塩対応の八重さんが、はじめて笑った日

突然だが、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にどハマりしている。えぇ、それはもう引くほどに。

毎週日曜20時にリアルタイムで見てから、そのまま録画したものを間髪入れずにもう一回、さらに次の日曜が来るまでに1〜2回は見てる。お気に入りの話だとたぶん7回は見てるなってぐらいのめり込んでいる。

主人公は小栗旬さん演じる北条義時。源頼朝(大泉洋)の正室である北条政子(小池栄子)の実弟であり、鎌倉幕府の二代執権を務めた男だ。物語は伊豆に流刑された源頼朝と出会うところからはじまる。

ちなみに私は源頼朝と北条政子の名前しか知らないぐらい、この時代の歴史に詳しくない女である(この時代どころか歴史はほとんど知らない)。あ、でも鎌倉幕府ができた年くらいは知っているかな。

こんな歴史にまったく興味がない私がこれほどまでにのめり込めたのは、脚本家・三谷幸喜さんの手腕によるところが大きいだろう。歴史というのは不明瞭なことが多い。史実にないものは想像して話をつなげつつ、かつドラマティックに仕上げなければならない。

大河ファンおよび歴史ファンの方々が申すには、三谷さんはその辺の塩梅がお上手ならしい。「この人物をこんなふうに使うなんて…!」「あの話をこんな解釈でみせるとは…!」など、放送後にはTwitterが大盛り上がりしている。その”神“脚本を盛り立てたうちのひとりが、やはり新垣結衣さん演じる八重ではないかと思う。

そう、前置きが長くなったが、今日はタイトルにもある通り八重について語っていきたい。

※以下、おもいっきりネタバレしているので、苦手な方や最新話まで見てない方はご遠慮くださいませ。






まず、八重のことを説明するうえで欠かせない、重要な登場人物を図解してみた。

八重は伊東を所領とする豪族・伊東祐親(浅野和之)の娘として生まれる。ちなみに伊東祐親は北条義時(小四郎とも呼ばれる)の祖父にあたるので、小四郎にとって八重は叔母にあたる。小さな頃から知っている八重を、小四郎は知らず知らずのうちに好きになっていたようだ。

がしかし、八重はこのとき源頼朝と恋仲になっていた。平家から流人・頼朝の監視役を命じられていた八重の父・祐親は激怒。二人を別れさせ、生まれた男児・千鶴丸を殺してしまう。

八重と引き離された頼朝は、北条家に転がり込んですぐ北条政子と恋仲に。ほどなく結婚する。頼朝に父を捕らえられ、しばらく匿われていた八重はその様子をどんな思いで見ていたのだろう。しかし、早々に政子とくっついた頼朝に複雑な思いを抱きながらも、八重はまだ頼朝を慕っていた。頼朝のそばに仕えたいと希望し、やがて御所で侍女として働くこととなる。

口を開くたびに「あの方のお役に立ちたい」とのたまう八重だが、頼朝の浮気現場を目撃したり、生きて釈放されるはずだった父と兄が頼朝の命で殺されたりなど、散々だ。それでもまだ頼朝を慕う八重を私は信じられない気持ちで見ていた。

すべてを知って心配した小四郎が、江間の所領(八重が前に住んでいた場所)を得た後に八重を住まわせて色々面倒を見るけど、その態度は見事に素っ気ない。八重には頼朝しか見えてないのだ。小四郎が懸命に話しかけても、くすりとも笑わないし、ずっと塩対応だ。

ちなみに小四郎は頼朝の思いつきもあって、一度八重に結婚を申し出ているのだが、皆の前でこっぴどく振られている。小四郎も散々だ。


だが、小四郎は諦めない。八重に「(顔を見せるのは)1ヶ月に一度でいい」と言われてたのに、10日に三度も江間に足繁く通う。ちなみに頼朝のいる御所(鶴岡八幡宮近くにあったらしい)と、江間の所領は歩くと17時間くらいかかるみたいだ。馬でもだいぶかかるのではないか。

それでも小四郎はひたすら八重の元に通う。庭を手入れしている八重が、小四郎に気づいて柄杓を落とす場面もあった。いや、怖がられているではないか。これではストーカーだ。

