、「やっていない」と否定したことになる。
「あなたの考えは見事に当たってるわ。名探偵、って呼びたいくらい」
 言葉とは裏腹に、エルゼの表情は険しかった。二人のガイドが同一人物だと聞いたときは驚いたような顔を見せたものの、自分が疑われていると知ると、とたんに敵意の塊と化してしまった。小さな顔をこれで

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水溜まりの中のインク 第9話

水溜まりの中のインク 第9話

 夕暮れの広場に軽快な音楽が響いている。初めて聴くリズムなのに、どこか懐かしく思えるのは、使われている楽器がリノンの故郷のものと似ているからだろうか。
「トラット。これ美味しいよ」
「どれどれ――あちっ! なんだよ、まだ冷めてないじゃない!」
 配られた料理をつまみながら、リノンとトラットは祭りの様子を眺めていた。昨日修理されたばかりの櫓からは、真新しい木の匂いが漂ってくる。櫓の前では二つの村の全

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