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「統合失調症の一族」おススメです

12人兄弟のうち6人が統合失調症になってしまった一家の話。

ある一家とアメリカと精神医学の百年

両親の両親(12人の祖父母)の生い立ちから始まり
両親本人だけでなく兄弟のこと、二人の出会いと結婚、
そして生まれた12人兄弟の性格や興味、進路…そして発症…
12人兄弟のその子供の現在まで追っているので
ノンフィクション版「百年の孤独」感があります。

戦争があったり、ヒッピー大流行があったり、石油採掘長者が現れたり
20世紀のアメリカの歩みも同時に描かれます。

そこに精神医学の発展が絡んでくるのですが
精神医学については、当時の説や研究を説明するだけでなく
「ある日、〇〇医師が✕✕研究所のドアを開け…」というような
再現ドラマスタイルで描かれていたのが新鮮でした。
最初の最初なんてユングとフロイトが登場します。
フロイトという今や抽象概念みたいな存在が等身大に描かれ
フロイトぶち切れ事件も勃発したりします。

これを機会に精神医学の近代史をザっと追えられたのは
結構、学びでした。
部分的には難しい!専門的!で、翻訳の読みにくさもあって
何度か読み直した箇所もありました。
副題に「遺伝か環境か」と付いているのは
「そういう科学ネタを語りますんで、『世界仰天ニュース』みたいな話だけじゃないから覚悟してくださいよ」というアラートだと思いました。

家庭ドラマと魂の救済の戦い

ギャルヴィン家は子供たちの発症をきっかけにして家族崩壊するのですが
もともとの家族もすこしイビツだったりします。

表紙の写真は実際の健やかだった頃のギャルヴィン家の写真なんですが
階段に一段ずつ子供たちが順に並んでいる姿はすごいきっちりしています。
そして日曜日には家族全員で正装して教会に行っていたそうです。
お母さんは思っていたんですよ「うちの家族は完璧だ」って。

でも実際はカオスの極み。
兄弟たちは暴れまわり、様々な問題を起こしていたのですが
お母さんはその現実を見ないようにしていたんですよね。
もしくは「大した事ない」と思うようにしていて。
そんな偽りの「素敵な大家族」は長男の発症をきっかけに崩れていきます。

さらに「見えていたけど見ないふり」(放置?)していた問題だけでなく
実は水面下でもっと深刻な虐待が複数起きていました。
それが本の後半で明らかになるっていう、衝撃的で悲しいミステリー要素もありました。

そんななか末娘のメアリーは過酷な生い立ちを生き抜き
自分で人生を切り開き、魂の救済を求めて戦い続けます。
メアリーの心の揺れも繊細に描かれてあって、時折( ゚д゚)ハッ!とする一文があったりします。

そんなてんこ盛りな一冊、分厚い一冊なのですが
間をはさむと前後関係を忘れそうだし
先も気になったので頑張って一気に読みました。
12人もいると、誰がどうやって発症したのかわからなくなるので
「ドナルド…①〇〇を機に発症→〇〇病院」という兄弟メモを
栞にしてましたがかなり役立ちましたよ。

以下はネタバレも大いに含む感想です。

ヒッピーマイケル

興味深いのは、次々と兄弟が発症していくなかで「まだ発症はしていないけどかなり怪しいジョー」に対して医師も家族もどうにもできないまま時が過ぎやっぱりジョーは発症してしまいます。
一方、放浪癖があるヒッピーマイケルは、ある時軽犯罪を犯し、いきなり精神病棟に入院させられ薬も投与されちゃいます。が、この人は「自分は絶対、発症してない」と冷静に判断し退院を願い出、そのままずっと発症せず最後は母親の介護をすることになったりします。
このマイケル、ヒッピーコミューンでの経験談と心に与えた影響も興味深いし、キャラもマイペースでどこか発言もlove&peace感があり、好きです。映画化するならキアヌ・リーヴスに演じてほしい。

兄弟喧嘩

よく兄弟喧嘩は人間関係を学ぶうえで大事だとか言うけど、ギャルヴィン家の喧嘩は単なる暴力。長男が発症する前から兄弟内で意地の悪い対立構造があり、うんざりするような兄弟喧嘩が描かれます。
私のまわりにも頻繁にケンカする兄弟姉妹がいますが、あれって本当に「人間関係を学ぶ良い経験」なの?とあらためて疑問に思いました。しょっちゅう怒号が飛び、身の危険を感じる家って安息の場として機能していませんよね。こんな家、いやだ!暴力にまで発展する兄弟喧嘩を親が大目に見るのはどうなのかなーと思いました。

お金がモノを言うアメリカ医療

アメリカが皆保険制度でないのはわかっていたけれど、精神疾患にも保険が適用されないことにあらためて驚きました。現在もそうなのかはわかりませんが、長男マイケルが発症した頃はお金に余裕がない人は劣悪な州病院しか選択肢がなかったそうです。州病院はベッドにロープでくくりつけられ、垂れ流し状態のまま放置されているような世界。可哀相なのでしばらくすると退院させ家で看病するのですが、度々家で調子が悪くなり、何度も何度も他の家族が殺されかけます。悪夢すぎます。
21世紀になると、メアリーの息子が問題行動を起こしかけたとき「青少年向けのセラピープログラム寄宿舎」に入ります。感情のコントロールの仕方や瞑想や精神に良さそうなことを徹底的に学べる、最高の場所です。しかし、なんとこれが月8300ドル。今日現在のレートで月100万円ですよ。その成果なのか、息子さんは不安の原因も明らかになったり、勉強にもうちこめるようになったりします。
たしか2年くらいそこで過ごすのですが、2400万円ないと高品質なサポートが受けられないって、アメリカって本当に資本主義社会だなぁと思いました。多分、日本ならこういう価格設定の施設を作ること自体がないんじゃないでしょうか。同じ理念や狙いであっても、もうすこし平均的な家庭でも手が届く価格帯で、保険適用で、広く利用できる仕組みが必須とされるんじゃないでしょうか。寄宿舎じゃなくて、週1の通いとか。…しかしそうするとあまり効果は出ないのかな。アメリカのように富裕層むけにお金をバーンとかけて究極なことをすることでしか得られない知見もあるだろうし、そこから一般化させる仕組みを考える、という流れなら、結果として全体が底上げされるのかなーとも思いました。

偽りのシアワセ

統合失調症と関連がありそうな遺伝子を発見した女性研究者は、子供を育てながら学校に通い医療の道に進んだ経歴。「統合失調症は母親の育て方が原因だ」説への反発心から、必ず要因遺伝子を発見しようと頑張ったという話も面白かったです。
でも結局現在でも、遺伝子か環境かという問いに対し明確な答えは出ていません。「多分、両方が関係あるっぽいよね…」という程度です。
ギャルヴィン家の母親もそりゃ苦しんできましたし、あまり責めたくもないのですが、環境要因のひとつとして「問題に目を背ける親」「偽りを演じる家族」というのは多少、あったんじゃないかな…と思ってしまいます。
私自身、多少、嫌なことがあっても、気にしない、まぁいいかで流してしまい「自分が幸せと思いこめば幸せなんだ」と思っていました。が、もしかして私は本当の問題から逃げていて、そのせいでいつか家族が崩壊するんじゃないか…とか心配になってきてしまいました。夫や娘の問題にもっと真剣に向かい合った方が良いのかな…と。

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