「適応障害は誰でもなる。」

そう言われて、すごく心が痛かった。

その時はなんで痛かったのかわからなかった。皆なるから、我慢しろって言われたみたいだったからかな。

確率としては2〜8%だそう。低い数値ではないけど、10人に1人いるかいないか。
クラスに同士が1人?2人?

それは誰でもと言えるのか。

その人は、適応障害になったことがあるらしかった。人柄としてもとても良い人で、気遣いのできる人だった。
愛想は良くないし、無理にコミュニケーションを撮ろうとしない。当時の私には合わない人だったけど、好きだった。
適応障害になったのは本当のことだと思う。

ただ、「適応障害は誰でもなる。」とただ事実だけを突きつけられた時、やっぱり私はどうしようもなく痛かった。

事実を伝えることは大切だ。だが、事実だけを伝えることに優しさはない。
優しさを与えるつもりがなかったとしても、その事実が鋭い刃物として受け止められた時、あなたは人を攻撃したことになるんだ。

「適応障害は誰でもなる。けど、その辛さはその人にしかわからないし、寄り添ってはあげられないけど、人生悪いことばっかじゃないよ」

ってこのくらい言って欲しいし、言ってあげたい。

誰でもなるって割り切れてるってことは、あなたは今そこそこ幸せなんでしょう?
だったら、今闇に居るだろう人に、この先の光を少し見せてくださいな。

痛がっている人の傷を抉るかも知れない言葉に敏感になってほしい。
その人が辛そうだなって気づいているのならなおのこと。

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