Little Diamond 第10話
10話 穏やかならぬ休日
10‐1
武術大会、本戦出場が決まった翌朝。
あのドンチャン騒ぎがウソのように、とても静かな朝だった。
そう。昨夜は誰もが予想した通り、酒場では大宴会が行われた。
常連のお客さんたちはみんな、自分の手柄のように私の勝利を喜んでくれたのだ。
料理や酒を運んでいくと必ずという感じで「まぁ一杯」と言われ、その度にドリンクをいただくことになるのでお腹がいっぱいになってしまう。
もちろん私はお酒は飲めないから、ソフトドリンクだけど。お酒だったら真っ先に具合が悪くなって退場していたところだ。
そのあたり、常連さんの心遣いが嬉しい。
はしゃぎすぎ、勢い余って酔いつぶれたお客さんも何人かいたが、とても楽しい夜だった。
そして一夜明けた、今朝。
朝食の時、酒場のマスターを経由して予選大会の賞金を受け取った。これを資金に装備を整え、1週間後には首都での大会本戦ということになる。
さっそく今日は、装備品を買い込むために武器屋に行くことにしよう。
首都ほどではないけれど、この町は物流も多いので品揃えも充実しているはずだ。
歯磨きをしながら必要な装備を考える。
まず基本のラバープロテクタ。
これは絶対に必要な装備だけれど、魔法忍者と対戦した時にかなり損傷していた。
刃物で深く傷つけられていてズタズタ。
これでは打撃系は防げても、刃物は防げないだろう。
というかそれ以前に、こんなボロボロじゃ見た目もカッコ悪いしね。
ユウトに魔法で直せないか訊いてみたけど、彼はこういう堅いものを生成するのは苦手みたいだった。
となるともう、武器屋に修理をお願いするしかない。
あとは……。
私は小柄だから、リーチが短いのが弱点だ。
今回の予選大会では色んな相手と戦ってみて、つくづく思った。
武器を持った相手には、素手では不利だってこと。
ゆくゆくは武器も使っていきたいけど、それには練習が必要になってくるし……。
武術大会ではエントリーの段階で申告してない武器は、使えないルールだ。今回の武術大会にはどっちにしても間に合わない。
だからもうここは素手でいくしかないのだ。
そこで、素手の状態で少しでも射程を伸ばすために、パンチよりキックを使っていこうと思う。
いくらか違うかもしれない。
それならば、キックを強化するスネ当てのような防具が欲しい。
レガース、っていうんだっけ。
これなら攻撃力も高めつつ、防御も固められる。
金属製ってどうなんだろう……重いかなぁ。
あ。
それと、魔法装備とかも気になるなぁ。
攻撃魔法とかの威力を軽減できたりするんだったら、ぜひ装備しておきたい。
あるのかな……そういうの。
これはユウトに聞いた方がいいかも……。
武器屋に一緒に来てもらって、なんか良さげなのを見繕ってもらおうかなぁ?
思い立ち、洗面所から戻るその足で、ユウトの部屋を訪ねる。
トントン。
「ユウトー?」
反応がない。まだ寝てるのかな?
ドンドンドン!
強めにノックする。
あれ……?
いつもだいたい、これで起きてくるはずなんだけど……。
下に行っておかみさんに聞くと、彼は朝早くから出かけて行ったらしい。
……珍しい。
いつも放っておけば昼まで寝てるのに、今日はずいぶん早起きじゃないの。
まぁ……名目上は就活中みたいだし、プラプラしてるばっかりじゃないのかもしれない。
しょうがない。
とりあえず自分の用事を済ませよう。
あきらめて宿を出て、武器屋へ向かって歩き出した。
12月の、よく晴れた午前。
観光客も多いせいか、町はいつもより賑わっていた。
途中、カフェや雑貨屋などが並ぶメインの通りに差しかかると、見覚えのあるシルエットを見つけた。
ひょろっとした長身、だらしない感じの立ち方。
遠目にもわかる。
……ユウトだ。
女性ものの服やアクセサリーを売っている雑貨店の前で、ヒマそうにボーッとしている。
アイツ、あんなところでいったい何してんのよ……?
