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2022年のTwitterにおける「エモい」「アニメのような」写真の定量的解析の試み

はじめに

2016年に三省堂が開催した「今年の新語2016」にて、「エモい」が2位に選ばれた。写真においても、Twitter、Instagram、FacebookなどのSNSを中心としたWeb媒体において、「エモい写真」「アニメのような写真」が人気を集めている。2022年10月9日現在、商業ベースで出版社から発行されているSNSが初出の写真を基にした2022年発売の写真集は5冊あり(「マイ・エモーショナル・フォト」編著パイ インターナショナル 2022、「Twitter発 写真が好きだ」芸術新聞社編 2022、「旅するクリームソーダ」tsunekawa著 株式会社ハーバーコリンズ 2022、「あの頃にみた青は、 tomosaki作品集」tomosaki著 KADOKAWA 2022、「写真との出会いは、世界との出会いだ。」東京カメラ部編  ナショナル ジオグラフィック  2022)、そのうち3冊が「エモい」ことや「Twitter発」であることをタイトルでPRしていることから、商業分野においてSNS発のエモい写真であることが売りになる、言い方を変えるとマスに刺さるという認識であることがわかる。今回私は、日本のTwitterにおける写真投稿を主とするインフルエンサーアカウントの写真を中心に、マスが「エモい」「アニメのような」と考える写真を生み出しているアカウントの写真そのものを定量的に解析して、2022年のTwitterにおいて「エモい」「アニメのような」写真とは何かをデータで紐解きたいと考えている。

ヒストグラムについて

今回「エモい」「アニメのような」写真を定量的に解析するにあたり、私はPhotoshop等で写真データを開いた時に見ることができるヒストグラムに着目した。ヒストグラムとは、写真データの中に含まれる画素を明るさとRGBで分けて256段階で表示し、明るさについては「画素がどの明るさにどのくらい分布しているか」、RGBについては「RGBそれぞれの画素がどのレベルにどれだけあるか」をグラフで示したものである

ヒストグラムは、輝度とRGBのレベル別にピクセル数をグラフ化し、画像内のピクセル分布を示したものである。ヒストグラムには、シャドウ(ヒストグラムの左側部分)、中間調(ヒストグラムの中央)およびハイライト(ヒストグラムの右側部分)のディテールが表示される。

ヒストグラムからは、画像の色調範囲または画像のキータイプをすばやく識別することができる。色調範囲を確認することは、適切な色調補正の判断に役立つ。ローキー画像は、ディテールがシャドウに集中し、ハイキー画像はハイライトに集中します。アベレージキーの画像は、中間調にディテールが集中します。色調範囲が全体に広がった画像は、全領域にピクセルが分布しています。

https://helpx.adobe.com/jp/photoshop/using/viewing-histograms-pixel-values.html

このグラフでは、明るさが白、RGBがそれぞれの色でグラフに示されている。グラフの縦軸は画素の数を、横軸はレベルを示している。横軸の値は通常インターネットで画像が表示される場合の8bitでは0〜255となる。
明るさのグラフにおいては、一般的には0がシャドウ、255がハイライトと呼ばれる。横軸0のグラフが高い、つまり0の画素が多ければその写真は黒つぶれしており、横軸255のグラフが高ければその写真は白飛びをしている。
一方RGBのグラフにおいては、画像の色がRGBでどのレベルにどのくらいあるかを示している。例えば「#ff6464」という1色のみで作成した画像をヒストグラム表示すると以下のようになる。

#ff6464で表示される色
明るさと混じっていてわかりづらいが、右端がRのグラフ

これは、「#ff6464」がR255、G100、B100の色であると言うことと、単色でグラデーションはないためピンポイントのレベルしかないことを示している。右に行くほど色が強く出るのが特徴で、RGBが全て0(グラフの左に張り付く)と黒、RGBが全て255(グラフの右に張り付く)と白になる。なお、明るさのグラフとRGBのグラフは表しているものが全く異なるため、無関係である。

このRGBのグラフの山の交わりであったり山の近さ遠さだったりが、ちょうど絵の具が混ざるように画像の色を示している。RGBそれぞれのグラフの距離が近くなっていくと色はなくなっていき(RGBのグラフを一致させると画像はモノクロになる)、逆に距離を離していくと色が鮮やかになっていく。
RGBの配分がどのような色を作るかについては以下の図を見ていただきたい。

つまり、RGBのグラフにおいて、RGのレベルがBよりも高ければ全体はイエローに、RBのレベルがGよりも高ければマゼンタに、GBのレベルがRよりも高ければ全体がシアンになっている。例えば青空が入った風景写真を撮ると、全体はシアンがかるのでヒストグラムはシャドウからRGBの順に山ができる。もちろん自然風景は多くの色を含んでいるので、RGBは複雑な波形となる。

