立場はひっくりかえる とても簡単に
「もう嫌!、わたしここに居たくない!」
POCグループでの対話から、突然叫んで逃げ出したのは、シャンタールだった。アフリカンアメリカンの可愛い女性。その時、シャンタールと議論していた私は、何が起こったのかわからずに呆然とした。私は議論で彼女を追い出してしまったのだろうか。タエが、私を責めるように睨んだのが目に入って、胸に棘がささった。
講師でファシリテーターのゲリーは、落ち着いた様子で、ランチタイムにPOCグループでの対話を再開することを提案してくれた。再び集まった私たちの輪の中に、シャンタールも居心地悪そうに遅れて加わった。
人種を軸にしたPOCの小グループで
POCグループとは、People of colorグループのこと。白色人種がマジョリティの大グループの中で、POCの立場に立つグループは3分の1ほどの数だったろう。POCグループの構成は日本人4名、シンガポール人2名、アメリカ人2名(うちひとりはチャイニーズアメリカン、もうひとりはアフリカンアメリカン)、韓国人1名、アフガニスタン出身のオーストラリア人1名、そして中国文化を愛するポーランド人1名だ。
POCグループで一番手に話し始めた私は、のびのびと自説を展開した。皆よく聞いてくれるので話しやすかった。そのうち、シャンタールが質問をしてくれた。「あなたにとってのResponsibility of Privilegeはなに?」、「どんな風に責任を果たそうと考えているの?」。
賢いシャンタールの質問は的をえていて、彼女が聞いて、私が応えていくと、論旨のストラクチャーがより明らかになっていく。でも、早い調子の質問のやりとりに慣れない私は少々戸惑ってもいた。
すると、私の隣にいたポーランド人のカーシャが、少し私をかばうように、何か批判めいたことをシャンタールに言った。質問ぜめだった私は、カーシャがちょっとした助け舟を出してくれたようで安堵していた。シャンタールが叫んでグループを飛び出したのはその時だった。
人の話をどう聴くかは、文化である
ランチタイムに戻ってきたシャンタールは、こう話してくれた。
「議論のスピードが早くて、流れがよく理解できない。それにみんな、ずっと黙っていて、アヤが話していることを解っていたの? 彼女の話しから、私はやっとこのクラスから何か学べることがあるって思ったのに」
少し間を置いてから、ユアンテが優しい調子でこう返した。
「黙って頷いているときっていうのは、僕らアジア人にとっては、よく聞いているという意味や態度なんだよ」
ここで明らかになったのは、聴き方の文化の違いだった。アメリカ人のシャンタールは、「アクティブリスニング」こそが人の話を聴くときの良い姿勢だという価値観だったのだが、主にアジア人(しかも皆、カウンセリングの技能を身につけている)にとっては「傾聴」が良い聞き方だという感覚があり、そこがずれていたのだ。
マイノリティの立場にある人からしか、学べないのではないか
POCグループではマジョリティだった私は、シャンタールの言葉にハッとさせられた。シャンタールはPOCグループではマイノリティ。疎外感を味わっていただろうし、彼女が勇気を持って違和感を言葉にしなければ、「話の聴き方にも多様性がある」なんて、考えもしなかっただろう。そして、POCグループでのコミュニケーションスタイルが、いつのまにかアジア人の共感ベースなスタイルに変化していたことにも、シャンタールが違和感を表明しなければ、永遠に気がつかなかった。
普段は大グループの中であまり発言しない(できない)でいる私も、POCグループで自分がマジョリティになったとたん、疎外感や抑圧が消えて楽に振る舞えるようになっていた。そして、マジョリティになったとたん、気分が軽くなる一方で、グループが持つ微細な「圧」や「コード」に、愚鈍になってしまった。グループの持つ流れと自分のオリジナルな感覚が近いために、摩擦が少ないからだろう。
この体験と気づきはそら恐ろしい。「万事スムーズで問題なし」という感覚にいるときほど、誰かの疎外感や違和感を強烈に生み出す可能性が濃いからだ。
そして、シャンタールが感じた「議論のスピードが早くて、流れがよく理解できない」感覚は、私が大グループの中で感じていたものと同じだった。POCグループのマジョリティとして、私はシャンタールの勇気ある発言に豊かな学びをもらった。シャンタールもまた、大グループのマイノリティである私の見解を「彼女の話しから、私はやっとこのクラスから何か学べることがあるって思ったのに」と話してくれていた。
些細な違いや疎外に気が付けるマイノリティだけが、グループの学びや変容を促しうるのではないだろうか。なぜなら、マジョリティはシステムの中で愚鈍にしかなり得ないからだ。そして誰もが、マジョリティにもマイノリティにもなりうるのである。
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