見出し画像

ぬる湯とホラーと酒、肴

2泊目

朝、7時からお風呂に入れるようになる。起き抜けに顔を洗いがてら入浴する。
お風呂は予想の通り入れ替わっていた。今日の婦人風呂はタイル張りのこじんまりとした方。わたしはこちらの小さい方が、落ち着くので好き。

今日も真夏日だけれども朝はまだ涼しい。ぬる湯がひんやりして気持ちいい。
深夜読了した『魍魎の匣』を思い返す。あれは主人公は二人いるように思えた。いや、あの本自体の主人公はもちろん小説家の関口君なんだけれども、楠本頼子主役の思春期の物語と美波絹子主役の愛憎の物語2つ。どちらも女の、母娘の話だなあと思う。『姑獲鳥の夏』はあくまで女は不思議を起こす舞台装置だったけれど、こちらはだいぶ主体的に動いている。だから恩田陸の作品と混合したんだな。
前読んだ時はそんなことは思わなかった。子供の頃に読んだ本を今読むと、自分の目線の移り変わりが分かって面白い。

8時前にあがってまたお布団を二つ折りにして、広縁で読み切っていなかった解説を読んでいると女将さんが朝食の支度に来てくれる。
少々会話をする。今日は女性が一人なので、婦人用のお風呂を家族風呂にして使っても良いとのこと。また、今日どこも行かないようなら簡単にお昼を用意してくれるとのこと。迷ったけれど、お昼時に寝ていない保証もなかったので謹んでお断りする。

ご飯を食べて、またお風呂に入り、さて次作。
『狂骨の夢』を読み始める。これは読んだ記憶がない。冒頭いさま屋の存在から薄いので、本当に読んでいないのだろう。ミステリーの初読はわくわくする。騙されないぞと思いながら読むので、自然と読むのも遅くなる。

うーん、これはきっと朱美は朱美じゃないのだろうな。記憶喪失あるあるである。それにしてもいさま屋に話した話と、教会の話は少々齟齬がある。時系列が違うのか。『魍魎の匣』では二つの話がばらばらに並んでいたな。

と思いながら一度頭を整理しようと目を閉じ…、寝た。

起きると13時前である。ほらね、という気持ち。寝汗がすごい。お風呂に入る。
風呂以外は完全に怠惰な土日と同じ行動なのに、橋本屋にいるとそれが一つの体験になるのだから湯治宿というのはすごいものだ。

この間夫は技術書を読んでいる。彼はソフトウェアエンジニアなので、それは仕事じゃないのかというと勉強は趣味なので小説と変わらんと言い返される。相容れない思想である。

そんなこんなで昼下がり、身延まで足を伸ばして、最近特に世話をかけている大家さんに身延まんじゅうのお土産でも買うことにする。


昼下がり

今日は快晴、最高気温は38℃である。人類には厳しい気候。ハイキング、サイクリングは早々に諦め、車で身延駅前に向かう。
14時過ぎの変な時間だったが幸い通しの喫茶店があった。また夕飯が入らなくなると困るので私は軽食、夫はカレー。
ロックワインなる、かち割り用に作られたワインをいただく。おお、なるほど、ワインではないがアリ。家に三養醸造のハナコクレーレがあるのだけど、あれにはちみつ入れて氷入れたら近い味になるかもしれない。

ご馳走様をして、店を出る。隣の隣にある身延まんじゅう屋さんは…、しまっていた。え。15時までとのこと。なんと。
まあ仕方ない、明日出直そう。隣のお土産屋さんで若竹のたまり漬けをおつまみを買う。
帰り道、塩の沢のゆば工房に寄り、湯葉を買う。

宿に帰り、お風呂で汗を流してからお箸とお皿とお醤油を借りる。
お酒を冷蔵庫から出して、持参のお猪口に注ぐ。
若竹と湯葉をお皿に出す。湯葉にお醤油をちょっぴり垂らす。
左手に本、右手にお箸を持つ。

宴の始まりである。

…無言である。
私は『狂骨の夢』、夫は技術書をそれぞれ読み進める。

木場修が結婚できない、しないの話が出てくる。なぜ関口も京極堂も細君がいるのか。木場修には縁談を無理に進めてくる親戚もおらず。云々。先日の飲み会の話がよみがえる。

私は絶対結婚しなさそうと言われていたのがなんだか運良くトントン拍子に、しかも自分の苗字を変えずに面倒な式もせずに入籍したラッキーパーソンなのだけれど、目の前で静かにぽりぽりと若竹を水で流し込む、この酒を一滴も飲まない男がいなければ一生独身であった人生もありありと浮かぶ。

周りに結婚していない人も複数…多数、いるのだけれど、やはり女だろうが男だろうが独立して生計を立てている中でわざわざ結婚をするならそれなりに理由が必要である。理由の一つに周りからの圧力があると思うのだけれど、それが少ない昨今は本当に理由がないのである。良し悪しはわからないが、昭和の縁談おばさんが出生率に貢献していたのは間違いないだろう。

友人は自分は結婚できないだろうししたくもないけれど、やはり親に孫が見たかったと言われるのはしんどいと言う。言われているうちは面倒だったけれど、言われなくなるとそれはそれで申し訳ない気持ちになるのだそうで。
結婚したから孫が産まれる訳でもないけれど、またまだ結婚適齢年齢ではあるのだけれど。
まあ、人には人の地獄なのである。

27.8のまわりに恋愛が上手くいかず絶望していた友人は、なんだかんだ今度夢の式場で式を挙げるという。まだ若い、これからどう転ぶかも分からないのである。

などと思いながら、いやーでもやっぱり戦前戦後は女性は再婚多いよねとか考えながら、全くもって読み終わりそうにないまま夕飯前にまた風呂に入る。お言葉に甘えて婦人用のお風呂に2人で入る。
貸切風呂のある宿にも何度か行ったことがあるが、この広さと浅さの、しかもぬる湯に一緒に入るのは初めてである。
私は低温泉に入る時は身体を前後左右に揺らしながら入ると入りやすい技を、夫は浮力で腹筋を鍛える技を披露する。お遊戯会である。
18時前になるが、まだ入りたかったので夫に先に出てもらう。お酒で熱った身体にぬる湯が気持ちよく永遠に入っていられる。


上がると夕飯の支度はまだだった。下部の水をがぶ飲みし、また広縁で本を手繰る。右手には酒瓶。

少しして、女将さんが来てくれた。今日はすき焼きやきのこなど、なんとなく味が濃いものが多いような献立である。にんにくの香りが食欲をそそる。ペットボトルの水を飲み切っているのを見て、持って来ますねと言いながら下がる。

本を閉じ、いよいよお酒を飲み始める。四合瓶は控えめに、まだ半分残っている。おかずの味も濃いのですいすい進む。夫が読書の進捗はどうかと聞くものだから、あらすじを滔々と語りながら自分の解釈も加えながら今後の展開の予想なども語ってしまう。
熱がこもり、浴衣をはだけさせる。袖を抜く。この桜吹雪が目に入らぬか、ダブルバージョンである。乳がたれぱんだのようだ。家ではほぼ裸族であるので、夫はこんな私を見ても無反応である。
と、襖が開く。女将さんが水を持って来てくれたのである。まだ理性が残っていた私は死角に飛び退き急いで袖を通すが、間に合わない。置いておきますねの言葉と共に女将さんが去って行く。ああ、旅の恥は掻き捨てである。

そんなこんなで本日の夕飯はしっかり完食し、また風呂に入り、本を読み、風呂に入り、本を読み、あと300頁を残すくらいで体力気力共に尽きる。夜12時くらいだったように思う。


3日目に続く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?