それでも鈍感なのか小四郎はめげずに八重のもとに通い、八目鰻の干したものとか山菜とか、鯛とかをお土産に持って帰る。八重がきのこ嫌いなのを知らずに、「女子(おなご)は皆きのこが好きなのかと思ってました…」と落胆する小四郎を見て、「こいつ女にモテないな」と私は直感した。

でも小四郎は真っ直ぐなのだ。清々しいくらいに。

「私は、好きなんです。八重さんの、笑ってる顔が」と江間に来てから一回も笑いかけられていないだろうに、小四郎は言う。そう、小四郎は八重に元気になってもらいたいのだ。昔のように笑って欲しいだけなのだ。

がしかし、あるとき事件が起きる。八重の元に、頼朝がほんの気まぐれでふら〜っと立ち寄ったのだ。無神経にも頬を触ろうとする頼朝、とその手にかじりつく八重。頼朝は逃げるように立ち去っていくが、タイミング悪く小四郎も江間に帰ってきていた。


その夜、何も尋ねてこない小四郎に、どうして何があったか聞かないのかと問う八重。小四郎は困った顔をして笑っている。

「私を好いているのでしょう? 気にならないのですか?」と八重が畳みかけても、そんな様子なので、「何もありませんでした!」とプンプンする八重(かわいい)。

それに対し、「別にどちらでも良いのです」とやっと重い口を開いた小四郎。

そして、「八重さんに振り向いてもらおうなんて、そんな大それたことはもう思いません。背を向けられても構わない。私は、その背中を支えるだけです」と続ける。私はグッときた、何で健気なんだ小四郎…と。

さらに一呼吸おいて小四郎は言う。

「いつか…。八重さんに笑ってお帰りと言ってもらえたら、私はそれだけで十分です」と。うん、そこだけは譲れないんだね。

言うだけ言って鎌倉に戻ろうとする小四郎を八重は「お待ちください」と止めた。視聴者がぐっと心をつかまされたように、小四郎の真っ直ぐな言葉に八重も心を動かされたようだ。

小四郎に向き直り、「小四郎殿。お勤めご苦労様です。お帰りなさいませ」と深々と頭を下げる。そして顔を上げてにっこりと微笑んだ。

小四郎は驚きの表情を見せつつも、最後は応えるようにやわらかく笑った。その目にはうっすら涙。私も気づいたら号泣していた(小四郎、本当によかったね)。


次の週の放送で、二人は晴れて夫婦になり、子供まで授かっていた。だが、しばらく平穏な日々が続いたものの、八重は子供たちを川遊びに連れて行った際に溺れて亡くなってしまった。私も含め、視聴者は皆、八重さんロスに苦しめられたことだろう。

史実には八重の記録はほとんどないと言う。入水自殺を図ったこと、北条家に嫁いだことなどが伝承として各地に残っているだけで、彼女の人生は謎に包まれたままだ。

三谷さんは伝承を仮説でつなぎながら、八重という人物を見事に描き切った。そして、八重を通して小四郎のひととなりを印象づけた。これから彼が目標を達成するために手段を選ばない人物へと変わっていく様子が、その対比として描かれていくはずだろう。


最新の放送回(6/5)で、事故の現場にいた平六(山本耕史)が八重が事故にあう日に何気なく話していた言葉を聞かせてくれた。

「私はちっとも悔やんでいません。十分楽しかったし、私はとっても満足」と。

八重が急になぜそんなことを言ったのかはわからない。平六も、「あの日は天気が悪くて川遊びが充分にできなかったから、そのことを言ってたのかもしれない」と小四郎に話す。でも小四郎は「そうではないと願いたい」と静かに言った。視聴者も皆、同じ気持ちだっただろう。八重は小四郎と一緒になって幸せだったに違いない。

当たり前だが、これから大河でもう八重を見ることはないし、出たとしても回想シーンのみだ。史実に沿って物語は進まなければならないので、仕方ないのはわかっている。それでも悲しいし、寂しい。塩対応の八重を懐かしみながら、8回目の録画を見ている私は、まだまだ八重さんロスから抜け出せそうにない。

執筆:otaki

編集:真央

※余談ですが、日刊かきあつめのメンバーの奥様がReal Sound映画部で「鎌倉殿の13人」のコラムを書いてらっしゃいます。とてもおもしろいのでおすすめです!

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