見出し画像

99日目 Like A Rolling Stone をキンタマでリセットする

僕はLike A Rolling Stoneなのかな

カオサン通りを歩いていてふとボブディランのLike A Rolling Stoneを思い出す
いうまでもなく世界的名曲、誰しも聴いたことがあるだろう
このライブバージョンの歌い方はとてもかっこいいし、和訳も一応あるので見てから読んでもらえると少しはわかりやすいと思う
知らなかった人もこれを機に

目の前に広がる光景が歌詞の状況に少し重なるような気がした
あくまでも僕の脳を通した時の彼の曲がって話だ

カオサン通りは言わずもがな観光地で多くの観光客が行き交う
その割に少し外れると現地の暮らしが広がっている、目に見えてわかる貧富の差や文化の差もある
観光地である一方でそこはバックパッカーの聖地なんて呼び方もされているようで、
そして僕は旅をしている

※誤解を生みたくない&まだほとんど自分の中で整理できていない、ので文章が非常に抽象的ですんません

目の前で繰り広げられるやり取りは、歌詞の状況を思いださせ、同時にその時僕はどの立場にいるのかを考えさせられる
歌詞でいう「石」側なのか、「語り手」側なのか
日本でなんとなく聴いていて、勝手に語り手側の気分で、復讐心のようなロック的なものを感じていた(かなり端折って単純化してます)
でも旅をして改めてそんな簡単なものでもないと思う

目の前で現実に行われているやり取りや、歌詞での具体的な状況云々とは別に、僕の感情の持ちようによってもまた容易く立場は変わるのだ
当たり前のような気もするが、改めてこの事実がのしかかってきた気がする
僕はその時その時の状況によって「石」でも「語り手」でもある
これは一種の反省でもある

ただ、旅をしているからこそ、特にこれは考える必要のあることだと思っていて
それはなぜかというと、自分の価値観で答えを出せない世界に、自分だけに依存した決定権を持った状況で置かれているからだ

ある意味で定住せず旅をしている僕もLike A Rolling Stoneと言えるだろう
昔、Rolling Stone自体、悪い意味だけではないみたいな意見も見たことがある
ダジャレみたいなことではあるが、いい機会だ

すんません、わかりにくくて
僕もまだわかってないんです
ほぼほぼ僕のためのメモです

キンタママッサージ

頭がこんがらがったのでリフレッシュが必要だ
昨日韓国人のノアと話した金玉マッサージに行こう
おばちゃんが金玉をもみもみしてくれる
未知の感覚だった(気が向けば裏で書きます)
非常にお粗末なオチですんません
今日はボブディランとキンタマ以外はダラダラしてたので
ひとまず、早いとこノアにレビューしてやらないと

今日の自立散歩のお供
ボブディランの「Highway 61 Revisited」

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?