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92.配達員

明日は忙しく、予定がいろいろ入っています。

前は、次の日に予定があった方が気が楽に保てていたのに、今は予定があると憂鬱になります。
今度は、ちゃんとこなせるのか、という不安です。
簡単な用事が3〜4コ入っているだけなのに、この焦ってしまう気持ちはどこに向ければいいんだろうと、頭痛と戦いながらボンヤリ考えていると、いきなりドアベルが思い切り鳴りました。

「すいませーん、いらっしゃいますかー?」
ピンポンピンポンピンポーン
「いらっしゃいませんかねー?」
そう大声で言いながら(もはや怒鳴るに近い勢いで)、強めにノックもされます。

ちょっとした刺激に敏感になっているのに、こんな借金取りみたいな方法で近づいてくる大声に、体の芯からやられまして、縮こまってしまいドアを開けることができませんでした。

まるで昔ながらの熱血刑事が、犯人の家に踏み込む瞬間です。
わたし何か法を犯すようなことしたっけ?・・・いや、絶対にないし、借金もしていません。
誰か騙したっけ?・・・いや、わたしはどちらかと言えば騙される方。

・・・まさか身内?でもわたしは一人っ子だし、両親はのほほんと暮らしているのでそんなことはないはず。だってこの暑さの中、エアコンが壊れたと言って、新しく買ったのが9月過ぎてからですよ?このひどい暑さをどう乗り切ったのかと聞くと、扇風機に本気出してもらいながら、水分をいつも以上に取ったことと、首に凍ったタオルを巻いて、100均で買った風鈴の音を聞いていたらしいです。
それを「楽しかったー」と言える両親ですよ。ド天然の母と野生児の父。そんな二人が犯罪に手を染めるわけがありません。あの二人は、ピンチを笑い飛ばす才能を誰よりも持っているし、時には人間離れした方法で乗り越えていくのです。そんな二人をわたしは尊敬していますが、ただ100均に行ったその足で、電器屋さん行きなよとは思いました。

いつも自分に自信がなく、どうしよう明日予定こなせるかな、と太平洋の荒波に向かっていくような不安をすぐ抱えてしまうわたしが、冷静な目で唯一ツッコめるのが両親なのです。
だから身内犯罪説はない。

じゃあそのドアの向こうにいる激しい男は誰なの?

「んだよ、いねーのかよ!!」
そう捨て台詞を残し、ドアのポストに不在配達の紙が荒く押し込まれました。そして乱暴な足音が遠ざかっていきます。

ただの配達員でした。
マジで、なんで、あんなに、怒鳴ったの・・・?

1ミリも大袈裟に言ってませんよ。事実です。
仮に今のわたしの状態からして、大袈裟に受け取ってしまっているとしても、あの捨て台詞はハッキリと聞こえたので、あながち間違ってはいないと思います。
多分、なんらかの理由で元々気が立っていたってトコロでしょうかね。

居留守を使ってしまったのはわたしの落ち度なので、暑い中ゴメンナサイと心の中で謝りましたが、不在配達票に差し伸べたわたしの手は震えていましたし、怒鳴り声は耳に深く残りました。

夜19時から21時の間で再配達をお願いし、あの大声に立ち向かえるように心の準備をしながら待っていましたが、結局来たのは気の良さそうな普通のお兄さんでした。

それにしても怖かった・・・。恐怖で鳥肌が立ちましたね。
もし今うちのエアコンが壊れたとしたら、あの大声を思い出せば真夏の暑さなんて吹き飛んでいきそう。
36度くらいまではいけるな。

両親は「楽しさ」で乗り越えて、わたしは「恐怖」で乗り越える。
血が繋がっているはずなのに、方向性が真逆で、あとから考えると我ながら笑ってしまいましたが、プラスとマイナスがレゴのようにうまくハマっているのがうちの家族で、それはそれで完成された一つのカタチなのでしょう。

ちなみにその届いた荷物のせいで、明日の予定がもうひとつ増えてしまいました。
忙しいのに!
・・・あっ、昼間の配達員も、こんな気持ち?