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発達障害息子氏の年齢の頃の私③再就職。

 前回記事に、臨時採用での小学校勤務の話をしました。
 学校という職場は、臨時採用という立場の人が少なくありません。でも、子どもたちや親御さんたちにとっては、ひとりの先生です。責任も仕事量も正規雇用の人と変わりません。今は待遇が少し改善されているといいなぁと心から願います。

 私の場合、臨時採用は3年間の期間限定でした。つまり、3年のうちに公務員試験に合格するか、他で仕事を探さなければならなかったのです。

 公務員試験の筆記試験にさえ受かれば、あとは何とかする…と言ってくれた偉い人もいたのですが、その筆記試験に受からずw栄養士の採用試験にもかかわらず、栄養士の設問は一つもなく、すべて一般教養の国語算数理科社会的な問題で、それらの科目の出来に偏りがあった私には不向きでした。

 栄養士として生きることしか考えていなかった私は、生活のすべてを栄養士としての学びに捧げていました。本も山ほど買いましたし、役に立つであろう勉強会には県内外問わず参加していました。私が栄養士の実習でお世話になった病院(教育実習のように栄養士になるにも現場での実習が必要)の先輩栄養士さんとは、研修会や講演会で頻繁に顔を合わせていました。

 そんな中、実習先の病院でひとり辞めることになったということで、採用試験をするから受けないか、というお誘いを頂きました。私が熱心に勉強している姿を見ていてくれて、それで声をかけてくれたのだと聞きました。

 当時はもう学校栄養士として正規雇用になることしか考えていなかったので、実は一旦お断りしました。が、当時勤務先の周りの人たちに「こんなにいい話はない」と説得されて、結局は病院の栄養士として採用してもらいました。

 この辺りがとても発達障害らしいところだと思うのです。

 当初病院栄養士になることしか考えていなかったのに、臨時採用で小学校栄養士をしてみたら楽しくて、今度は学校栄養士でなければならないと思っていました。巡り巡って病院栄養士になったという、この超絶な頑固さ。

 でも、一生懸命頑張っていれば、見ていてくれる人はいるんだなぁという経験にもなりました。

 仕事以外の当時の私については、また次回。

 以上、発達障害~母ごころ当事者ごころのあゆでした(*'ω'*)

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