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その他の詩集より

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既に絶版になっている私家版の詩集などなどから。
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全ては言葉ではなかった

言葉よ 言葉未然の熱に還れ 言葉になる前の迸り 継ぎ接ぎだらけの鼓動を抱え 貧しい喘ぎの路を辿れよ 言葉のために言葉になったものの前で倒れるお前 お前自身を満たすもので在りながら なおも求めて然るべき水のように 言葉はここにあると言えるか 沈黙の靴裏からようやっと這い出て 口端に漏れ出る息を恥じながら ああ 橙色に火照った暗闇に薄日を迎え入れる 縺れる舌が綴る音を悟られまいとするあまり 言葉は ああ 言葉は足元に墜落する 先程までお前の中で滾っていた熱が 今静かに弔われる

詩集『屋根を手渡す』より(P4)

いいよ、野にも山にもなってごらん わたしのみえないところで すがたかたちを変えて きみのまえに立つ 郵便受けに光、便箋に春 いいよ、はなしてごらん いいよ、なくしてごらん 詩集『屋根を手渡す』(2016)収録

手紙

手紙の結びには窓がひとつ置かれてあり 薄日の射すその部屋は小さい 一人で扉を開き出ていくしか他なく あなたもまたここを一人で訪れるだろう 重ねて 紙へ届くまで 歩み合おうとする 目を 指を 重ねて 私を生きたものは皆一つ残らず 縮れた祈りから成り幸せだった ほの明るい頬を包むことも 血を止めることもできた 体の重みを預けて眠ってもいい 見えるよ ここから見える 別れを失えた互いの灯火として 立っている 読むようには 書くようには 使えなかった多くの瞬

詩集『ひとりひとつのうつわにパンを』より(P8)

この道なら転んでも痛くない 歩いているだけでうれしい道 ひとに愛を伝えたあとの道 歩くなって言われても どんなにひとりきりでも この道が好きだ 道を好きになると 歩いている体のこと 歩いている体と生きているわたしのことも好きになる この道が好きだ 詩集『ひとりひとつのうつわにパンを』(2015)収録