この写真でいれば、青空はハイライトなので、その明るさの位置にBの山がある。Bと比較してシャドウ側にあるほぼ同じ高さのRGは、そのBの山が青空の色になるように配置されているだけである。なので、色が複雑であればあるほど細かく山は増える一方で、山が1つだけであれば色の種類がほとんどないことが示される。

このヒストグラムは、画面の明るさや色によりグラフ形状に特徴ができる。つまり、グラフ形状を見ることによって、どのような写真であるかを判断することができる。具体的にどのような形状になるかは以下の通りである。

明るさのヒストグラム

明るさはピクセルの輝度で表されるため、モノクロでグラデーションにすると、上記のようなヒストグラムになる。その明るさにどれだけピクセルが存在しているかが表されている。上記の例で言うと、グラデーションのようになだらかな明るさの変化をする場合は、明るさのヒストグラムは台形の形となる。

いわゆる「適正露出」と呼ばれる状態のヒストグラム。中間の明るさが最も多く(山が高く)、シャドウ部とハイサイト部にも画素が残っており、全体に分布している状態。

露出が低く、いわゆる「ローキー」と言われる状態。シャドウ部のヒストグラムが高く、ハイライト部のグラフが無い。

露出が高く、いわゆる「ハイキー」と言われる状態。ハイライト部のヒストグラムが高く、シャドウ部のグラフが無い。

コントラストが高い写真のヒストグラム。コントラストが高いというのは、同一写真内でシャドウとハイライトの両方が高い状態を意味するので、中間トーンがなくなりシャドウとハイライトに山ができる。

コントラストが低い写真のヒストグラム。先ほどとは逆にシャドウとハイライトがないため画素が中間に集中する。写真は全体的にグレーがかって見える。
ここまでは通常のカメラ指南本でも見られる内容だが、現在もう一つ特徴的なヒストグラムがある。

ヒストグラムではコントラストが低い写真のように見えるが、コントラストの低い写真と違って中間トーンの中心だけが著しく高いわけではなく、元写真の中間トーンが維持されている。これはハイダイミックレンジ(HDR)と呼ばれる画像のヒストグラムで、シャドウとハイライト部の明るさと中間トーンに寄せているが、中間トーンの形は維持されるというのが特徴である。

RGBヒストグラム

単色・明るさ均一・彩度通常

単色・明るさ不一致(グラデーション均一)・彩度通常

単色・明るさ不一致(グラデーション均一)・彩度高

RとBのグラフが左右の壁に張り付いているのは色飽和を示している。

単色・明るさ不一致(グラデーション均一)・彩度低

単色・明るさ不一致(グラデーション不均一)・彩度通常

単色の場合であれば、RGB各ヒストグラムの山は上で示した通りである。噴火した山のように真ん中が窪んだ山になるのが特徴で、これは色が青から白(という色はないのでハイライト)へ移り変わっていくために起きている。彩度を下げればRGBの山同士の間隔は狭くなり、彩度を上げれば広くなる。また、最後の色飽和したグラデーション不均一の画像では、色の要素が鋭い山となって現れ、極端なグラフになる。
これが二色になると以下の通りとなる。

色が増えたことにより、RGBそれぞれの山が2つとなる。RGBについては、山が増えれば増えるほど多様な色を使っているということになる。また、山の太さが広いほどグラデーションがあり、細いほどベタ塗りのようになっているということがわかる。山同士の距離が遠ければ彩度は高く、近ければ彩度は低い。

解析手法

上記で明るさ及びRGBのヒストグラムについて見てきたが、これら4つのヒストグラムを見ることにより「エモい」「アニメのような」写真とは何かを定量的に解析できるのではないかというのが今回の取り組みである。今回は出版にたえると判断され前掲の「Twitter発 写真が好きだ」に掲載された写真家のうち、特にメディアでインフルエンサーと呼ばれるようなTwitterフォロワー10万人以上の写真家7人のヒストグラムの特徴を見ることにより、インフルエンサーとなって商業媒体に乗ることができるほどマス受けする「エモい」「アニメのような」写真とは何かをお示しできればと思う。なお、Twitterと言うメディアの性質上、投稿者は自分の投稿を自由に削除できると言う権利があることから、投稿写真全てを網羅しているわけではないことをここにお断りしておく。

