ぐちゃぐちゃ。
カクテルサラダも、
スパニッシュオムレツも、
煮込みハンバーグも、
ティラミスも。
フォークとナイフでかき混ぜる。
原型を留めないほど。
ぐちゃぐちゃ。
ぐちゃぐちゃ。
ぜーんぶ、
ぐちゃぐちゃ。
「ね。お話ししたとおり、お行儀が悪いでしょう?恥ずかしいわ」
そういう彼女の所作は非の打ち所がなく、完璧で。
さらには誰しもが振り向くであろう、その美貌。食事の作法を差し引いたところで充分すぎるほどお釣りがくる。
「いや全然気にならないよ」
「こうするのは家でだけなんですよ。母がとても厳しい人だったので、小さいころ食事中によく手を叩かれたものだわ」
「そうなんだ」
「弟はもっとかわいそうよ。食がとても細い子で、母の料理をいつも食べきれなくて。叱咤されて泣きながら食べさせられて、よくトイレで吐いていたわ」
「それは辛かったろうね。弟さん、いまは元気にしているのかい?」
「ふふ。今じゃすっかり食いしんぼうさんよ。私のところにもしょっちゅう食事をねだりにくるの」
「そりゃあ、この料理の腕前ときたら僕も毎晩ご相伴に預かりたいところだね」
「お上手ね」
「嘘偽りのない、本心さ」
実にありきたりな口説き文句ではある。
しかし彼女は実に嬉しそうに微笑むのだった。
そして挑戦的な目つきで、次に呟く。
「今夜、泊まっていく?」
ベッドに仰向けに寝かされ言われるがまま彼は待った。
すると透け感のあるガウンを身に纏った彼女が艶っぽい表情を携え姿を現す。
先刻までの品のある装いからは想像もつかない妖艶さだ。
男は興奮する。
「ばんざいして」
いたずらな笑みを浮かべる。
こうなればもう言われるがままだ。
カシャリ。
頭上で音がした。
「なんだい?」
思わず手を引くと、がちりと固定され動かない。
「手錠をしたの。あんまり派手に動くと痛むから気をつけて」
「どうしてまたそんな…」
細く長く白い指が頬を伝い首へと流れ、胸元を這う。
身体が震え上がった。
カシャリ。
足元で音がする。
「え?」
次いで足首までも固定されたらしい。
こんなに可愛らしい顔をして、意外な趣味ではないか。
さらに興奮が昂まっていく。
「大人しくしててね」
耳元で囁かれれば、たまったもんじゃない。
仕上げにタオルのようなもので目隠しと、猿ぐつわ。
すると再び耳元にふぅとかかる甘い吐息。
「良い子ね」
指ではない何かが肌の上をするすると蠢き始めた。
「ぐちゃぐちゃにしても、いい?」
ぐちゃ。
ぐちゃぐちゃ。
ぐちゃぐちゃ。
数時間後。
青年はマンションの階段を急いで駆け上がる。
腹の虫をぐぅぐぅと鳴らしながら。
急く気持ちに勢いよく扉を開ける。
むせ返りそうなほど室内に充満する血の匂い。
「うわっ。派手にやったねぇ、また」
「これくらいやらなくちゃ気が済まないのよ」
「まぁ、そろそろ姉さんから呼び出される頃合いかとは思っていたけど。今回の獲物はどう?」
「出会い系サイトで知り合っただけの、ありきたりな男よ」
「そうじゃなくて」
「ああ、内臓?まぁまぁ綺麗だったよ。酒も煙草もやらないって言ってたから」
「そりゃ期待できるね」
「肝臓だけ丸ごと置いてあるわよ。洗面所に氷水張って入れてある。レバ刺しで食べるんでしょ?」
「お気遣い、感謝しまーす。人気店のタレ買ったから持ってきたんだよね。楽しみだなぁ」
「今日も突然呼び出しちゃったけど、大丈夫?お腹空いてるの?」
「これは別腹。残さず綺麗に平らげるよ」
「そう。食いしんぼうさんね」
「それじゃさっそく、キッチン借りるよ」
「どーぞー」
目を閉じれば、いつでも母の叱咤する声が脳裏に響く。
まるで昨日のことのように、鮮明に。
(綺麗に食べなさい!)
(こぼさないで!)
(なぜ食べないの?)
(美味しくないわけ?)
(ああ、もう!)
(いい加減にして!)
ねぇママ。
ぜーんぶぐちゃぐちゃにしたら、
ぺろりと平らげるわ。
だからもう、怒らないでね。
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