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【fiction】午後に見た夢

お母さんはまだお化粧をしていないのに髪をきれいにセットしてもらっている
どこかに出かけるのだろう、クリーニングから戻ってきていた洋服を何着も旅行鞄に詰めている
厚みのあるハンガーと、丁寧に梱包されていたであろう段ボールが散乱している
出かけるんだな 
高校の制服を着替えながら、「旅行、いつからいつまで?」とかまをかける
「木曜日からかな?たぶん日曜には帰るかな。」と不倫旅行を見とがめられるどこかの夫のように歯切れ悪く答える。
「そうなんだ」
「でもね、ほら、橋本さん。施設に入るんだって」
「だれ?橋本さんって」
その人が施設に入る前に最後の旅行に行くのよという体の言い訳だと察しが付く
「お母さん、いつも怒って決めつけるような話しかしないから、お母さんの友達の事なんて知らないし」と言うと温度の低い視線で見据えられる。
化粧をしていないのに、やっぱりきれいな人だ

母は40代で父を亡くしてから女でひとつで私たち3人の子供を育ててくれた
父は、地元の裕福な家の末っ子だったらしく、人におだてられてはいいように利用されていろんな事業に手を出しては借金をかぶっていたらしい
幼かった私も、借金の取り立ての電話がかかってきていたり、お出かけだと思っていたけど、後から考えるとあれはお金の工面に行く両親について行っていたんだろうという記憶がある。知らない住宅街の家先に停めた車の中で、父と母が戻ってくるのを待っていた時のルームライトの光だけが照らす世界の心細さを今でも覚えている。私は小さかったからぼんやりとしか覚えていないが、上の姉たちはきっともっと具体的な記憶があるだろう。それを姉妹で話したことは無い。
そんな父だから、亡くなって悲しいと思う一方で、もう知らないところで借金を増やすようなことがないとほっとしたと母はいつか話していた。

きれいな母は私の自慢だった。朝から晩まで働いていたけど、「あなたがいるから頑張れる」という母に迷惑をかけるわけにはいかない と、私は小さいころからいい子でいることを自分に課していた。姉たちが洋服を買ってもらったり、懐事情を気にせず母に物を買ってもらうのが腹立たしくてたまらなかった。
だから、そんな私が一番好きだと言ってもらえるはずだという気持ちにすがっていた。

だけどそうじゃなかった。


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