具体的な解析

インフルエンサーA


ヒストグラムの特徴を見ると、まずシャドウから中間にかけてほぼデータが存在していない。中間トーンからハイライトにかけて山が大きく、ハイライトの上限にかけて急激に下がっていく。すべての写真において同一の傾向である。これは写真がHDRかつハイキーに仕上げられていることを示している。また、RGBのヒストグラムについてはシャドウ部からRGBの順であるが、GBのデータ量が多く、一部の写真ではグラフに表示しきれないくらい振り切っていることから、全ての写真が強いシアンの色味となっている。ヒストグラム全体から見ると、一部のエリアの明るさと色しか使われていないことがわかる。

インフルエンサーB

明るさについては、シャドウのない写真が多く(一部はハイライトもない)、中間トーンに1つ山があることから、HDRであることがわかる。また、2枚目の画像についてはRGBのピーク部分以外ほぼグラフがないが、これはほとんど色が使われていないことを示しており、画像の多くが1色で構成されていることとなる。また、RGBグラフの特徴としては、1枚を除いて青のグラフが2つ山と言うことが挙げられる。これはレベルの低いところと高いところで2回ピークが来ていることを示しており、グラデーションを意識した色づくりをおこなっていることがわかる。

インフルエンサーC


シャドウ部分は全くない。その代わりヒストグラムのピークがシャドウ部側から現れており、これは画面のほとんどが暗い明るさの画素で占められていることを示している。最もハイライトの部分に Rの山が来ていることから、全ての写真がマゼンタがかっていることがわかる。RGBのグラフの波形に複雑さや山の数がないことから、実は色の種類はほとんどないことがわかる。

インフルエンサーD

シャドウ部は全く無い。ゴーストが特徴的であるが、ヒストグラムの線形は全ての写真で似ており、ハイライトに大きな山がある。ハイライト部にRGの山が来ていることから、全ての写真がイエローがかっている。RGBそれぞれのグラフの距離は近く、山が一つしかないことから、色としては彩度の低いイエロー単色の傾向が強いことが窺える。ハイライトの大きな山がすべての写真にあるのは、ゴーストを入れているせいで、大きくゴーストを入れるのは、オールドレンズを使っているというノスタルジーを感じさせる効果もあると思われる。

インフルエンサーE

シャドウは全くない(4枚目は逆にハイライトが全くない)。今回取り上げる7人の中で最も極端なシャドウやハイライトの形状をしている。また、RGBのヒストグラムについても、それぞれが離れてはいるのだが山が1つしかなく、彩度は高いが1色しか使っていないことがわかる。写真の特徴として、ヒストグラムとしては1色しか用いられていないと思えるような線形となっている。複雑な色を嫌い、色の整理を強く行うタイプの写真家であると言える。

インフルエンサーF

シャドウは全くなく、ハイライトのない写真も5枚中4枚ある。ヒストグラムを見るとメインとなる色がほぼ1色〜2色しか使われていない。また、RGBの山が近く、彩度は低い。

インフルエンサーG

今までの6人とは違い、ハイライトが全くない(一部シャドウがないものもある)。色としては、ヒストグラムが1つ山、2つ山であるので、やはり豊富な色があるわけではない。Rが最も高い(右壁に近い)写真が3枚あるが、リバーサルフィルムの印象でノスタルジーを感じさせる効果がある可能性が考えられる。

考察 〜2022年のエモい写真とは〜

以上、Twitterにおけるインフルエンサーのヒストグラムを7人、35枚見てきたが、総括すると以下の通りである。

  1. シャドウ、あるいはハイライトのヒストグラムが全く無い

  2. 色が単純化されている

まず1について考察する。シャドウ、あるいはハイライトのヒストグラムが全くないと言うのは、一般的にフェードと呼ばれる。例えばシャドウにフェードがあると言うのは、黒が黒にならず白っぽくなっていることを指す。ヒストグラムでいうと0の値の画素が存在しないことを意味する。ではなぜ全員フェードさせているのか。これについては、飯沢耕太郎が言う「既視感の論理」では無いかと推察する。

「Instagramにせよ、写ルンですにせよ、どれも『いいね』がつく写真なんですよね。それってなんだろうと思ったときに、既視感がある写真なんだ、と感じたんです」

なぜ既視感は、「いいね」につながるのだろうか。

「そうじゃないと、『いいね』がつけられない。自分の価値基準は頭の中にあるもの。見たことがないものは、ある意味怖くって恐ろしい、わからないもの。そんなものには、絶対『いいね』がつかない」

では、デジタル世代の彼女たちが、ノイズのある「エモい写真」、フィルム写真に「ノスタルジー」を感じる理由はどこに?

