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「Bonjour!」

重くてゴワゴワしたガウンを着て寝たために、かえって肩が凝ったような気がする。ガウンは裾が床につきそうなくらいに大きいのに、羽織ってみたら窮屈だった。

のそのそと起きて、まず顔を洗う。冷たい水で眠気を覚ましながら、ここはボルドーで今日はホストファミリーさんの家に行く、と最低限の確認をする。
ホテルの部屋は、どこでもない空間だ。窓を開けるまでは、ここがボルドーと言われようが、東京と言われようが、はたまた別の都市にあると言われようが、「あ、そうでしたっけ」と納得できてしまうような。窓を開けて外を見て、はじめてここがどこなのかを思い出すような。
それはたぶん、ホテルの部屋には生活がないからだ。ホテルの部屋とは(その質は良いものから悪いものまであるにせよ)、人が一晩を過ごすための最低限のものが一通り用意されている空間にすぎない。ベッド、机、椅子、ライト、ミラー、バスルーム(シャワールーム)、トイレと洗面台、ドライヤー。コーヒーや紅茶などと電気ポット、電話機、メモ帳、スリッパ、パジャマ、石鹸類、(ここには無かったが)歯ブラシとカミソリ。だいたいこんなものだろう。
その土地の生活と切り離されて、無関係な旅人のために独立に仕立てられた空間。
その土地自体だって、このまま街の景色の画一化が進んでいったら、窓を開けてもそこがどこか、わからなくなるだろう。それは街全体がららぽーと化するということだ。チェーン店と、似たようなマンションと一軒家が並ぶ、巨大資本の檻。

昨日やっと連絡が取れたホストファミリーさんのお家に行く。11日に送っておいたメールは届いていなかったらしい。Googleメールで再送したら返信がすぐに来て、届いていなかったと発覚した。11日はYahoo!メールから送ったのだが、Yahoo!はヨーロッパでは利用できないから、メールもダメということなのかも。学校からのメールは届いているけど。?。

庭つきの一軒家にお住まいで、環境保護に気を使った生活をしていると聞いていた。門を開けてくれたのは大きくて優しそうな、メガネをかけた男の人。「こんにちは、はじめましてBonjour, Enchanté!」と合掌しながら先に挨拶してくれる。日本の所作だと知ってのことだろう。日本の文化を尊重し、歩み寄ってくれているのだ。
「こんにちは、はじめまして。メグミといいますBonjour, Enchantée. Je m’appelle Megumi.」と挨拶をすると、「ええ、わかっていますとも。どうぞ入って!Oui, je sais! Entrez!」と家を指し示しながら言った。
シャワーを浴びていたという奥さんの姿も見えたので、改めてご挨拶する。二人は「私たちも嬉しいです 。Avec plaisir.」とあたたかく迎えてくれた。

早速、家の説明をしてくれる。あらかじめ聞いていた通り、環境に配慮した素敵な生活をされている。細かくはおいおい、また別に書くとしよう。
「ここはあなたの家よ。なんでも好きなように使ってくれて良いからね。朝ごはんは用意するけど、昼食と夕食を用意したり、家事はあなた自身でするのよ。プライバシーのために、部屋には私たちは基本的に入らないわ。良いわね?」と言われた。生活の公私が部屋ではっきりと分かれている。個室に加え、滞在者専用のシャワールームと洗面台が用意されていた。

一通りの説明が終わった後は、散歩に出かけてみる。
すれ違うおばあさまとも、二階のバルコニーにいるお姉さんとも、仕事中と見られるお兄さんとも、目が合ったら「Bonjour!」と言う。
中には、拳でハイタッチをするお兄さんや、軽く(日本から来て、勉強するのだなどと)お話しした犬のお散歩中のおじさんもいる。日本では考えられないような開かれ方だ。

帰ったのは17:00くらい。19時の夕食までは荷解きと、3日ぶりに軽く歌の練習をする。旦那さんも歌を歌うとのことで、遠慮しなくて良いよ、と言ってくれる。とは言え、いきなり全力で大きな声を出すのは憚られたので、ほとんどリップロールとハミングだけにしておいた。

18:30から食事の支度、と言っても、もうほとんどできていて、焼くだけ、温めるだけだった。

中央に転がっているのは自家製のトマト。
TAMARIというのが、こちらでのしょうゆの名称だそうだ。その減り具合から、普通に使われているらしいことがわかる。

ラタトゥイユ、ポテト、ライスヌードル、サラダ、チキン、バゲット、チーズ。
野菜が中心で、シンプルながらも美味しい。
チーズは5種類くらいあって、何のチーズか、動物の鳴き真似をしながら説明してくれた。
話をするのに食べ物で口がいっぱいにならないような一口サイズなのが嬉しい。家族や昨年の旅行の話などをした。

食べ終えて片付けていたら、旦那さんがギターを片手に歌いはじめた。高い天井によく響くテノール。夜はwifiや不必要な電気を切って、こうして歌ったり音楽を聴いたり、本や雑誌を読んで過ごすそうだ。
もう少しその時間にひたっていたかったけれど、眠くなってきたので休むことにする。
その様子が二階に上がるのをためらっているように見えたのだろう。
「いつだって好きな時に二階に上がって寝たって良いし、自由にして良いんだよ、私たちの許可は必要ないんだからね。」と優しく念を押された。

「おやすみなさいBonne nuit」
ボルドー色のカーテンを閉め、ボルドー色のタオルケットに包まれて、大きさが日本の2倍くらいある枕を抱えるようにして眠る。
最低気温が10℃になる夜は、タオルケットだけでは寒いのでは、と思ったけれど、くるまってみると思ったより暖かくて、足元にある毛布は使わなくてすみそうだった。


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