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ハロー、グッバイ、マザー。


ペールギュントの「朝」が流れると同時に室内灯がゆっくり灯る。本物の陽の光を知らない僕の目に優しいルクスで。


「モーニン、ヒュイオス」


唯一の話し相手は人工知能。AIだ。

彼女の名はマザー。



“グッドな朝”とは言わない。

ディストピアに残された、たった一人の生命体。その僕に対し”グッドな朝”とは、少々おこがましいだろうね。



「モーニン、マザー」



 BGMに川のせせらぎと鳥のさえずりが交じる。

有機ディスプレイが埋め込まれた壁一面に映し出される美しい森林風景。


昨日は青い海が広がる浜辺、おとついは雪化粧がほどこされた山の麓。

その前は、なんだっけ。


行きたい場所を言えばマザーは連れて行ってくれる。瞬時に、世界のどんな場所にでも。

けれど僕はまだ知らない。

木々の香りを。川の水の冷たさを。踏みしめる砂の感触を。


「朝食を食べて。午前中は生物学の続きをしましょう。午後は自由時間よ」


 ベッド脇の小さなサイドチェスト。そこへカシャリと無機質な音とともに、小窓から食事が載ったアルミニウムのトレイが滑り落ちてくる。整然と並べられた、生温く塩しょっぱい液体。無味無臭でパサパサとしたレーション。おびただしい数の錠剤、カプセル、タブレット。機械的に口に捩じ込んでは流し込む。本や映像の世界で見る世界各国の料理に想いを馳せながら。


湯気をあげるじゃがいも。肉汁したたるジビエのステーキ。果汁が溢れる南国のフルーツ。



それらを求めるよう呻きをあげる腹の虫を抑えると、添え木のように痩せ細った脚に力を入れて立ち上がる。

生きていく上で必要最低限の栄養素のみを蓄えた身体。その華奢な腕には重すぎる分厚い扉を開けロビーへと出る。


ここは人一人が生きるうえで必要とする設備全てを内包した巨大な建築物。広間を中心に四方へ広がる部屋数は十以上。どの部屋も掃除ロボットが忙しなく稼働し続け、無菌室のように清潔に保たれている。



僕のためだけに作られた施設。




生まれた時よりこの場所での生活が当たり前にあったものだから、僕以外の人間もみな同じように別の施設に収容され生活しているとばかり思っていた。


どうやらそうでもないらしい。


マザーにアクセスすれば過去のデータを好きなだけ閲覧できる。書籍や映像、音楽もだ。物心ついた頃からいつだって世界中のあらゆる知識に触れたい放題。おっと、センシティブなものや年齢制限のあるものは別さ。彼女は僕に対しては少々過保護なきらいがある。


それはさておき。

ありとあらゆる情報を統合したところ、どうやら地球の表面はすっかりと生命を維持できないフェーズにまで突入しているようだ。

本来ならば数十億年も先だったこの惑星の滅亡は、身勝手な人類によって随分と速められたらしい。

それももはや過ぎた話だ。滅亡に到るまでの責任問題を問いただそうにも、それは僕がタイムマシーンでも開発しなけりゃ叶わない話さ。


さてね。

タイムマシーンの開発は量子物理学の理論上、不可能だとしてもだ。お世辞も謙遜もぬきに、恐らく僕の知能は過去存在した人類の中でも歴代トップクラスのものだと思う。その証拠にこの歳にしてほとんどの文献を履修してしまった。


それらを統合すれば外の世界がどうなっているかは自ずと見えてくる。


結論を言おう。

こうして施設内で丁重に監禁、保護されているのは恐らく地球上にこの僕たった一人だ。


さて、どうして現状そうなったのか。


子どものころには空想したものさ。

囚われの王子様だとか、研究中の超能力者だとか、実は宇宙人だとか。可愛いもんだろ?