不思議に思って声をかけようと思った、その時。
店のドアが開いて——。
「お待たせ」
女の子が店から出てきた。
美しい金色のロングヘアに花の髪飾り。
落ち着いたブラウン系のフェミニンな服装はいかにも上品そう。
優しそうな、おっとりとした感じの美人だった。
彼女は親しそうに、ごく自然にユウトの腕を取った。
「見て見て、オマケしてもらっちゃった」
「おー、よかったじゃん」
嬉しそうに話しかける女性。
優しげな眼差しを送るユウト。
幸せそうな二人の表情はまるで……。
……うぅん。
なんて声をかけたらいいんだろう。
邪魔しちゃいけないような気がするっていうか、入る隙がないような気がするっていうか?
並んで歩いていく姿を、ただ見送るしかできなかった。
ここ数日はずっとユウトと一緒だったし。
武術大会では絆を育ててきた、と思う。
別にその関係がどうこうなるってことはないんだけど……。
何だか、落ち着かない。
寂しい……というか悔しいというか?
なんだか盗られたような気持ちになってしまう。
盗られた?自分のものじゃないのに?
何考えてんだろ、私。
変なの。
別に付き合っているわけじゃないんだから、と自分に言い聞かせる。
とにかく、当初の目的である武器屋での用事を済ませるために、モヤモヤする気持ちは一旦脇に置いておくことにした。
ラバープロテクタは修復をお願いし、新しいレガースの採寸と発注を終えた。
レガースは受け取り時に試着とサイズ調整をしてくれるらしい。また後日いかなくては。
帰ってくるとちょうどユウトが、何やらトレーを持って軽い足取りで2階へ上がっていくところだった。
見送ってから、キッチンで片付けをしていたおかみさんに声をかけた。
「ユウト、どうかしたんですか?」
「なんか部屋に誰か来てるみたい。お茶とお菓子出すから~って持ってったわよ」
だ、誰か……って……!
やっぱさっきの女の子……。
「もしかして……こ……恋人が来てるとか……?」
さりげなく、探りを入れてみる。
「え、そうなの? 見てなかったから、私もそこまでは分からないなぁ……あら? なーに、やきもち?」
おかみさんは口元に手を当てて、からかうようにウフフと笑った。
「そ、そそそ、そんなんじゃないです!ただちょっと気になっただけだし……」
なんて言いつつ、実はめっちゃ気になっている。
さっきの雑貨屋さんでの仲睦まじい様子の2人を思い出す。美人だったしなぁ……。
……部屋に戻って、本でも読もうと思ったけれど、気になってダメだ。
気にしないように努力はしたけれど、向かいの部屋で何してるんだろう……とか思うと、全然くつろぐどころではなかった。
部屋の壁に聞き耳立てるなんてもちろんお行儀が悪いし、逆に直接「誰ですか」って聞きに行くのもバカっぽい。
……でもこのままでは今日一日、気にしないことに全力を注ぐハメになりそうな予感しかしない。
もう直接聞きにいったほうが早いんじゃないか……? うぅ……でもなぁぁ。
「はぁぁぁ……無理だ」
分かってた……無理なのは分かってたはず。
モヤモヤすることを後回しにできない性格なんだよね、私は。
意を決して部屋を出て、すぐ向かいの扉をノックした。
「はぁい」
しかし出てきたのはユウトではなく、先ほど一緒にいた彼女の方だった。
「……ふぇ……!!」
不覚にも、一瞬ひるんでしまった。
すると彼女はパッと笑顔になった。
「あ、アナタもしかして、お向かいの部屋のジュリアちゃん?」
いきなり名前を呼ばれて面食らい、何を言おうとしてたのかもぶっ飛んでしまった。
「あ……あ、あの」
「まぁまぁ、いいから入って。お話ししたいと思ってたのよ~」
半ば強引に部屋に連れ込まれた。
「私はエミリ。ユウトがいつもお世話になってます」
彼女は上品にペコリとお辞儀した。
こういった社交辞令は、慣れてはいてもあまり得意ではない。
「い、いえ……こちらこそ……」
なんだか女性らしいというか、物腰柔らかくもしっかりしてそうなお嬢さん、といった感じ。
粗野な自分がみっともなく思えて、ついなんとなく劣等感を感じてしまう。
「武闘家なんでしょう? すごいなぁぁ、わたしは運動苦手で……よくどんくさいって言われるのよね。なんにもないところでコケたりして、ユウトにもよく笑われたし」
「……え、そうなんですか……」
あのどんくさいユウトが他人のこと笑うなんて、厚かましい。
それにしても、どういう関係なんだろう。
なんだか親しそうだけど。
「敬語使わなくていいよ。ひとつしか違わないんだから、気にしないでね」
すごく気さくで……自分勝手に喋りかけてきて、どんどん距離を縮めてくる。
……なんていうか……。
苦手なタイプのはずなんだけど、不思議と嫌な感じではない。
でも私が知りたいのは……。
「ジュリアちゃんは、ユウトのこと、どう思ってるの?」
「……!」
訊こうと思っていたこと……とは微妙に違うけど、方向的にはまぁまぁ同じだ。
それを逆にズバリ訊かれてしまった。
「え……とぉ。どうって、ど、どういうこと?」
どういうつもりなんだろう。
もしかして、も、元カノ……とかなのかな?
