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モンテッソーリの教師とは

モンテッソーリ教育法ではクラスでの活動は子どもに任せます。提示された教具の知識を与えることが大切なのでは無く、提示された教具や用具を誤り無く使って上手に練習できる様にすることも目的にしてません。
従来の教育の様に教師対子どもで教師が教えるのでは無く、モンテッソーリ教育では沢山の教具、ものが発達の手段であり、ものを含めた環境とその場にいる教師が共に働いて子どもたちの教育に携わります。

子どもが物を選択して、それがその子に適していれば、自然とそれを使います。物が子どもを援助します。子どもは自らの好みと欲求や興味に従います。
大切なことは、十分な教具が存在することです。


そして教師は教えないことです。
モンテッソーリは従来の学校教育に必要な先生はモンテッソーリ教育には必要ないと言っています。初めて”子どもの家”を開設した際も学校教育に慣れ親しんだ先生は雇わなかったそうです。
ただし教師としての協力が全く排除されるわけでは無く、子どものサポートの仕方は慎重で、デリケートです。
言葉も厳格さも不要とし、観察したり、子どもに支えたり、子どものところに駆けつけたり、場合によっては身を引いたり、話したり、黙ってみたり、ケースバイケースで慎重さと賢明さを要求されます。
モンテッソーリ教師は鋭敏な道徳性、慈悲深さ、謙遜などを身につけ、もちろん感情的に叱りつけたりすることなく、冷静さや忍耐はとても大切です。
教師は教具の使い方を子どもに説明します。子どもと教具の橋渡し、結びつける役目をもっています。
教室でもなかなか算数の分野や言語の分野に興味を持ってくれないお子様がいますが、タイミングと機会を見極めて忍耐強く橋渡しの役目を担います。

よくある事なのですが、クラスでの時間子どもは熱心にモンテッソーリの活動に取り組み、その場の静けさや雰囲気を大切に活動をします。
それがお迎えに親御様方が来られ、先生と親御様方が話し込むと、子どもは張り詰めてた糸が一気に切れたかの様に、子どもは教室中を走り回ったり騒がしくなります。教師が教室の中に存在して、物と子どもと教師でモンテッソーリの学びの場が出来上がります。それが一つでも欠けると、モンテッソーリ教育の教育法は成り立たないのです。
子どもはモンテッソーリの活動中は他の子どもの作業への邪魔にならない様に、環境への配慮をクラスの中で学んでます。子どもは遊びに来てるのではなく、お仕事をしに来てると思って作業します。


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