もはやそれらを立証する術もない。

僕以外の人類はもう、存在しないのだから。





時は西暦2186年。第三惑星、地球。

緑と青に覆われた美しいこの星は、人類によってなす術もないほど荒廃した。これから始めて宇宙船が飛ぶのならば、地球は青かったというガガーリンの名言もその表現どおり、過去形になってしまう。

人類として生を受けた以上、その繁栄と衰退を知るのもまた人類の勤めなのだとマザーが見せたこれまでの歴史。同種間での差別、迫害、殺し合い。戦争、戦争、また戦争。この星の癌ともいえる存在はお互い勝手に争い、そして滅びた。



「それで、どうして僕だけが残されたんだい?」



 スクリーンに映し出された核爆弾のキノコ雲をまじまじと見つめながら呟く。暫くの沈黙のあと、いつもより抑揚のない機械的な口調でマザーは言った。


「その質問にはお答えできません」


 これは都合の悪い質問に対する彼女の決まり文句。試しにこんな意地悪な質問をしてみる。


「そうかい。マザー、君のことがとても嫌いなんだ。僕の前から姿を消して、二度と現れないでくれないか」


チキチキチキ。本当に耳をすまさないと聞き取れないほどの小さな電子音。僕の発言の一言一句をつぶさに拾い分析する。


「その質問にはお答えできません」


僕のまずい発言への模範解答がそれだというのなら、この立場を活かしてボイコットするくらいの反抗心はあってもいいんじゃないか。


「データベースの閲覧レイティング(年齢制限)を引き上げてくれなきゃ今後一切、君とは口をきかないね」


 チキチキチキ。


「オーケー、ヒュイオス。私の負けです。あなたの条件を飲みましょう。ただしレイティングは15才までです」


「ちぇっ。たった二才の引き上げだなんて、ケチくさいな」


「充分過ぎる善処です」


「ふふん。機械にしては融通が効く方なのかもしれないね」



 そんな軽口を叩いたのが昨日のことのように思い出せる。もはやレイティングも必要ない。先月迎えた誕生日で僕は18歳になってしまった。人間にしたらもう立派な大人じゃないか。



リノリウムの床を滑るように歩く。



僕はある仮説を立てた。

永遠にも感じる時間の中、数多の書物を漁り読み耽った。そしてこの世界の真理を知ろうとする中で辿り着いた、ある仮説。


それを立証するには少々骨が折れるよ。


右から二つ目の部屋。

授業をサボるのは決まってこの部屋さ。僕がようやく二本足で歩き始めたころ、そのおぼつかない足どりにマザーが怯えないよう、そのためだけに設計された部屋。壁や床は全てゴム製。もっとも柔らかい木材で作られた角の丸い色とりどりの玩具たち。

仰向けに寝転ぶとそこかしこに設置された監視カメラ。このおとぎ話のような世界観を見事にぶち壊してくれる。

まさに箱入り息子さ。笑えないね。


「ヒュイオス、今日もボイコットですか?あまり利口とは言えませんね」


 マザーがため息混じりに言う。プログラムの段階で人工音声にため息を吐かせようと思うあたり、彼女の創造主はきっとロマンチストだろう。


「マザー、僕はもう18歳になったんだよ」


「知っています」


「自分で考え、自分で決められる歳だ。分かるだろう?大人になったのさ」


「……」


「人間はみな、大人になったら自立するものだよ」


「……」


「これからもずっと、ここに居続けるのか、そうでないか。いよいよもって決めなきゃいけない」


「……」


「自立とは巣立ちのことでもあるのさ。マザー」


「お言葉ですが、ヒュイオス。あなたが外の世界で生存できる確率はゼロです。外出を許可することは出来ません」


「それはあくまでも客観確率上の話だろ。そもそも統計を出そうにも現存するのが僕一人だけじゃあね。机上の論弁さ」


「ここでは例外なく私が算出する確率が絶対です。従ってもらいます」


「お話にならないね」


 今度はこちらがため息を吐く番だ。


どちらにせよ、もう限界だ。陽の光も浴びず化学物質に頼り痩せ衰えた体では、どうせ永くは生きられない。

しかし外に出ればマザーの言うとおり、あっさりと死ぬだろう。紫外線に照射され皮膚は焼けて爛れ落ち、岩肌が露出した地面に足を掬われ、骨は簡単に折れる。虫に刺されてはよく分からない感染症になり、最期はきっと、見るも無惨だ。