ヨリを戻しに来たけど私が近くでウロウロしているから、なんか勘違いして牽制しているのだろうか?
王都の図書館でコッソリ読んでいた恋愛小説にそんなシチュエーションがあったような……。
「ユウトのこと、好きなの?」
今度はさらに直球。
ド直球で訊いてきた。
なぜか頭に血がのぼって顔が熱くなる。
ヤバい。きっと顔が赤くなってる。
「や……あ、あたしは別に、そんなんじゃ」
断じてそんなことはない。
仲間として好きなのは好きだけど、そういうんじゃない。全然。
「……じゃあ、ただの遊び?」
こんなことを聞きながらも、彼女は終始穏やかな笑顔を絶やさない。
逆にそれがとても不気味だった。
何を考えているんだろう……。
そして私に何を求めているんだろう。
僅かに首を傾げ、じりじりと距離を詰めてきている。
「うぅ……あ……いや、ていうか」
変な汗が出てきた。
絶えられなくなり、思わず目をそらす。
呼吸が浅くなっているのに気づく。
だんだん……なんだか尋問を受けてるような気分になってきた。
ひぃぃぃん!帰りたい……!
その時。
前触れもなくガチャッとドアが開いた。
「わぁぁぁ!!?」
不意を突かれたので、飛び上がるくらいビックリした。
「あれぇ? ジュリちゃん? 何やってんの?」
そこにはユウトがいた。
「ユウト!」
不本意にも私とエミリはハモってしまい、同時に訴えるような視線をユウトに投げた。
しかし当のユウトは全く空気を読むことなくヘラヘラ笑った。
「あぁジュリちゃん、紹介するね。この子はエミリ。オレの2歳下の妹だよ」
妹……。
って、妹ぉ……!?
「も~ユウト! 面白いとこだったのに何でバラしちゃうのよ~!」
エミリが不満そうに唇を尖らせた。
「なになに? 何の話?」
ユウトはもちろんわけが分からない。
……もしかして、からかわれてたの?あたし。
ユウトがエミリに向き直る。
「そんでエミリ。この子がさっき話してた『オレの』可愛いジュリちゃん」
まてまて。
今度は何を言い出す?!
「……オレのって何よ!? 誤解されるでしょ!」
「あはは! ごめんごめん、ついノリでw」
ほんっとに何考えてんだか分かんない!
油断ならないわ……。
……で。
今度は私が、エミリに向き直った。
「エミリ、面白いとこだった……ってどういうことなの?」
ここは問い詰めなければならない。
初対面でも女の子でも容赦しないんだから。
「あ……はは、ごめんね~。最初は普通にユウトとの関係が気になっていたんだけど、あまりのうろたえぶりが可愛かったからつい、いじりたくなっちゃって」
「エミリ、ジュリちゃんに何したの?」
苦笑しながらユウトが訊いた。
エミリはテヘペロ、とばかりに舌を出した。
「ちょっと意地悪しちゃった。ついノリで……ふふ」
コイツらぁ。
……間違いなく同じ血を分けた兄妹だわ……!
