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渋谷紀行

ひさしぶりに渋谷に来た。

少し時間があったのでPARCOにでも行こうと、スクランブル交差点で青を待つ。背後の広場ではマスクをしていない集団が支離滅裂な説明で同調圧力への抵抗を訴えている。そして、そのさらに背後にあるはずの「緑の電車」がない。「ハチ公前」で待ち合わせると合流するのが面倒だから、私が場所を指定する時はいつも、ハチ公前の緑の電車のところで、と言っていた。そういえば、どこか地方の街に移されたとネットニュースで見た気がする。

信号が青になる。視界の左端で「ワ ン ピ ー ス 98 発 売」の文字が本屋の軒先に揺れているのが見える。大きく一文字ずつ印刷されたA4用紙のラミネートという見慣れたアナログさにどこかほっとしつつ、98という数字におののく。

人の流れに乗って渡りきると、一度も買ったことは無い甘栗の匂いが漂ってきた。中学生ぐらいのときは食べてみたいって思ってたな、そういえば。

道の突き当たりに見えるニトリの巨大看板がシダックスではないことに違和感を感じながら、ゆるやかな坂を上っていく。左に曲がって、公園通りへ。

教会の地下の、1度も入ったことはないけど看板には覚えのあるカフェが、閉店の貼り紙を出していた。その隣、GAPがだいぶ前になくなったのはさすがに覚えているけれど、外装が変わっていないのに看板だけが変わっているので未だに毎回「あ、違うな」と思ってしまう。

目的地にたどり着いた。学生時代によく行ったPARCOパート3に向かって自然と足が向いた、が、ビルはすっかり新しくなって昔の面影はなく、中身も飲食店ばかりになっている。そもそも、パート1とか3とかいう名前も、なくなっていた。

立ち寄りたいと思えるショップが全く無かったので、早々にPARCOを後にする。そういえば東急プラザが建て替わっていたはずだと思い出し、センター街を抜けて駅のほうに戻る。センター街の出口手前で、さくらやの跡地がドラッグストアになっていることに気付く。さくらやの後、何になっていたか全く思い出せないけれど、ドラッグストアではなかった気がする。

東急プラザにたどり着いた。最後にこのあたりに来たときは、工事中だった。サイレントマジョリティーのMVがここで撮られた頃だった記憶がある。サイレントマジョリティーって何年前だろう?なんてぼんやり考えながら中に入ると、当然のことながら、あの低い天井も細いエスカレーターもなくて、普通にイマドキのゆとりある空間になっている。ふらふらと雑貨を見ながら上のフロアへのぼっていくと、たくさんのペッパー君がカフェで接客をしていた。

新宿ダンジョンはとっても苦手だけど、渋谷の立体迷宮はまあまあ分かっている自信があった。でも、ヒカリエができた頃から怪しくなってきて、東急プラザからの最短ルートなんて分かるはずもなく、案内板の表示を素直に辿ってようやく改札に着いた。


渋谷という街に特別な思い入れはないはずなのに、想像以上に「渋谷はこうであるはず」という映像が脳に刻まれていることを思い知らされた。この街が変わり続けていることは知っているのに、平成のある一瞬の景色が私の中に取り残されている。

きっとずっとこの先も、私の中の渋谷には、緑の電車があって、PARCOパート3もさくらやも建ったままになっていて、ときどき訪れる度に、新鮮に違いに気付いてしまうんでしょうね。

令和3年2月

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