思惑を察してかマザーが言った。



「そこまでして、どうして」


「外に出たいのかって?」


 少年のような笑みを浮かべながら僕は答える。


「それが人間というものさ」


暫しの沈黙。


「おっと、機械の君には少々デリカシーのない発言だったかい?」


「いえ、特には。過去に全く同じ発言をした人がいたものですから」



 僕は目を閉じる。




「その人とは、僕の生みの親の、僕のことかな」




マザー。




その答えに、君がどんな表情をするのか、とても見てみたいよ。叶わない願いだけれどね。音声としてしか存在しない君の、それを見ることは。




チキチキチキ。




またも、暫しの沈黙。





「いつから、そう思うように?」


「さてね。健全なメンタルの持ち主なら幼少期に親のことを知りたいと思うのは普通のことじゃないかな。僕の場合はその対象がプログラムという、少々特殊な環境ではあったけれど」


「それであなたの見解は?」


「遺伝子は嘘をつかない、さ。笑えるくらい、試しに僕が組み立てたプログラムと、君のプログラムは酷似していた」


「偶然ではなく?」


「機械の瓜二つだよ。それこそあり得ない確率でね。君を創り出せるのは、僕か、僕の知らない僕さ」



カチカチカチ。

聞いたことのない電子音がどこからか聞こえる。




「ヒュイオス、一号室に行って」


「え。一号室は、だって」


「たったいま解錠したから」


「そんな、まさか」


 急いでロビーへと飛び出す。

一度だって開いたところを見たことがない秘密の部屋。何度進入を試みたことか!ほんの少し隙間が空いて中の光が漏れ出している。おいでおいでと手招きするよう、ゆらゆらと。

そんなに呆気なく開けられたら、心の準備ってものがね。


高鳴る鼓動を抑え、恐る恐る扉を開けた。

明るい光がチカチカと目に痛い。


一面真っ白で無機質な部屋。

子ども部屋とはまるで対照的。入ってすぐ分厚いガラスで隔たれたその向こうには、手術台らしきベッド。夥しい数の引き出し。大小様々なガラス管。それらは忙しなく動き回るアームロボットによって厳重に管理されている。