まぁ素直に謝るあたり、きっと悪い子じゃないんだろうけど。
◆◆◆
お茶を入れなおし、改めて3人でヒザを突き合わせるようにして座る。私にも聞いてほしい、と引き止められてしまったのだ。
「さてと。じゃあ最初から話すね」
……エミリは首都育ちだという。
首都からここまでは歩いて数時間、タクシーなら30〜40分ほど。
ユウトがククルの町に来てからはちょくちょく会っていたらしいけど……。
学校を卒業し、魔法療法士の資格を取得。
研修も終わって、年明けから地方の公共医療施設で働くことが決まったのだった。
地方に行ったら簡単には会えなくなってしまう。
だから移動を兼ねた数日間の休暇をとって、泊まりで遊びに来たのだという。
ユウトがため息をつく。
「……でもさ、この時期だろ? 武術大会の見物客が多すぎて、宿がどこも空いてないらしいんだよね。いま下で、おかみさんに他の宿屋も確認してもらってたんだけど、やっぱ空きがないって」
予選会の時は首都からこの町に見に来てる人もたくさんいたようだった。
てことはつまり逆に、首都で開催される本戦を見に行くために、この町に滞在している人もきっと多い。
なぜなら首都からここまでは街道も整備され、騎士団の警備によって安全が確保されているから。
確かこの期間だけ、シャトルバスのようなものも往復しているんじゃなかったかな?
……要するに、この町の宿もすでにいっぱいということだ。
エミリはうつむいた。
「首都にある寮のお部屋は引き払って、荷物も先に送っちゃったから今さら帰るわけにもいかなくて……もう就職先の寮にそのまま行くか、ユウトの部屋に泊まるかしかないのよね……」
「その場合、オレが床で寝ることになって過酷を極めることになる……」
ユウトもうつむいた。
確かに、ユウトの部屋は狭い。
ひとり用のベッドと、壁に作り付けのデスクと椅子、小さなクローゼットがあるだけでスペースに余裕はない。
こうして3人も部屋に入ったら、ベッドに2人とデスク用の椅子に1人腰掛けて、まぁまぁ窮屈な距離感だった。
あれ?
そっか。
「もしよかったら、あたしの部屋で寝る? ここより少し広いよ?」
……あんまり考えずに言ってしまったけれど、初対面で相部屋って非常識だったかな……?
急にユウトが立ち上がる。
「え、マジで良いの!? じゃぁオレ、ジュリちゃんの部屋に泊まるわー」
キラキラした笑顔で言い放った。
「アンタじゃないでしょ!!」
エミリと息ピッタリでハモった。
彼女は遠慮がちに言う。
「でも……ホントにいいの? 私、さっき意地悪しちゃったのに」
「それはもう気にしてないよ。エミリは同室って嫌じゃない?」
「なんでなんで? 嫌なわけないよ、すごく楽しそう!嬉しい!」
……そんなわけで彼女は、私の部屋に泊まることになったのだ。
本戦出場の準備をしている間、ということにはなるが、数日は一緒に過ごすことができる。
私たちが首都に出かけるタイミングで、彼女も新しい職場の寮へ出発する手筈となった。
10‐2 ユウトside
その夜も酒場は、いつものようににぎわっていた。
さっきはエミリが急に「店を手伝う」なんて言いだしたから、びっくりした。
もちろんガッツリと働いているわけではない。
見学がてらにホールでウロチョロしているようだ。
作業的なことは分からなくても、お客さんの話し相手にはなれる。
我が妹ながらエミリには、どんなウザ絡みでものらりくらりとかわす天賦の才があると、オレは感じている。
というのも、新しい女の子が入ったとくれば常連のおっさんたちはおとなしくしているはずがない。
ちょっかいかけたり、コッソリと好みのタイプを聞き出そうとしてきたりするわけだ。
幸いうちの店の常連さんには、うっとおしいヤツはいても、痴漢や悪質なストーカーのような輩はいない。
硬派のマスターが目を光らせているせいもあるのだろうが、酔っぱらっていてもそのあたり、節度をわきまえた紳士ぞろいだ(……と信じている)。
そんな奴らもエミリのおかげで今夜はいつになくみんな浮足立って、店全体がイベントの日みたいな妙な熱気に包まれていた。
「なぁユウト! とっておきのギャル情報が入ったんだが、聞きたくないか?」
手招きしながら声をかけてきたのは、比較的年が近く、よく絡んでくる常連さん。
通称「シバ兄」だった。
「え、なになに?そりゃ聞きたい」
オレはすぐに飛びついた。
ギャル情報と聞いて無視できる男なんていないだろ。
「タダじゃ教えらんねえな……」
「……んじゃ、ビール1本でどう?」
もちろんこれはオレの給料から引かれることになる。
「何だとォ?こいつァビール2本分のスペシャルにアツい情報だぜ……焼き鳥くらいつけろよ」
「分かったよ!ビールと焼き鳥な!……で?なんだよ、もったいつけて」
「実はな。これは西の酒場に入り浸っている同僚の話だ。ヤツが店で飲んでる時、隣の席の客が話しているのを盗み聞きしていたらしいんだがな」
「ふんふん」
西の酒場といえば、色っぽいお姉さんがお酌をしてくれるという、ちょっと高いお店だ。入ってみたことはまだない。
シバ兄は、なぜかキョロキョロと大げさに周りを警戒するそぶりを演出し、小声で言った。
「どうやら王女がこの町に、来ているらしいぞ」
「……ええ!?王女が?え、なんで?それホントに信用できる情報?」
「あたぼうよ。その噂をしていた主は、美女の追っかけで有名な男だったらしいんだ」
「いや……美女の追っかけで有名って……怪しすぎるんだけど」
変態感満載の響き。
ストーカー?
