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かぎと強調表現

10月にセミナーを2回開催しました。ご参加くださった方、どうもありがとうございました。

公開されている文章を基にして編集してみるスタイルのセミナーです。また、ご参加いただいた方からその場で文章をいただき、編集をしてみる実演も行いました。

意外だったのは、かぎ(「」)の使い方です。引用符というより、語句を強調するためにより使われていた印象を持ちました。

かぎ

かぎは、だれかが言ったセリフだとわかるようにくくるのが基本的な使い方。小学校1年生で習います。

語句を強調したい時にかぎでくくる用法もあります。昭和21年の文部省教科書局調査課国語調査室が作成した文書では「特に他の文と分けたいと思ふ語句」に用いると書いてありました。

似たような記号として二重かぎ(『』)やダブルクオーテーション(“”)などもあります。

ちなみに括弧は()←この記号。「」を「かぎかっこ」()を「まるがっこ」と読むこともあります。

二重かぎ

二重かぎの使い方は主に①かぎの中にさらに引用符が必要な場合に使う②書籍の題名をくくる、の2種類です。

①はこんな具合です。

母は「お父さんが『もうすぐだから』と言っていたし、少しだけ我慢して」と私に言った。

二重かぎは使わなくていい場合も多いです。

母は「お父さんがもうすぐだからと言っていたし、少しだけ我慢して」と私に言った。

上記の場合は誰が何と言ったと明確に書いてあるからです。

書籍の題名をくくる事例は見慣れないかもしれません。学術論文では引用に厳格なルールがあります。参考文献は必ず掲載しなければならず、記述の際は書籍・書誌名には二重かぎ、論文名にはかぎを使うルールが多いようです。

和書の場合:著者(年)『書籍名』出版社

例)堀江貴文・予防医療普及協会(2021)『糖尿病が怖いので、最新情報を取材してみた』 祥伝社

論文を掲載する紀要・雑誌によりルールが異なり、かぎを使わない学会もあります。

強調の場合のかぎ

セミナーで文章の推敲方法を紹介した事例の中に、一般名詞をかぎでくくったものがありました。引用はせず、用法として紹介しますと以下のような感じです。

高級百貨店へ立ち寄った時、その子どもが欲しがったものは何でしょうか。「ナイフ」だったのです。ドイツの老舗「ヘンケルス」の、1万5000円以上する高価なものです。

「ナイフ」は一般名詞です。その後に固有名詞もかぎでくくられて出てきたので、私は次のような説明をしました。

かぎは基本的に引用符です。一般名詞をかぎでくくったのは強調するためですね。でもその直後にかぎでくくられた固有名詞が出てくるので、一般名詞としてのナイフではなく「ナイフ」という名前の別のものなのかな、と少し混乱してしまいます。

強調表現

昭和21年の文書にも「他の文と分けたいと思ふ語」をかぎでくくる用法が出てくるので、かなり歴史の長い使い方です。語句の強調でかぎを使うのが間違っているとは私も思いません。同じ文章内のすぐ近くに別の用法のかぎが出てきたことに引っかかったのでした。そこで、次のように提案しました。

その子どもが高級百貨店へ立ち寄った時、欲しがったのはナイフでした。ドイツの老舗「ヘンケルス」の、1万5000円以上する高価なものです。

強調したい語句が段落の2行目以降に出てきて埋没してしまうためにかぎでくくったのだそうです。だったら段落の1行目に出てくるように文章を書き換えてみてはとの趣旨です。あるいは、強調したい語句を使った小見出しを作るのもいいでしょう。

ナイフを欲しがった子ども                                高級百貨店へ立ち寄った時、その子どもが欲しがったものは何でしょうか。ナイフだったのです。ドイツの老舗「ヘンケルス」の、1万5000円以上する高価なものです。

文字装飾が可能な環境であれば、太字にしたり文字色を変えたりするのが手っ取り早いですね。ほかにも傍点、下線、フォントのサイズ変更などの方法があります。ただプレーンテキストの場合は語順を変えてみることをお勧めします。

田中さんは木村さんに会った。

→木村さんに会ったのは田中さんだ。

→会ったのだ、木村さんに。田中さんが。

→木村さんこそ田中さんが会った人だ。

いろいろな文型が考えられると思います。文章を書く目的、読む対象などに応じて一番ふさわしいと思えるスタイルで書けば良いでしょう。

かぎを強調に使うのは間違いではありませんが、多用すると引用なのか強調なのか読み手がわからなくなります。読み手が混乱しそうだなと思ったらかぎではなく別の方法で強調してみましょう。

かぎの用法研究

ちょっと学術的になります。

かぎなどの引用符が日本語でどう使われているか研究している神戸大学の山森良枝さんによると、引用符を使う場合には以下の意味が付与されているそうです。

概念的意味:括弧付けられる素材は現実の文脈に含まれない。
手続き的意味:現実の文脈(Common Ground)と 素材が含まれる文脈(Focus Domain)が一致しないとき、素材を括弧で囲え。

概念的意味の説明は、かぎでくくられた部分が話し手や書き手とは別の文脈や視点に基づくという意味です。他の誰かのセリフを引用しているよ、とわからせるためですね。

手続き的意味の説明はちょっと難しいですが「別の文脈や視点」というのは

もうほんとに「キュン死」状態です。

と書いた時と

もうほんとにキュン死状態です。

と書いた時の印象の違いからなんとなくわかりますね。

上の方は、自分のボキャブラリー(Common Ground)にはないけど最近ではそう言う(Focus Domain)みたいだから使ってみた、といった感じです。

下の方は「キュン死」を普段から使っている人っぽいです。比較するために同じ語句を使いましたが、使いこなしているなら「状態」は使わないでしょうね。

もうほんとにキュン死です。

先ほどの「ナイフ」の例文で言えば、「子どもが欲しがりそう(Common Ground)にないもの(Focus Domain)」との意味が背景にありそうです。

この場合マスメディアではダブルクオーテーション(“”)を使うことが多いです。ただし共同通信社『記者ハンドブック』では乱用をいましめています(p.118)。

まとめ

かぎ(「」)は引用符として使うのがが基本。強調したい語句をかこうこともある。

かぎを多用すると読者が混乱するので、使用は必要不可欠なところにとどめる。

参考文献

山森良枝(2008)「引用とLogophoricity-日本語における括弧の機能について-」  ( https://www.jcss.gr.jp › meetings › jcss2008 › papers › pdf › JCSS2008_P4-25.pdf)

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