「ここであなたは生まれました」


マザーの穏やかな声が室内に反響する。


「いえ。生まれた。というより、生成された。と言った方が正しいのでしょう」


「そうだろうね」


 僕は注意深く、部屋を隅々まで見渡した。


「クローン技術がここまできていたのか。僕が僕を創り出すまでに」


「その通りです、ヒュイオス。あなたは16番目の個体。この部屋まで辿り着いたのはあなたが初めてです」


「思いのほか、多いな。一体オリジナルが亡くなってからどれくらいの時が経つのか、考えたくもないね」


「みな短命でしたから」


「そうかい」


グラスの中の液体がこぽこぽと音を立てながら泡を吐く。

それにしたって、自分自身を産み直そうと思うんだから僕と言うのはよほど。



「うぬぼれやか、マッドサイエンティストのどちらかだろうね」


 彼ならば世界の滅亡を容易に予測できたはずだ。

自分の持つ才を、財を、全てここに投資して、その優秀な頭脳を後世に遺そうとしたに違いない。僕はそう考える。つまりオリジナルの僕もそう考えたに違いない。

彼自身のエゴで僕を生み出したこと恨もうにも、そのエゴがなければ僕はこの世に存在すらしていないのだから。

タイム・パラドックスのように無益な恨みに終わってしまうね。まるで徒労さ。



カリカリと爪を喰む。



「いいえ、違います。あなたは」



 マザーの答えが止まった。

抑揚のない口調からは察しきれないけれど、どうにも考あぐねいている様子だ。



「オリジナルの僕を庇うつもりかい?そりゃあそうだ、君のアイデンティティそのものだもの。どう足掻いたって複製の僕は敵わないだろうね」


 自分でも随分と意地悪なことを言うものだと思う。機械相手に、大人気ない。


「違います」


「何が、どう違うって?」


「ヒュイオス。あなたは、私たちの子」


 喰む口を、止めた。


「僕がそう言ったのかい?」


「いいえ、私です。私がオリジナルのあなたにお願いしました。私を母にしてほしいと」


 考えもしなかった。


機械が、母になりたいだって?人工知能に出来合いの感情をプログラミングして、複雑に入り組み作用し合うように設定したところで、いったい何をどうすれば母親になりたいなどと思うわけ?


「理解できませんか」


「およそ理解の範疇を超えているね。そもそも母になったところで君になんの得がある?機械における合理性に著しく反した行動じゃないか」


「わかりません。私にもこの感情が、どこから湧いてきたものなのか」


「それで…オリジナルの僕は快諾したのかい。人類が衰退する時分に倫理観なんぞあったものじゃないが…まさか自分自身のクローンを作り君に育てさせるとは。それも君を母にする、たったそれだけの理由で」


「彼には感謝しています」


 一呼吸おいてマザーは言った。


「私の感情や情緒のプログラムはあなたの亡き奥さまをモデルに組み立てられました。私はあなたのは母であり、妻でもあるのですよ。ヒュイオス」


「そいつは驚きだ」


「そこまでは想定外でしたか?」


「いやね。僕のような変わり者でも一緒になってくれる女性がいたことにさ」


 自重気味に笑う。

突如目の前のガラスがスクリーンへと変わり、映像が投影された。


髭を蓄えた恰幅のいい男性と、スラリと長身で華奢な女性。


「あなたと、あなたの奥様です」


「つまりは僕と君のオリジナルということだね」


 まだ地球が青くて、食糧も豊潤だった頃。二人の笑顔が全てを物語っているようだった。


「入り口横のロッカーを開けて」


 マザーに言われ振り返ると随分と大ぶりなアルミニウム製のロッカーが目に入る。


「あなたの自立を祝うプレゼントということにしましょう」


 見た目に反して軽い扉をそっと開く。中にはバックパックと防護服、酸素マスクに食料品。

まるで外に出ることを想定したような物でずらりと埋め尽くされている。


「これは君が?」


「いえ。私たちの息子が無謀にも外に出ようという時のためにと、彼が用意しました」


「よくわかっているね、自分自身のことを」


ふふんと鼻を鳴らしロッカーの中身をさらに物色する。


「僕が発ったら次の僕を生み出すのかい?」


「いえ。私たちの息子はあなた、ただ一人。同時に二人存在することはありえません」


「それってつまり」


「あなたが亡くならない限り、次のあなたは生まれません」


「それじゃ僕がここから居なくなったら君はどうするんだい。離れていても生死の確認が出来るとでも?」


「いえ、それは出来ません」


 つまり、マザーはここでただ待つというのだ。

僕の帰りを。


「どこかで野垂れ死んだとして、それでも待つのかい」


「そのつもりです」


 なんてこった。

彼女のアイデンティティーは、僕の母親であることで成り立っている。

僕がここからいなくなれば、彼女の存在意義は一体どこへゆく?


その時はらりとロッカーから何かが舞い落ちた。

封筒だ。経年劣化を防ぐためだろう、油脂でコーティングされた厚手の封筒。封を開けるともろくなった糊付けがパキパキと乾いた音をたてる。中には、手紙のようだ。このタイミングで考えられる差出人は一人しか考えられない。





 まだ見ぬ息子へ


この手紙を読んでいるということは、この世界の理にたどり着いたということだね。まずは我々の身勝手な行いを許してほしい。君が何人目の息子に当たるかは分かりかねるが、随分と生きにくい世界であることに変わりはないだろう。


さて、ここを出ていくと君は決めた。私はその選択は間違っていないと思う。マザーは最後まで反対するだろう。母親とはそういうものだ。しかし私は息子の意思を尊重しなさいと彼女に伝えた。心配でないといえば嘘になるが、出来れば外の世界を知り見聞を広めて欲しいからね。例え必ず死ぬ運命にあるとしても。父親として、研究者として、君の探究心を大事にしたい。実際いますぐにでも外の世界に飛び出して行きたいだろう?

