最低な母だった頃のエピソード
息子がまだときどき行き渋りながらも学校へ行けてた頃、私が自分の対応や接し方を大間違いしていた頃の話です。
※大昔のような口ぶりですがたったの2年前の話です。笑
あれは忘れもしない息子が小2のマラソン大会の日。
小学生になってからとにかく少しのことでグズグズしていた息子、この日も玄関でランドセルを背負ったままずっとグズグズしていた。
マラソン大会が嫌なのはわかる。
けど、口を出さずに耐えていれば気持ちを切り替えるかもしれないと思って息子との我慢比べ大会になったのだけど、結局そのまま2時間近く玄関で固まっていた息子。
当日私が困り果てて旦那に送っていたラインにはこうあった。
なんでこんなに頑張れないのか
私の育て方が悪かったのか
本当にずっとそう思って悩み散らかしてた😭
優しく聞いたり、突き放してみたり、寄り添ってみたつもりだったり。いろいろやった。
だけどいつもすぐにグズグズする息子の姿にどうしてもイライラしてしまって。なんでいつもこうなの?って、そればかりだった。
そして何とか学校へ連れては行ったもののそこでもすんなり行かず、このライン。
私もどうしたらいいのかわからない中
まだ小さかった下の子も連れての行き渋りの対応…
そのときの自分もただ必死だったんだけど、
無理矢理連れて行って
車から引き摺り下ろして
発進させようとしてもドアを開けようとしてくる息子を怒鳴りつけて突き放して置いてきた…
なんてこった。
言葉がない😭
息子の気持ちは?😭
全然考えてあげられてなかった。
息子に申し訳なさすぎて泣ける。
今より小さな息子と、困りすぎてそれが怒りになって爆発してる自分の姿が目に浮かんで泣けてくる。
あの頃の私はいつもいつも困ってた。
どうしたらいいかわかんなくて、怒ってた。
息子は普段はそこまで聞き分けも悪くなく、優しくて穏やかな子
だけどひとたびグズグズが始まると別人のように拗らせては本当にわけわかんないめんどくさすぎる宇宙人みたいになる
そこに、ひたすらに手を焼いていた。
そして結局マラソン大会は遅刻で出られず、
帰ってきた息子に今朝のアレさぁ😠と、最初から物申す気満々で帰宅を待っていた私。
そんな私が旦那に送ったライン。
今ならわかる。
今ならというか、今の私ならわかる
朝から私に怒鳴られ突き放され気持ちもわかってもらえず…相当嫌なのに半ば無理やり学校に連れて行かれて。自分でも自分の気持ちが言葉にならなくて。悲しかっただろうし、固まって動けない自分にもどかしさもあっただろうし。そんな1日がやっと終わってクタクタだったんだよね、、
なのに〜〜〜〜〜〜〜(号泣)
私ときたら
人が話してんのに寝てんじゃねー!!!
って、ケツ叩いてキレたと…
どんだけスパルタなん🫥
後に判明したこの日の朝のグズグズの理由は、
そもそも私に学校まで車で送って欲しかったのを言い出せず、グズグズしてたらかぶせて怒られて、いろんな気持ちがごっちゃ混ぜで説明できなくなって固まった、ということだった。
車で送って欲しいのを言い出せなかったのも、普段から私が怒ってたからなんだよね😢
『こんなに近いのに(当時目と鼻の先に学校があった)いっつも車でギリギリバタバタで、なんなのマジで💢』
と、車内でムシャクシャしてたの覚えてるから。
ちゃんとさせなきゃ、自分でできる子に育てなきゃって呪いにかかって必死だった私。
そうしなきゃ将来この子が困るっていう親心ももちろんあった。
けど、きっと周りから自分がちゃんとした親に見られたかっただけだった。
この子は苦手なことも多いし鈍臭かったりもするけど、私が甘やかしてるからじゃないです。私はちゃんと子育てしてますって、世間にアピールしたかったんだろう。
今でも正直、特に学校の先生なんかに対してそんな気持ちがゼロになったわけではないかもしれない
だけど、それでも今は思うんだよ。
息子の一番の味方でいてあげられるのは私しかいないんだよ。
息子にとっていいお母さんで居られるなら、世間が私をどう思ったって別にいいじゃん。
って😢
息子が不登校にならなかったら
私は変わっていなかったのかもしれない。
気付けていなかったかもしれない。
そっちにゾッとする。
今は、
ちゃんとさせなきゃ、自分でできるようにさせなきゃ。ではなく、
できないことやわからないことは人に頼れるようになってくれたらな、って思う。
1人で困らないでヘルプを出せるようになってほしいな、って思う。
まずは私がちゃんとした親にならなきゃを手放して、できない面やダメな面も受け入れて、周りを頼っていく。
もっと楽に生きて良い、って姿を私が見せていきたいなって。
今でも荒れ狂う日もしょっちゅうあるけども、息子にとっての絶対的な安心感を与えることのできるお母さんでいられるように頑張るよ。
絶対に家族みんなの安全基地になるからね。
今日の一曲は
はいよろこんで/こっちのけんと
この曲、息子が「この曲好きなんだよね」って教えてくれた曲なの。
『全ての生きづらい人たちへ』で始まるこの曲、息子も生きづらさ感じてるのかな?とか、息子も私のように自分の気持ちと向き合ってるのかな、とか思いを馳せながら聴いてるよ🥺
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