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墜ちた男

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墜ちた男 第1話

墜ちた男 第1話

【あらすじ】
 刑事の春名皓平は、友人の藍沢十哉を招いた夕食の席でとある殺人事件の話をする。それは、周囲に高い建物のない場所で男が墜落死するというものだった。
 容疑者として浮かんだのは二人。被害者の元妻と、被害者から金を借りていた男だ。どちらも動機があり、アリバイも不完全だった。
春名に挑発された藍沢は、この事件の謎を解こうと推理を始める。しかし、思いつきは春名によって次々と否定されていき……。

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墜ちた男 第2話

墜ちた男 第2話

 男の死体が発見されたのは、よく晴れた早朝のことだった。
 正確には、午前五時半すぎ。季節は夏とあって、辺りはすでに明るかった。春名が現場に着いた午前七時には早くも気温が上がりはじめていて、半袖シャツの背中がじっとりと汗ばんだのを憶えている。
 現場は南北を公園と廃工場とに挟まれた片道一車線の道路だ。車道の両脇には一段高くブロック敷きの歩道が整備され、その境には背の高い雑草が生い繁っていた。公園の

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墜ちた男 第3話

墜ちた男 第3話

『あの、まだ帰れないんですか?』
 繰り返される質問の一つ一つに律儀に答えたあと、槙はそう訊ね返した。口調こそ遠慮がちだが、ひそめた眉は不満を物語っていた。
『事情聴取って、けっこう面倒なんですね。こんなことなら名乗り出なきゃよかった』
 まとめ髪の毛先を弄び、溜め息をつく。丸くて大きな両目のせいか、それとも卵を思わせる輪郭のせいか、槙は実年齢より五歳は若く見えた。
 彼女が久保塚と結婚したのは、

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墜ちた男 第4話

墜ちた男 第4話

『悪いことってのは重なるもんですね』
 事情聴取が始まるなり、高尾は溜め息まじりに言った。肩につくほどの髪を掻き上げ、傍らに視線を移す。その先にあるのは、事務机に立てかけられた二本の松葉杖だった。
『仕事はなくなるし、怪我はするし、久保塚さんは死んじゃうし』
 お祓いでもしてもらったほうがいいんですかね、と冗談めかして笑う。その声にも笑みにも、力はなかった。
 足首を捻挫したのは、事件の三日前との

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墜ちた男 第5話

墜ちた男 第5話

「久保塚も容疑者二人も、カメラに映ってないのか……」
「受けて立つ」との宣言から五分後。藍沢はほとんど骨だけになった鮎をつつきながら、独り言のように洩らした。
「ってことは、久保塚と犯人は廃工場経由で現場に行ったってことだよな……」
 どうやら熟考しているらしい。箸先は鮎の骨を引っ掻いたりつまんだりしているものの、藍沢の視線は皿の上ではなく宙に向いていた。
「普通に考えればそうなる。問題は、現場に

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墜ちた男 第6話

墜ちた男 第6話

「正解だ」
 数秒の間のあと、春名は溜め息とともに洩らした。無意識に呼吸を止めていたらしく、軽い酸欠を起こしたように頭が痛む。耳の奥では、犯人を指摘する藍沢の声がまだ響いていた。
「それはどうも」
 藍沢は澄ました顔で会釈し、膨らんだ胃をぽんと叩く。気づけば、テーブルの上の皿はすべて空になっていた。
「なかなか面白かったよ。とっておきのデザートって感じでさ」
 現実の事件も捨てたもんじゃないね、と

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