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MBAの修士論文ハイライト「デジタル時代におけるBtoB展示会の現状とあるべき姿の提言」

ずっとnoteに書こう書こうと思っていたものをやっと公開。修了したのは去年の3月なので、ずっと寝かせておりました。

2022年の4月から2023年の3月まで、金沢工業大学(KIT)大学院の経営管理修士課程に通ってました。

MOTから続いて修士課程2週目。2週目ってなんだって感じなのですが、ここでも書いた通り別のテーマでも先生方にご指導いただきながら研究したいものがあって、一方で自分の研究軸が定まっていないので博士課程というのもなぁ…と思い、2週目に突入したのでした。

KITの場合、最短1年〜最長3年まで在籍できるのですが、1年で修了を目指す場合は入学して4月の末には所属ゼミが決まり、夏前に研究計画書提出→年末に論文をほぼ書き上げ→1月末に最終提出→2月頭に公聴会があります。
私は入学のタイミングで研究したいテーマが3つ程あって、1回目のゼミで先生方と相談してその中の1つに決めた、という経緯。

※ 一般的にはこんなにすんなりテーマは決まらない、というか、入学してから色々考えてテーマの解像度が上がっていくものなのだけれど、私は研究することが入学動機の1つなので大変前のめりなパターン。
※ 教授にも「おざささんはマグロだね(=動いてないとだめなやつ)」と言われ、初っ端から全速力で泳いでましたw

で、テーマは「デジタル時代におけるBtoB展示会の現状とあるべき姿の提言」ということになりました。
論文自体は全部で約35,000文字。せっかく書いたので、内容をハイライトでまとめておこうというのがこの記事です。


なぜこのテーマか?:背景・目的

前職でイベントの受付〜参加者管理ができるSaaSを扱っていたのですが、その時に展示会ってずっと変わっていないよなということを実感したのです。

フォーマットは変わってない(しかも日本は特有)。新しいソリューションの採用には全体的に消極的。来場者が多ければ成功というモデル。個々レベルでは色々変化はあるんだけれど、全体的にはその風潮がここ25年位変わっていない。

デジタルが進化して、売り手も買い手も変化していて、BtoBマーケティングは全般的に進化しているのに、展示会はどうなんだろう?一方で、企業にとって展示会はマーケティングチャネルとして重要で、大きな予算も必要なもので、もっと展示会の在り方を工夫することで、そのチャネルとしての価値は維持or向上するんでは?

そんなことをずっとモヤモヤ考えていたのです。

「展示会は情報を一気に集められる場(なので価値がある)」「展示会は知らなかった企業とも出会える(から価値がある)」ということにも、元から結構疑問がありました。果たして情報収集に来た人がそのまま有効な商談に結びつくのか?本当に知らなかった企業と出会うセレンディピティみたいなきっかけが商売につながるのか?展示会に来る人って、そんな受け身な人が多いのか?

多分出展している企業は、実際はそれだけではないとわかっていると思います。だけれど、展示会の主催者は、割とずっと昔から上記のような理由で「とにかく人数が多ければ出会いの場も多い」と思って大量に集客をかけるのです。

大変雑な言い方ですが、この考え方自体がおかしいというか、期待値に合ってないんじゃないかなと思うことが多かったので、それを実証してみたかった。

どうやって検証するか?:研究の方法

研究の方法は、いくつかのパターンがあります。私は上記の流れから、デジタル時代のBtoBマーケティングに関する先行研究で言っていることが、日本のBtoB展示会でも示されるのかどうか調査する、というアプローチ(実証研究型)でやってみることにしました。

ベースとなる先行研究はいくつかありますが、その中の1つが有名なこちら。

Source: CeB, MlC Customer Purchase Research Survey, 2011.