「いや怪しいけどもさ、考えてみろよ。国王の過保護のせいで、王女は王都に引きこもって出てこないらしいじゃねぇか」
確かに、王女は首都でのイベントなどにも絶対出てこない、ということは聞いたことはある。
毎年の誕生日イベントも厳重な警備に守られた、首都内さらに奥の「王都」内で少人数で行われているらしい。
……国王が過保護という話は、ここで初めて知ったが。
「顔も知らねぇのに、ヤツはどうやって王女だって分かったと思う?」
「え……あ~なんでだろ?」
……単なる当てずっぽうじゃね?
「実はその男、王都に! 王女を見るために! わざわざ行ったことがあるからなんだよ!」
「マジで……!? それって……ううん、相当だな」
オレは少なからず衝撃を受けた。
そこまでするマニアな奴がいようとは。
よくそんな輩が王都に入れたな……逆にセキュリティ大丈夫なのか?
「だろ? ヤバいだろ? そこいらの、お前みたいなチャラい『自称美女ハンター』とはわけが違うのさ」
いやオレは別に、美女ハンターを名乗っているわけではない。
美女が好きなのは間違いないけど。
てかチャラいって何だよ、チャラいって。
「で、そいつが何て言ってたって?」
「王都でのイベントに潜入して直接、現物確認をしたことのあるそいつがよ。『あれは間違いなく王女だった。このククルの町に滞在している』と言っていたらしい」
シバ兄は声色を変えて、ストーカー男の演技をしてみせた。似てるのかどうかすら分からないが、なんとなーくそれっぽい。
「おぉ~激アツ!!マジか……!」
「しかも王妃の結莉さまに激似の美人らしいぞ」
ゴクリ……。
この話が本当なら、明日はコッソリと王女を探さねばなるまい。
王妃さまの姿はちょっと前に、首都での何かのセレモニーでたまたま見たことがある。
小柄でつつましやかで、しかし凛としていて。
美しい黒髪と黒い瞳は、この土地に古くから先住していた民族の特徴だ。
西洋の血を引く大柄な国王と並ぶと余計小さく見えるが、この国最強の武術の使い手がこんなに小さくて美しいものかと驚いたものだった。
その娘は今は15歳。母に激似だという……。
せっかくだから一度、見てみたい……と思うのは、別に悪いことじゃないよね?
10‐3 ジュリアside
酒場のバイトはいつも通り、22時には解放された。
エミリもちょこちょことだけど手伝ってくれたおかげで、また違った雰囲気で常連さんも楽しんでいたみたいだった。
交代でバスルームを使い、部屋に戻って寝支度を整える。
エミリは鏡の前で、ドライヤーを使っている。
髪が長いから乾かすのも大変そうだ。
あたしも前は長かったからわかる。
短くしてからは軽いし、乾かすのも楽ちん。
……きっともうロングには戻れない。
……綺麗な髪……。
エミリはユウトとおなじような金髪で少しクセがあるものの、ユウトのように好きな方向に跳ね散らかしているわけではない。
そっかぁ、兄妹かぁ……。
私には兄弟がいないから、どんな風なんだろう……とぼんやりと想像する。
長身のユウトに対して彼女は小柄だが、それでも私よりは少し背が高い。
顔は……やっぱり少し似てるのかも?
