ヤンキーになったS君に「私は覚えてるからなー!」と伝えたい。
梅雨時期になると思い出す男の子がいる。
幼稚園から中学校まで、11年間、同じまなびやに通ったS君。
幼稚園の頃から、同じ年の子と比べて背が高くがっしりした体格。その体に対しても大きめの顔に坊主頭。ハンサムというよりは愛嬌のある顔つきだった。
そんな少しいかつい見ためとは対照的に、茶目っけたっぷりのキャラクターだった。園の行事の前、並んで静かに待っていないといけない場面で、皆がだんだん堪えられなくなり、おしゃべりの声が大きくなってきた。「あー、まずいぞ、このままだとまた先生に怒られちゃうよー」と私は内心ヒヤヒヤしていた。その時、先頭に座っていたS 君がくるりと後ろを向き、口に人差し指を当てながら、ウド鈴木のようなひょうきんな笑顔で「皆しずかちゃんよー」と言った。それを見た皆は「そうだ、今は静かにする時間だった」と思い出し、口をつぐみつつ、S君のギャグに声を押し殺して笑った。
小学校に上がっても、そんなふうに冗談を言っては皆を笑わせる、ちょっとお調子者だけど人を惹きつける影響力のある子だった。
小2のある日、事件は起こった。梅雨時期で、その日も雨が降ってじめっとした空気だった。私は、朝から体調が優れず、吐き気がするのを我慢していたのだが、ついに堪えきれず廊下で嘔吐してしまった。その瞬間は、まさか自分が学校の廊下で吐くなんて思っておらず、事態が把握できなかった。しかし、自分が吐き出した物を眺めて思った。「私の小学校人生、終わった…」。低学年の小学生が見たままを口に出して「うん◯〜」なんて、からかう性質があることを重々承知していた私は、茫然とうつむいたまま立ち尽くしていた。
が、次の瞬間。私が嘔吐したものの上に、さっと男の子の制服がかけられた。顔を上げるとS君だった。そして「先生呼んでくる!」とだけ言って、すぐに近くの先生に伝えてくれ、私は先生とすぐにトイレに移動した。その日はしばらくして親が迎えにきてくれ、S君にお礼を言うこともないまま帰宅した。後から同級生に聞いた話によると、あの後彼が一人で廊下を拭いて処理してくれたらしい。
そして数ヶ月後、私はまた懲りずに、教室で同じ失敗をしてしまった。今回は嘔吐物を制服のスカートで奇跡的にキャッチできた。が、やはり「今度こそ終わった...」と思った。すると次の瞬間、S君が「水道!」と言って、すぐに教室外の廊下に面した水道のところに連れていき、一緒にスカートを洗ってくれた。特に言葉をかけるでもなく黙々と迷いなく作業をしていた。私は自分がやらかしてしまったことにショックを受けながらも、「ああ、本当に救われた…」と地獄と天国の両方を見ている気分だった。
それ以降私は、この悲劇的な粗相について誰にもからかわれることなく小学校生活を送ることができた。紛れもなく彼のお陰だ。彼が「こいつは悪く無い、汚く無い。」というのを態度で示してくれたから、あの後、誰も何も、意地悪なことを言えなかったのだと思う。匂いのする汚れた制服を彼は一人で洗ったのだろうか。教室に戻った時、どんな顔で何を言ったのだろうか。自分がいじめられてしまうかもしれない、という恐怖はなかったのだろうか。私はきちんとお礼を伝えただろうか。
今思うと、知りたいこと、思い出したいことは沢山あるのだが、私の記憶はそこで止まっている。
そんな私の小学時代の救世主だったS君は、中学校に入ってどういう訳かグレてしまって、皆から怖がられる存在になっていた。同級生にこのエピソードを話しても「えー、信じられなーい。今は関わりたくない以外ないよね。」と言われた。なんなら私も給食当番で牛乳を運んでいる時に渡り廊下で待ち伏せされて「500円貸して〜」と冗談だとわかるようにだが恐喝?された。普通に怖かった。
それから、中学を卒業して彼がどうしているのかは知らない。
あれから20年経った今も、この時期の雨の日、S君はどうしてるかなーと思いを馳せてしまう。幼くしてリーダーシップを発揮し、困っている人に脊髄反射的に手を差し伸べることができる彼は、家ではどんな子供だったのだろう。もっと話を聞いてみたかった。今となってはそれもかなわない。でも彼が、勇敢さと優しさを持っている人、ということだけは事実だと思う。
もし何かのチャンスがあって会うことがあれば伝えたい。
「あなたの勇敢さと優しさ、私は覚えてるからなー!
S君、ありがとう。」
(おしまい)
今度、私の自己肯定感の高い理由を話すセミナーをするにあたって、最近昔のこと整理しているのだが、このS君のエピソードは確実に私の自己肯定感の礎になっている。
私だけでなく、誰もが、こんな風に人に助けられて生きてきたんじゃなかろうか。覚えていないだけ、気づいていないだけで。幸せって、やっぱり気づくことなんだろうな。そんな話をするとかしないとか...
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