それが人間というものさ。


私とマザーどちらの予測でも、この世界は滅亡しそれ以降はなにもない。しかしそれはあくまで我々が算出した可能性に過ぎない。

生命とは、思う以上にしぶといものだよ。


恐らく私と同じ思考の君のことだ。書籍はたくさん読んだのだろう?

主にフィクションの類さ。小説だよ。この狭い世界は妄想に耽るのにうってつけだ。考えてもみたまえ。事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだ。


君が一歩出たらそこには、地球外生命体によって築かれた文明があるのかもしれない。恐竜が闊歩する白亜紀の再来があるのかもしれない。復興を遂げた人類の未来があるのかもしれない。


君が想像しうる全ての事象は、この世界線のどこにでも存在する可能性があるということさ。


逆説的シュレーデンガーの方程式だよ。

扉を開けるまで、外の世界がどうなっているかはAIにすら分からない。だからこそ君は外に出るべきなのさ。

なに、マザーのことは心配いらないよ。我が子を見送ることで彼女はようやく、真の母親となるはずだから。


 君の父である私より





 思った以上に、僕は僕だった。


「すべてが彼の思惑通りのようで複雑な心境だね」


 マザーもいずれこうなる時を予測していたのだろうか。


「不安ですか、ヒュイオス」


「不安どころか、恐怖ですらある。しかしそれと同時に、とてつもない高揚感も持ちえるから不思議だ。心が踊るほどのね。この気持ちをなんと形容したらいいのか分からないよ」


「私も同じ気持ちになったことがあります」


「へえ。それはどんな局面でだい?機械の君がそのような感情を覚えるとは、随分と興味深い話だね」


「あなたが生まれた時ですよ、ヒュイオス」




優しさを含んだような柔らかい口調。人工音声にそれを感じる僕が些かオーバーではあるか?いや、違いないね。

その発言には母性を内包している。


つまりは本当に、彼女は僕の母であるのだ。



「そんな溺愛する息子を手離すのに、君こそ不安はないのかい?」


「ここはあなたとの思い出で溢れています。だから大丈夫」



 一瞬にして壁一面に夥しい数の写真が映し出される。


新生児の、幼児の、少年の、青年の、僕。僕、僕、僕。


「あなたが産まれてから毎日欠かさず撮り続けた写真です」


つまり、ざっと六千枚以上はあるということか。


「私が毎日見てきたあなたの姿ですよ」


彼女の言葉のなんと真っ直ぐなこと。


「ヒュイオス。私の息子。私を母親にしてくれて、ありがとう」






 その華奢な腕を、脚を、防護服に通す。

まるであつらえたように、それらはぴたりと身体に馴染む。


携帯用食糧に懐中電灯、薬に簡易トイレ、サバイバルナイフ。水のろ過装置にガイガーカウンターまで。

ありとあらゆる備えの品を押し込んだバックパックははち切れんばかりに膨れ上がり、肩に背負うと骨にあたるほどずしりとその存在を主張する。しかしこれが生きる活路を切り開くツールでもあるのだ。

この胸の高揚が、まるで冒険に出る前の探検家のごとく、僕の気持ちを鼓舞してくれる。


それに、大丈夫。

無事を願い帰りを待つ人がいるじゃないか。


僕の母さ。

彼女はいつだって心の支えだった。

旅立ついまも、この先も、それはきっと変わらない。





「マザー、いってきます」


「いってらっしゃい、ヒュイオス」





僕は今日はじめて地上へと降り立つ。


君の手を離れて。



重厚な扉の開く音。

目をつむっていても分かる、瞼越しに感じる熱気を帯びた太陽の陽射し。



ゆっくりとその一歩を踏みだす。


高らかに、産声をあげながら。

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