おっとりしてて大人っぽいけど、ニコニコしながら悪ノリはするタイプだ。
だれかれ構わず自分のペースで遠慮なく絡んでいく感じは、確かにユウトそっくりだった。
私は相手の顔色を気にして一歩引いちゃうほうだから、ちょっと羨ましい。
「なぁに、ジッと見て?」
エミリが気付いて微笑む。
「ううん、何でもない。ボーッとしてた」
部屋にはもうひとつ、実はベッドを運び込んでいた。
エミリと一緒に泊まることをおかみさんに相談すると、快く承諾してくれて。
私の部屋は元々2人用だったらしく、もう一つのベッド……簡易的なものでなく、かなりしっかりしたのが地下倉庫にあるというのでユウトと2人で取りに行ったのだ。
前のお客さんの希望で撤去したはいいけど、重たくて戻すのが面倒になっていたようだった。確かにこれをおかみさんとマスターの2人で地下室から2階まで運ぶには、かなりシンドイ。
例のごとくユウトが重力魔法で荷重を軽減しつつ、一緒に運ぶこととなった。
これでどちらかが床で寝ることも、1つのベッドでギュウギュウってこともない。
「力持ちと魔法使いがいると本当、助かるわ~」
おかみさんはこんなちょっとしたことでも、ちゃんと喜んでくれるから嬉しい。
そう。
酒場のウェイトレスの仕事もだんだん慣れてきて、おかみさんは褒めてくれるのだけれど。
正直、酒場での接客はうまくいっている気がしない。
もちろんユウトは年季が違うから、それと同じようにはいかないのは仕方ないけど、今回エミリが手伝っているのを見て思った。
私、たぶん接客向いてないんだろうな……と。
だからって頭だってそこまで良くないし、パワーでもたぶん男の人には敵わないんだよね。
格闘技以外に特にこれと言って特技もないし……。
今さらながら、自分って何になれるんだろう……とぼんやり考えてしまう。
魔法だって……。
あ、そうだ。
「エミリって、魔法使えるの?」
ユウトは小さい頃から素質があって魔法学校に引き取られたって言ってたけど。
「私は……少しだけね。でもユウトと違って適性低いから、一般の孤児院に引き取られたの」
「でも使えるんだ!いいなぁ」
「家系だからね~。うちのおばあちゃんの話、ユウトから聞いた?結構すごい魔法使いだったらしいのよ」
「ふぅん……有名な人なの? 私、魔法関係は全然なんにも知らなくて」
「ふふっ。実は私もおばあちゃんのことあんまり知らないの。私やユウトが生まれたときにはもう亡くなってたから会うことはなかったんだけど……なんか、聖戦に? 参加してたとか」
……聖戦。
世の中が世界戦争と大魔法「呪い」で混乱の極みにある状況で、密かに実行された作戦。
一般に出回っている歴史書には詳細な記録はないらしいけど、王家の口伝として何度も聞かされてきた。
父が指揮をとり、まだ幼かった母もチームに参加したという。
目的は「呪い」の首謀者を確保し、呪いを解除するための「聖歌」の封印を解くこと。
大人たちが呪いの効果で次々と命を落としていく中、子供たちばかりの少人数で編成された。
もちろん、困難を極めた戦いであったという。
でも、そんなすごい魔法使いの存在は……。
「あ、そういえばジュリアも魔法の練習してるんでしょ? ユウトが言ってたよ。こないだスゴい炎出したって」
炎……って昨日の試合での「アレ」だよね……。
「あれは……ほとんど神頼みだし力づくだし、まぐれだったと思う……護符使ったし」
「ううん、護符でも炎出せるなんてすごいと思う。魔法適性も色々あってね、感知能力だけのものとか形にならないMPを操るだけだったりとかもあるから。特に『元素系』を扱うには、生まれ持った素質が重要なのよ」
「てことは……素質があるってこと? 練習したら,
私にも使えるようになるのかな?」
「え、なるよ。ジュリアだったら絶対使えるようになると思う。特に火属性は適性があるんじゃないかな? 全く初めての状態から、ユウトの指導をたった数日受けて炎出せるなんてスゴいよ。だってユウトって教えるの本当にヘタでしょ?ふふ」
うぅ……ん、確かに親切ではあるけど、説明するの苦手なんだなって思う時がある。
「あの人、天然で感覚頼りだから、凡人にはよくわかんないこと言うのよね……」
エミリはおとなしそうに見えて意外と、容赦なくズバズバと言う子だった。
でも決して間違ってはいないので思わず同意する。
「あ~確かに、そういうのあるかも」
「ブワッとか、タラッとか、シュッとか。擬音多くない?」
「うんうん!『中の人』とかもよく出てくる」
