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自己肯定感という武器
私は中学生まで「私、最高」と思って生きてきました。
中学生の時は、成績オール5、テストは学年トップ、所属していたバレーボール部は関東大会に出るほど強くて、それなりチヤホヤされていました。
そんな人生を謳歌してた私の自己肯定感がポキっと折れたのは高校時代。
高校サッカーの大ファンだった私は、県内のサッカー強豪校で、且つトップの進学校に入学し、サッカー部のマネージャーになりました。
さすが県内のトップ校。
とんでもない優秀な人だらけでした。
それに加え、制服が可愛いことから、美女が集まる有名な学校でもあり、アイドル級に可愛い子だらけでした。
私はサッカー部マネージャーだったため、男子部員と距離が近く、誰が可愛くて、誰がブスか、そして誰の胸が大きいかなど、悪気があるわけではない他愛ない男子高校生らしい会話を毎日のように耳にし、辟易していました。
思春期ど真ん中な私は、圧倒的な頭脳と美貌を持つ人たちに囲まれ、そして比べられることで、それまで養ってきた自尊心や自己肯定感がみるみるうちに削ぎ落とされていきました。
一時期は、鏡を見ること自体嫌になるほどに。
そんな私の自己肯定感が復活したのが、アメリカでの大学生時代。
アメリカに引越して、驚きました。
まず、服を着て歩いているだけで、「I like your outfit(お洋服いいね!)」と褒められる。
「超ダサい服着て着ちゃったな」と思う時でも、「You look great!(あなた素敵ね!)」と褒められる。
学校の授業で質問すると「Good question(いい質問!)」と褒められる。
みるみるうちに自己肯定感が高まり、「私、最高!」が復活。
私が通っていたアメリカの大学は、優秀な学校ではありませんでした。
そのため、渡米当初、英語が話せなかった私ですが、ひたすら勤勉さを発揮したことで、オールAのGPA4.0(つまり、パーフェクト)の首席卒業をしました。
あまり優秀ではない大学であったものの、優秀成績者は、みんなとんでもなく自信に満ち溢れていました。
常に成績トップだった私は、神のような扱いを受けていました。
そんなの自己肯定感が高まらないほうが不思議。
そして成績の良さに加え、自信に満ち溢れた態度が功をそうしたのか、世界4大会計事務所と言われるBIG4の一つに就職しました。
社会人になってからも、先輩や上司はとんでもなく褒めてくれました。
常に「Perfect」「Great」と1日何回言われたことでしょう。
そんな絶好調に「私、最高!」な時に、突如日本に帰国となりました。
当時は20代後半。
久しぶりの日本生活に胸を踊らせ、帰国すると、ショッキングな現状を思い知らされました。
20歳前後のときにキラキラしていた友達が一様に、「もう私○歳だし、、」「みんな結婚しちゃって、もう売れ残りだよ、、、」と、どよんとした空気に包まれていました。
始めは、その様子にただショックを受けていた私でしたが、数ヶ月もすると、私も同じように自己肯定感無に。
そして何もかも悲観的に考えるようになっていました。
「こんなんじゃだめ」と思った私は、朝晩、鏡に向かって「自分は素晴らしい!」と念じ始めました。
誰も言ってくれないなら、自分が自分で褒めてあげなきゃ!と。
みるみるうちに、自己肯定感が高まり、仕事も恋愛の調子も上々。
何より、毎日が楽しいと思えるようになりました。
日々生きていると、心ない言葉をうけたり、ジャッジされたり、「自分なんて、、」と思う場面に何度も打ちのめされる。
歳を取れば取るほど、褒められることもなくなっていく。
そして誰かと比べて落ち込む。
シンプルに考えて、そういった人生は楽しいのでしょうか?
「私、最高!」と思える人生と、「私なんて、、」と思う人生を考えた時、私は「最高!」と思える人生を選択することにしました。
自分を褒めてあげて、肯定してあげる、そうやって自己肯定感を高める。
するとどうでしょうか?
「私、最高!」だし、「あなたも最高!」と相手を思いやって生きることができるようになりました。
もしかしたら、あなたを傷つけてきた言葉を発する人も、世の中に毒されて自己肯定感が低かったのかもしれませんね。
一度の人生、せっかくなら楽しい方がいいと思うのであれば、朝起きた時に「私は素晴らしい」と自分自身に声をかけてみてはいかがでしょうか?
楽しい1日の始まりになるかもしれません。
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