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創作小説『ビッチのハイライトLINE-A面-』

仕事の準備をしている10時頃、いつものハイライトLINEが届く。
クズでビッチなさやかちゃんからのLINE。

「また、やらかしたんかいな。」ちょっとギザギザした気持ちで画面を眺める。フリーのカメラマンになって6年。小さな事務所兼スタジオを構えて、コツコツ仕事を続けている。スタジオの規模からカバンなどのブツ撮りがメイン。

さっきクライアントから、先日納品したデータの撮り直しを命じられたところだった。撮影時、一つ部品が足りなかったらしい。広告のため、モックと呼ばれる試作品でブツ撮りをしてパンフレットに載せるデータを先に用意しながら、実際の製品を作っているので、こういうことはまれにある。

同型でカラーバリエーションもある製品だったので、あれをまた一からやり直すのかと思うと、気持ちは滅入るばかりだった。

「しかも、俺たちはそんなんじゃないってどういうことよ。」と昨晩のことを苦々しく思い出す。仕事の繋がりから知り合い、二人で会うようになった田岡という男。コピーライターだった。

何度か食事して、お互いのことをよく理解出来そうな空気があって、奥手のまりには珍しくお酒の勢いで寝てしまったのは先月のこと。忙しさも相まって、やっと会えたのが半月ぶりの昨日だった。

このまま二人は、一つの道を目指していくのかなという期待と、自分の人生を丸投げしたくなる衝動。35歳というのはまだそんなファンタジーがふわっと残り香のようにあるのかもしれない。

「この前は、あんな風になっちゃったけどさ、俺はまりちゃんとこうやって良き戦友として、いい仕事をしていきたいんだよ。だって、俺たちそんなんじゃないだろ?」と、爽やかに(もしくはそう装って?)田岡は牽制してきた。

反撃のチャンスを掴めないまま、食事を食べて解散した。「勝手に期待してたわたしがいけない。」そう思おうとしても、2つ年下で独身の田岡への可能性がなくなった痛手は大きかった。



フリーになったのは、その方が自分に合っているから。体育会のような空気がまだ残るカメラマンの世界で先生と呼ばれる人とずっといるのはまりにとっては苦痛だった。

しがらみから離れて独立して手にしたのは、自由というお面を被った孤独。「好きなことを仕事にするなんて、いいじゃない。」と周りは言うけれど、ちょっとでもSNSで弱音を上げようもんなら、友人と思っていた相手からも容赦なく非難される。「好きなことをやっていたら、弱音も吐けないのか。」と世の中の非常さを知った。

さやかと出会ったのは、そんなフリーになって3年くらい経った頃。共通の友人が開いた飲み会でだった。フリーランス5,6人を集めたその飲み会でさやかは一際目立っていた。はっきり二重の派手な顔に、身体のラインを適度にひろうワンピースにおお振りのゴールドのピアス、赤いリップが挑発的だった。

クラスメイトのなんとかちゃんに似てるとしか言われたことのない、地味な、いや、奥ゆかしいタイプのまりからすると、「あんまり仲良くなれなそう。」というのが第一印象だった。特にそれほど話もしなかった。

そのさやかが、何かにつけて事務所に来るようになったのはそれからしばらくしてからだった。ライターとして取材でいろんな場所へ赴くさやかは、「今日いくねー」とLINEで前置きしてはやってくる。アクセスの良い田園都市線沿いにある事務所兼スタジオはさやかの第二のリビングになっていった。ビールとつまみを買ってくるものだから、しぶしぶ飲むハメになる。



見た目の通り、男遊びの激しいさやかは仕事先やアプリで会った男たちとのことをこと細かに報告してくれる。それも毎回毎回違う男の話。今日も飲んだ勢いで出会った男と朝帰りだったらしい。「さやかちゃん、本当に君はようやるよねぇ。」と半ば感動してわたしが言うと、

「だって、こうやってしか生きられないんだもの。」といけしゃあしゃあと言ってのける。出る杭も飛び抜ければ魅力でしか無くなる。ある意味で男らしいさやかのことを、まりはだんだん好ましく頼もしく思うようになっていた。

「30代独身で個人事業主って。うちらって、モテ要素ないよね。」と、屈託無くさやかが笑うと、ときおりちらつく孤独の影が消えていくのを感じる。お互いに不安は抱えているはずだ。それでも、違う場所で戦っている者同士、言葉にせずとも支え合う関係になっていた。



撮り直す商品の段取りを想像するだけで、気が重くなるまりは、気を逸らすため、先ほど通知が来ていたさやかからのLINEを開いた。

中野の役所に勤める二人の男性と、アプリで繋がって飲んでいたのですが、相手は2人だし、大丈夫だろうと思っていたら、二軒目から記憶をなくし、ホテルで全裸で目覚めたわたしです。
相手はそのうちの先輩の方で、二軒目からキス魔になったわたしは、そういうお店じゃないんでと、お店の人に怒られていたらしい。
しかも、左足の親指、ぶつけたみたいで爪が少し青くなってる。いたい。
そんなわたしのハイライトよりも、今日もお仕事おきばりやす✨

今回も見事なクズっぷり。筋の通ったクズっぷり。思わず力が抜けて笑みがこぼれた。「さやかちゃんが、今日もさやかちゃんらしくいてくれることが、わたしの幸せだよ。」とLINEを返す。

取り直さなきゃいけないデータの数は変わらず大量だし、新しい恋の相手も探さなきゃいけないけれど、この愛すべきクズでビッチなさやかちゃんがこうやってLINEを送ってくれる限りは、わたしも頑張ろうかなって思える。

今日も、ビッチでいてくれてありがとね。






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