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一足お先に夏休み。下部温泉橋本屋で、京極夏彦を読む

準備

つい先日年が明けたと思ったらもう梅雨である。今年の梅雨は入りが大分遅く、降れば土砂降り、降らなければ真夏日といった具合で、梅雨らしいじめじめした天気というのはもうきっと来ないのだろうなあと、去年も考えたことを考える。
周りも身体がついていけない人がぽちぽち出てきたこの頃、なんだか眼精疲労がひどい。一日中パソコンなりスマホなりを触っているからだろう。据え膳に上げ膳、ゆっくりできる下部温泉橋本屋で、デジタルデトックスの旅をすることにする。

友人が少ない理由は簡単で、元々人に好かれる性質ではないのに加えて連絡をしないし返さない。数少ない縁をぶちり、ぶちりと引きちぎりながら生きている。
そんな中珍しく、年1ペースで会うか会わないかなような友人との会話が複数重なり3日連続で飲み会が開催される。諸般の事情があり都内の実家には帰れないので、山梨からの始発終電を繰り返す。

皆女性は厄年のまわりである。仕事の話などありつつも、結局は結婚だ結婚式だ子供だ、なんて話に集約する。

友人が会っていなかった一年半のうちに一度異常妊娠をした話を聴く。けろっと話すが相当大変だったろうと思う。
けれどもなんというか、我々が話すとあまりエモーショナルにはならない。発見のプロセスであったりその後の処置の話を淡々と話す彼女に相槌を打ち、たまに突っ込んで詳細を掘り出しつつ、よく分からないことは調べつつ、結論は産婦人科医は大変だ、となる。

そんな話をした帰り、終電の特急に乗りながら京極夏彦『姑獲鳥の夏』電子書籍版をポチる。

20ヶ月に渡る妊娠の後、腹が裂けて行方不明だった夫の死体がごろっと出てくるこのミステリー小説は、件の友人と一緒に机を並べていた頃に一度読んだきりである。中高一貫校の中ごろというのはひたすらに時間があり、手当たり次第に図書館で借りて読んでいた中の一冊であった。

記憶どおりのくだりも、記憶から抜けていたくだりもあったけれど、「いやそうはならんやろ…」なくだりも含めて戦後間もない混乱期が舞台ということで納得できてしまうのが面白い。

帰りの特急と、翌朝の始発でさらっと読み切れてしまった。2.3時間くらいか。
いやいや一度は読んだとはいえサイコロ本がそんなに簡単に読み切れるはずがない、と思って調べると『姑獲鳥の夏』はシリーズの中でも薄く、コロコロとは転がらなさそうな厚みなのだった。

とはいえ久しぶりに小説を一冊読み切って、昔のもっと読みたいという感覚が甦ってくる。
そうだ、橋下屋には続きを持っていこう。夏だしホラーテイストは丁度良いだろう。2泊、スマホもPCも置いて行くという縛りなのでサイコロでも読み切れるはず。


出発

出発の日、ぎりぎりまで仕事をして甲府盆地の南に向かう。途中、甲府昭和のイオンモールに寄って本を買う。甲府盆地にはそこくらいしかまともな本屋がないというのはどうにかならないものかと思う。
2作目の『魍魎の匣』、3作目の『狂骨の夢』、あと目に入った『統合失調症の一族』を購入。前者2作はコロコロめである。どこまで読めるかは分からない。

そのままお昼に、富士川の合流を少し下ったところにある「かわち」へ。お刺身が美味しくてお気に入りのお店である。平日だが仕事の合間で来ている人で混んでいた。愛されるお店である。

残念ながら春鶯囀の生酒が切れてしまっていたということで別の銘柄をいただくもなんとなく満足できず、少し戻って萬屋酒造に向かう。酒蔵限定販売の「なつの生酒」の四合瓶を購入。2泊で飲み切れるだろうと見込む。
そんなことをしているとチェックインの時間が近付いてくる。


1泊目

さて、橋本屋である。年一ペースで来させてもらっていて、今回3回目である。私の山梨ライフもなかなか長くなって来ている。
相変わらず美しく元気な女将さんに2階の部屋に案内される。前回、前々回の3階の部屋に比べて新しく、明るい印象の部屋だった。

お風呂はすぐそこで、今日はいつも男湯になっている岩風呂に婦人用の札がかかっていた。女性客が多いのだろうか。ないし、連泊の我々に配慮していただけたのだろうか。
岩風呂は一回目、女一人で来た時に混浴の説明を見てエイヤと入ったことがあるけれど、いつ他の客がくるかとびくびくしていたので脚を伸ばして入るのは初めてである。しっかり1時間交互浴をして後、布団にごろんと転がって読書を開始する。

読み始めたのは『魍魎の匣』。
こちらも一度読んだはずなのだけど、初っ端から衝撃を受ける。思春期の女の子が憧れの友人のうなじにニキビを見つけて衝動的に線路に突き落としてしまう、このくだりはてっきり恩田陸の作品だと思っていた。

また、中央線の駅や地名もざくざく出て来てさらに驚く。何を隠そう私の実家は中央線で、物語に登場する駅が最寄りである。今も帰ると泊まっている私の部屋からは高架した線路が見える。これを読んだはずの時期はまさに中央線を使って学校に通って、定期的に発生する人身事故にうんざりしていたはずだが、すっぽり抜けている。
まああの頃は私の中で電車といえば中央線しか無かったので、逆に親近感も持たずに読んでいたのかもしれないけれど。

姿勢を変えながらあ!とかうーんとか言いながら読んでいると、気づけば6時である。夕飯は6時から6時半の間に持って来てくれると言う。もう一度風呂に入ろうと思っていたのに。
お布団を二つ折りにして読書場所を広縁に移す。読み進めるうちに、女将さんが支度をしてくれた。

橋本屋が気に入っているところはご飯である。素朴な味の皿がいくつか並び、量が丁度良い。あと温泉で炊いたというご飯がとても美味しい。
けれどもお昼を多めに食べてしまったし、お風呂も一度しか入っていなかったのでお腹におさまり切らず。夫に皿をそっと寄せる。
おひつの中のご飯と一緒に無事完食したようである。こういう時、一人旅より二人がいいと思う。

お風呂は夜10時まで。お酒を飲みながらゆっくりご飯を食べて8時、そこからお腹が落ち着くまで読書を再開して8時半。
熱湯→ぬる湯→熱湯→ぬる湯→読書→熱湯→ぬる湯、でお風呂が終わる。
1000頁あるサイコロは真っ二つになって伏せてある。いやあ全然読み終わらん。展開も謎が増えて行くばかり。適当なところで切って寝てしまおう。

2Lペットボトルで部屋に用意されている下部の水を飲みながら読み進める。やっと京極堂が登場したあたりから、物語が急に展開し始める。解決編はやはりあまり記憶に残っていないくだりが多い。えー!とかああ、とか言いながら、匣に詰められた男が飛び出して来て頸に噛みついてくるくだりは覚えてるぞ!と思うと読了、時間はなんと深夜2時である。ゆっくりしに来たというのに。


2泊目に続く。

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