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息を吐く

恋愛に、進路に、毎日悩むことに長けていた私たちは、どこにでもいるありふれた女子高生だった。


いったいどこの誰が言い出したのだろうか。友人が大人ぶったため息をつくたびに、「あー!ため息ついた!幸せが1個逃げてったー!」と鬼の首を取ったかのようににぎやかに囃し立てた。しかしそこはなんでも楽しい女子高生。「今吸ったもん!すぐ吸ったからセーフですー!」なんて言い返してげらげら笑っていた。



まさか大人になってからの方が、本気でため息をつきたくなることが多くなるなんて知りもせずに。制服に身を包んだ若い私たちは、日々無邪気にはしゃいでいた。


***


私は社会に出て年齢を重ね経験を積む中で、会社でわざわざ周囲に気づかれるようなため息をついて「私、今不幸なんです」「疲れているんです」アピールをしないくらいには、社会人としての常識はわきまえていた。

憂いを帯びサマになるため息がつけるならば、もはやそれは絵になり武器にすらなるなと思いもするが、私にはきっと無理であろう。



「・・・だから、私ため息はつかないようにしてるんですよー。」
と、行きつけの美容室で笑いながら話した。ほんの世間話だった。
するとなじみの美容師さんは鏡越しに、
「あやちゃん、息は吐かなきゃだめだよ。」と意外なことを言った。

息を吐く??それは人という生物として当たり前では??

「ため息をつくんじゃなく、息は吐かないと。吸って吸ってため込んでばかりだと、パンクしちゃうから。」
そのときはふーんとわかったつもりでいたが、最近になってふとようやく、この息を吐くという行為を意識的に行うようになった。


集中したいとき、心を落ち着けたいときは口を【う】の形にして、ふうーーー・・・っと細く、長く息を吐く。

嫌なことがあったりいらいらしたときは、人目につかないところにまず移動。それから口を【あ】の形にして、はあーーーっっ!と一気に吐き出す。

1回、時には数回と繰り返すうち、突っ張っていた肩の力が抜け、ふっと一瞬身体が軽くなったような気がする。特に今の季節は吐き出した息が寒さで白く染まるため、私の体内にいたよくないものが形になって出ていったように見えて、実におもしろいのだ。


息をのんで、息が詰まって、ひと息入れることすら忘れてしまいそうな毎日だからこそ。

息を吐く、おすすめです。



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