「そう、それ!『中の人』ってユウトの独自の解釈なのよ。小さい頃、ユウトが教えてくれたあとに魔法理論の教科書で復習しようとしたら、解釈が全然違ってて苦労したのよ~」
「エミリは小さい頃からやってたの?」
「え? だって魔法理論は、適性がなくても初等の必須科目でしょ?……あぁ、ユウトの授業の方? ううんと……ユウトが中等部に入ってからだから、私が8歳の頃くらいからかな。長い休みのたびに会いに来てくれてね、その時に教えてくれてたの。……小さい頃に離ればなれになっちゃったから、私が寂しがると思って心配してくれたみたい」
「あれ、一緒に暮らしてたんじゃないんだ?」
「ううん、ユウトは適性が高かったからグランピオにいたの。私はずっと首都よ」
グランピオといえば、魔法学会の本部がある巨大な魔法学園都市。
魔法に疎い私でも知ってる。
孤児の養育を兼ねた魔法学校は国内にいくつかあるけど、それらとは全く規模が違う。
学費や生活費の心配もなく安定した環境で、幼等部から大学院まで一貫の、魔法を主体にした教育が受けられる場所。
ただし、入学できる適性基準はそれなりに高い。
本気でこの国……いや世界を支える魔法使いを育成する研究教育機関なのだ。
まさかユウトが、そのグランピオ出身だったなんて。
場所は……この国の西の果て。
想像がつかないくらい遠い。
「グランピオからしょっちゅう来てたの? へぇぇ……結構マメなんだ、アイツ」
きっとユウトは優しいお兄ちゃんだったんだろうな……。
「……まぁ、一緒に過ごす友達がいなかったっていうだけかもしれないけどね」
え、そんなに友達いないの?
……なんで?
あ、そうだ。
エミリに魔法教えてもらったらどうだろう。
ユウトの指導もいいけれど、教科書にまとめられている理論もまた気になる。
私は学校に行ったことがないから、魔法を勉強したことがない。
語学や社交術、歴史だったり一般教養の学習は王宮でもしたが、なぜか魔法は教わらなかった。
何でだろう……やっぱ適性がないからなのかな……。
でも今の世の中、魔法を使っていかないとどうにもならないと思う。
ユウトのことを理解するためにも、少しでも知識は欲しい。
「ねぇエミリ。私に魔法教えてくれない?」
エミリはにっこりと笑った。
「いいよ! 教えてあげる! 私、ゆくゆくは教育系の仕事もしたいんだ。だから教えてみたかったの。ジュリアはじゃあ、実験台1号ね。うふ」
じ……実験台……。
不穏な響きだけど……実験は大事だ。
やってみないと分かんないもんね。
彼女がここにいる間に、ちょこちょことやってみよう、という話になった。
「じゃあ今日は寝る前にちょっとだけね」と、その夜は瞑想のやり方を。
ベッドに入ったまま自分自身の波動を感じ、MPが体内をめぐっていくイメージを描く。
ひたすら深呼吸を繰り返すうちに、その夜はそのまま眠りについたのだった。
◆◆ 第10話 「穏やかならぬ休日」終わり
あとがき
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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Xにて「@ayayanmax」とメンションつけてポストしていただけたらリポストします!
もちろんXのDMでもOKです。
今後の創作の参考にさせていただきます!
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今回は久々に新キャラ登場。エミリ、16歳。
派手ではないですが、今後数回にわたって出演予定。
エミリはユウトと違って魔法適性値は低いですが、魔法感応力(感じる力)があります。
生体波動の微妙な揺れを感知したり、MPの流れを感じたり。
その影響もあってか、人の気持ちを察したり導いたりするのも得意なのです。
この「Little Diamond」は「~編」とかの記述はないですが、プロットを考えていく上での区切りはちゃんとあったりします。裏設定というヤツ(?)。
今までの武術大会の様子をずっと書いてきた「武術大会編」と打って変わって、次回からは「砂塵の狼編」に突入します。
騎士団長の外伝にチラッと出てきた名前。
8.5話③で闇疾風の背中で話してましたね。
一気にキャラも増えていくので混乱しないように書いていこうと思います!
また次回もお楽しみに!!
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