買い手は売り手と接触する前に、自ら購買プロセスを進んでいるという、BtoBマーケに携わっているなら一度は目にしたことがあるよねという図です。

デジタル時代になってBtoBマーケティングもデジタルが無視できない存在になり、デジタル時代以前は、売り手と買い手の情報の非対称性が大きかったのが、デジタルで買い手が自ら色々調べられるようになり、情報の非対称性が小さくなったことによる変化です。

こういう流れがあるのに、展示会で言われる「展示会は情報を一気に集められる場(なので価値がある)」「展示会は知らなかった企業とも出会える(から価値がある)」って本当にそうなのか?実は期待していることと実情が違ってたりするんじゃないか?それを検証していこうと。

何を検証するか?:リサーチクエスチョン

研究する上でこれが一番大事な、「問いの設定」。色々考えたり変えたりしましたが、結果こちらになりました。

RQ:
BtoB展示会は、出展者と来場者と主催者の相互の価値交換がうまくできていないのではないか

実はこのRQは、もやもやしすぎてサービス・ドミナント・ロジックに行き着いて私の師匠にご教示いただいた時にアドバイスいただいた問いをそのまま活用🐤

そしてこのRQに紐づく仮説はこちら。

RQと仮説(小笹作成)

で、この仮説を検証するために、アンケート調査を実施して、群間比較で分析をかけるという方法を取りました。

調査概要(小笹作成)

分析のハイライト

実査は8月の約1ヶ月間。その後2ヶ月位分析してました(うち1ヶ月位は方向性を見失っていた)。

来場経験者については「デジタルでの情報収集が積極的なほど、今後の来場
意向が低い」、出展経験者については「デジタルマーケティングに積極的なほど、今後の出展意向が低い」という仮説を設定したので、出展経験者、来場経験者ともに回収したサンプルを設問への回答から「デジタル積極群」と「デジタル非積極群」の2群に分類し、フィッシャーの正確確率検定とマン・ホイットニーのU検定を主なベースとしてその差を検証することにしました。

Rとは超絶仲良くなった。
調査結果の解析も論文自体では色々貼ってますが、解析結果をここで貼っても仕方ないので公聴会で使ったハイライトのスライドを貼っておきます。

来場経験者のハイライト

(小笹作成)

まずは来場経験者。デジタル積極層は、展示会来場前に事前に下調べして、具体的にどの企業のブースに行きたいかをあらかじめ定めている傾向が強いことがわかりました。
一方デジタル非積極層は、広く様々な企業の情報収集が目的。

ここは明確に差が出ました。

仮説(「デジタルでの情報収集が積極的な来場者ほど、BtoB展示会を有効と感じておらず、今後の来場意向が低い」)の検証結果としては、自分で下調べしているので、実際に会って話した結果が期待値と合っている or 満足であれば、今後の来場意向が高く出ていることがわかりました。そして、広く様々な企業の情報収集が目的のデジタル非積極層は、おしなべて積極層に比べて満足度が低く、特定企業とのエンゲージメントを形成できていない傾向も見て取れました。

このあたりの分析結果から、デジタルをよく使う来場者は、必ずしも「展示会は情報を一気に集められる場」「展示会は知らなかった企業とも出会える」というところに価値を感じているのではないかもね、ということが見えてきました。

出展経験者のハイライト

(小笹作成)

出展経験者の方は、仮説(「デジタルマーケティングに積極的な出展者ほど、BtoB展示会を有効と感じておらず、今後の出展意向が低い」)に対して仮説とは逆に、デジタル積極群の方が今後の出展意向が高いという結果となりました。

デジタル積極群は非積極群に比べて、BtoB 展示会への出展目標、効果測定指標を明確に定めていて、その成果に対する満足度が高いが故に、次回の出展意向も高いということがわかりました。

今回の調査では、出展目標や効果測定指標を複数回答としたので、どのよう
な出展目標に対して満足度が高いのかについてまで明確にすることができなかったのが反省点。具体的な出展目標を掲げて効果測定指標を定めていることにより、出展に対する評価が明確に出ているのだと推察しています。そして今回のアンケート調査では、満足度が高いという結果が出ていますが、これは出展者が自ら掲げた目標に対する評価であり、来場者が求めている成果と合致しているかどうかは不明なので、そこまで詰めきれていないというのが課題(なので考察は結構来場者に重きを置くことになりました)。

補足:
このサマリーでは触れてませんが、当然業種によって展示会の性質も現状は違うので、業種によって有意差があるかとか、来場者の意思決定区分とかも論文本体では考慮に入れてます。

考察

BtoB 展示会の来場経験者および出展経験者向けのアンケート調査から、デジタル時代におけるそれぞれの特徴を確認することができました。

特に大きな特徴が見て取れたのは来場経験者で、普段から製品・サービスの購買検討時にデジタル情報源を活用する層は、BtoB 展示会の来場前も同様に事前の情報収集や比較検討をおこなっていて、来場する目的や求める成果が明確であり、単なる情報収集ではなく、不明な点の解消、売り手の信頼性や実際の操作感等を確認するために来場していると考えられます。

