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私が塾を作った理由

昔からとある日本の教育環境に疑問を抱いてきた。

偏差値順に学校ランクが決まっていて、その偏差値に達した人が通い、そこで知識のシャワーを浴び、大学へ進んでいく。
彼らの器で彼らの吸収力に頼り授業が展開される。
学校も予備校も同じシステムだ。
レベル分けをして、そのレベルの中に教壇から一方通行の授業が始まる。
これでは、学びの器が大きい人だけがどんどん成績がよくなり、
器が吸収力が小さい人との差がどんどんついてしまう。
生まれつき勉強が下手なだけで何者にもなる権利がなくなってしまうのか。

そこで見つけたのが海外の教育だった。
海外には偏差値がない。そして海外の教育では、知識が与えられ一発テストで評価されることはない。学生が何を考え、どんな熱意からどんな行動を取ったかも評価される。

カナダの高校に通う生徒のサポートをしていたときのことである。
その学生は中学まで日本で過ごし、経済学の知識がゼロであった。教科書も初めて触れるないようだったので、小テストなどは点数を落としてしまったが、グループ発表やエッセイでの取り組みが評価され加点をもらい、他の生徒と同じような平常点で最終テストに望むことができていた。
更には最終テストも記述が出ることがわかっていたため、ストーリーの展開や知識の覚え方を事前に先生に相談できた。

このように事前に何も知ることができない、一斉の日本の入試とは違い、上記のような日々の取り組みの全データが大学進学の最も重要な評価として計上される。もちろん、学校の課外活動や自分の考え方を伝えるエッセイも評価の中に含まれる。

さらには、高校でうまくできなくとも、アメリカには2年制大学(コミュニティ・カレッジ)という成績や学力テストが不要で入れる大学もあり、そこで良い成績を取れれば一流大学にも編入できるのだ。

現に、今年もビジネス分野トップランクの大学に編入して大学生活を送っている学生もいる。

そうか、これだとおもった。

高校2、3年生になり、自我が芽生え何者かになりたい熱意が生まれ始めた。
でも今、テストの成績がいいわけではない。テストが苦手だ、特にこれといったダントツなものがあるわけでもない、という学生が
日本にいる間から、
ゆっくり時間をかけて器を大きくし、上に上にあがっていける方法。
塾で器を育て、海外の入試と教育システムを利用し5年〜6年計画で大きな人を生み出す方法を。

基から学び方を知ってテストの点が取れる人は、もっと世界から評価される人材へと育てる。
学び方を知らずテストが苦手な学生は、夢を叶えられるレベルまで器を大きくする。

ただ知識を与えるだけではなく、学び方を提供し、学び方を練習し、器ごと成長する塾が良いと、そう考えた。

最初は高校3年生だけだった海外進学塾デルクイも
今では塾に、高校1年生や中学生が来るようになった。
中学生は器を伸ばす時間が6年もある。じっくり大きくして沢山その中に経験と知識を丁寧に積み重ねていく。

こうやって器を大きくして、単に知識のシャワーだけではたどり着けなかった未来を切り開いてもらえたらいいなと切実に思っている。

デルクイで一生懸命過ごしたから、その後の人生が変わった。

そんな人を一人でも多く輩出できると嬉しい。


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