「おそらく、家にあるアルバムとか、古い雑誌とか、視覚的な経験の蓄積が無意識下にあるのでしょう。そこには居心地の良さや幸せだという感覚があり、『写ルンです』が自然と結びついたのでは」

https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/demon-kakka-kiki-kirin2

家にある古いフィルム写真はどれも色褪せて黒がきちんと黒くなっていない写真だが、だからこそノスタルジーがある。写ルンですで撮った写真も、レンスはプラスチック製で、現像も機械で処理するからフェードしているが、フェードしているからこそ「エモい」。2022年のSNS世代は、フェードに対して「エモい」と感じるのだ。だからインフルエンサーはこぞってシャドウあるいはハイライトをフェードさせる。フェードはエモいにとって一つの記号なのだ。

次に2の色について考える。
通常、デジタルカメラの売り文句といえば色再現性であった。これだけの色が使えると言うのは訴求力のあるメッセージであった。だが、上記解析においては、2022年のエモい写真にとって色は邪魔なものであるかのような結果であった。この理由として、アニメのような写真が好まれるようになったことが1つの要因であると考える。つまり、アニメのように色が簡略化された表現を受け入れ、むしろ普通の写真よりも良いと思う素地ができているためではないか。
これについては、上記の既視感にも通じるところがある。SNSを用いる世代がジブリや新海誠を共通言語とするようになり、どこかで見た画像の方がいいねしやすいため、アニメのような写真が伸びる背景ができた。これについては、稲田豊史が以下のように書いている。

 アニメーションよりも歴史が古いはずの写真という表現が、新参者であるアニメの「っぽさ」を志向するようになったことは、実に倒錯じみている。
 だいたい「写実的なアニメ」ならぬ「アニメっぽい写真」という概念自体が、ものすごい倒錯だ。アニメーションという手法は、実写映像にはできない表現を可能にするという特性はあるものの、こと静止画という点においては、基本的に実写に比べて情報量のダウンサイズ(色数源、細部の描写減)を逃れられない。しかし「アニメっぽい」写真は、むしろダウンサイズを積極的に「志向」していることになる。

「Twitter発 写真が好きだ!」P69

つまり、2022年において色が多い写真はエモくないと言える。少なくとも上記で解析したエモい写真は全てヒストグラム的に色が少ない。その代わり、1色にこだわるようになっている。例えば今回解析した写真のうち、青空をテーマにした写真は4枚あるが、そのヒストグラムは以下の通りである。

GB間がRG間よりも狭い
等間隔である
1枚目よりGB間が狭い
3枚目に似ているが、全体的に暗い

GB間を狭めれば青空はGに近くなり、GB間を広げる(RG間を狭める)ことで青空はRに近くなる。この配合により、各人に色の個性が出て、それぞれのエモい写真が生み出されているのでは無いかと考える。また、7人中4人がこのようなヒストグラムをしていることから、マスに受けるエモいヒストグラムとはこのような「RGBが独立して一本ずつ立っているヒストグラム」ではないかとも考えることができる。以上のことから、私が考える2022年の「エモい」ヒストグラムの究極系は、次のようなものではないかと推測した。

2022年版究極の「エモい」ヒストグラム

このヒストグラムを写真に適用し、以下の写真とヒストグラムを得た。

エモいヒストグラムにした写真
そのヒストグラム

その結果、3万いいねを獲得することができた。

この結果より、写真のヒストグラムを定量化したデータに沿ったものにすることで、エモいと思われバズることが可能だという知見を得た。

結論

本稿では、「エモい」「アニメのような」写真のヒストグラムを見ていくことで、2022年のエモい写真を検証した。フェードと色の単純化という2要素が全ての写真で当てはまり、インフルエンサーの写真にとってその二要素は除外できないものであることが示唆された。この他にも、オールドレンズのゴーストを大きく入れたり、全体的にマゼンタにすることでリバーサルフィルムのような印象を与えたりといった例も見られたが、個性づけの域をでず、他の写真で採用されていないことからも、普遍的なエモい写真において必須ではないことが考えられた。また、赤外線写真は人間が感知出来ない波長の光を記録し、後からカラースワップを使って着色する方法により作られる写真であり、他の写真とは一線を画すものであるが、色の単純化という意味では他の写真と同様で、表現手法は違えど結果は同じという意味ではエモい写真として受け入れられやすいと思われた。写真の明るさの表現(ラティテュード)を減らし、色を減らす、ダウンサイジングとも言えるこの行為がどこまで続くかは定かでないが、2022年におけるエモい写真にとっては、このダウンサイジングが必須であることが考えられる結果となった。

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