従来はBtoB展示会に来場してはじめて関心のある企業と出会い、その場で説明を受け、興味があれば後日商談を行うというプロセスだったものが、デジタル時代では、BtoB 展示会以外の情報源が豊富となったため、予め関心のある企業やその詳細について情報を収集・検討していることがわかりました。従来のBtoB展示会来場者とデジタル時代におけるBtoB 展示会来場者は、以下のように製品・サービスの購買意思決定プロセスの段階が異なっているようです。

(小笹作成)

言い換えれば、従来のBtoB展示会は、購買プロセスの初期段階における情報の非対称性を埋めるために機能していましたが、デジタル時代では、来場前に自ら情報収集し比較検討をおこなっている「Self-educated buyers: 自らを教化する買い手」が存在しており、情報の非対称性を買い手自らが埋めているということになります。そのため、購買プロセスの初期段階における情報の非対称性が解消され、より購買プロセスの後工程の段階におり、特定の購買候補製品・サービスを実際に見て評価したり、売り手と実際に会って信頼性を確認したり、取引条件の交渉を行うためにBtoB展示会に来場していることがわかります。

一方、来場経験者のうち、普段からデジタル情報源をあまり活用しない層は、普段からデジタル情報源を活用する層に比べて、明確な来場目的を持たず、来場前の下調べもおこなっていません。つまり、情報の非対称性を埋められていない、購買プロセスの初期段階の状態でBtoB展示会へ来場しています。デジタル時代以前の従来のBtoB展示会は、こうした層が主流であり、製品・サービス購買検討時に情報を入手するための重要なチャネルであるはずですが、アンケート調査の結果では、こうしたデジタル情報源をあまり活用しない層は、来場後の商談につながる割合が低く、満足度が低く、今後の来場意向も低いという結果が出ており、出展者・主催者共に改善策を検討する必要があると考えます。

そして恐らく、デジタル情報源を活用する人たちが今後さらに増加することは不可逆であり、こうした人たちを主役にしたデジタル時代のBtoB展示会の在り方を考える必要があると思います。

出展経験者については、デジタルマーケティングを重要視するデジタル積極群は、出展目的に対する成果に概ね満足しており、今後の出展意向も高いことがわかりました。けれどもこれはm出展者自身が設定する目的に対する成果であり、来場者の目的と合致しているかについては不明です。

例えば、出展者が情報の非対称性があるという前提でファーストコンタクトのリード情報を収集する目的で出展している場合、購買決定の最後の後押しとして具体的な説明をしっかりと聞きたいと思って出展ブースに訪れた来場者は、期待する成果を得ることが難しくなります。来場者がどのような目的で来場しているかをしっかりと捉え、対応していく必要がありそうです。

今後のBtoB展示会のあるべき姿

BtoB展示会の主催者は、出展者と来場者をマッチングし、商談を創出することがBtoB展示会の価値と考え、そのような場を生み出す役割を持っています。けれども現状、出展者はBtoB展示会をリード情報の獲得の場と捉え、来場者の名刺情報を収集するための施策に終始している企業も多いように見えます。

このリード獲得偏重の展示会のスタイル(業種によって差はあるけど)は、割と日本独特なものです。海外の展示会のスタイルとは元から構造が違っていたりするので、一概に海外の展示会を参考にすべしというわけにもいかないのが現状です。新規の展示会はともかく、既存はここ25年位固定化されているから、ビジネスモデルごと変えるようなことはなかなか難しい。

けれども主催者は、単に場を作るだけの役割ではなく、どのような買い手が来場しているか、また、そうした来場者に対し出展者が行うことを最大限支援するといった視点を持って、BtoB展示会を変化させる役割を担わなくてはならないのではないかと考えています。その中には、海外の展示会でよくあるような、来場者も有料参加型にして、より商談を重視する型もあるだろうし、フィジカルな展示会をピンポイントで捉えずに、その前後もフォローアップできるような型の開発もあるかもしれません。

いずれにしても、今のデジタル時代の来場者の情報探索行動をもっと解像度高く捉えることで、来場者にとってより満足度が高く、出展者にとってさらに効果を感じられる方法を開発できる可能性があり、そんなことをさらに真剣に形にしていけば、日本の展示会は今よりさらに有効なマーケティングチャネルになるのではないかと思います。


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