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阿久津隆さんの『本の読める場所を求めて』が発売となりました!

タバブックスの宮川さんが自社から(つまりご自身の編集で)新たに本が出版されるときに書かれる少し長めの文章がいいなといつも思っていたので少し倣って書いてみようと思う。

初台と下北沢で「本の読める店」をうたう「fuzkue(フヅクエ)」を営む店主・阿久津隆さんの新著『本の読める場所を求めて』が発売されました。「本の読める店」がどんな店なのか、これはもう実際に行って味わうしかないと思うのだけど、「本がじっくり読める」ということを第一に、最優先に設計された店(空間)ということで、高校野球の出場校戦力分析でいえば、「リーズナブル」とか「映える」とかを置き去りにして「本が読める」の値だけずば抜けて円グラフを突き抜けてしまっている、みたいなお店だ(でも飲み物や食べ物も美味しいし、インテリアも美しいので、円グラフそのものが「本が読める」を前提に描かれている、というほうが正しいのかもしれない)。

阿久津さんという知己を得たのは2016年に出た『夢の本屋ガイド』の執筆者の一人として、その当時はちょっと面倒くさい吉田健一(がどんな性格だったのかは知らないけど)みたいな文章を書く人だなとその文体が印象的だったのだけれど、メールを遡ってみると2017年の8月に「本にしようと書いている原稿があるので読んでいただけませんか」とあってそれがすでに12万字あった。そのときは「『本の読める店』ができるまで」という店づくりの度合いが強い内容だったと思うのだけれど、それから紆余曲折あって(この辺りは刊行記念トークイベントなどあれば聞いてもらうと面白いのかも笑)再び阿久津さんからメールが来たのが2019年の7月なので刊行からちょうど1年前ということになる。

そのときも原稿は「本の読める店のつくり方」というような、どちらかといえばビジネス書方面に照準した内容だったのだけど、その前段の「本の読める場所」を探し求めてさまよう徒労感とか村上春樹の本が植え付けてくる青春の過ちとか「www」の使いどころとかそういった寄り道的なところこそが面白くて、もっとこう、「本を読む」っていったいどういう行為なんだろう、とか、「本が読める場所」ってどんな場所なんだろう、とか、そういうところに焦点を当てた本にしていきましょう、ということになった。なぜなら本屋の店主が書く「本屋ができるまで」本はもう一通り出揃っていた感があったから。読書の効能や効率を解く「読書術」本はたくさん出ていたけれど、「読書という行為」がそもそもなんなのか、その理想的な「場所」から逆算して探求した本を自分は他に知らなかったから(読む場面の写真集ならケルテスの本があったし、読書の認知的側面を考究するなら『プルーストとイカ』があったけれど)。

ということで、そこからはスタッフの平野さんががしがしと阿久津さんと改稿のやりとりを進めてくれて、特に肝要な後半部分の改稿でいきなり大谷翔平とその母・加代子さんの引用が飛び出してきてこれはもう面白くなりそうだった。そのかたわらで本の佇まいとして有山達也さんが(最後にご一緒したのはもう10年くらい前だったのに)ぱっと浮かんだのでお願いすることにした。東洋ハットビルの2階が懐かしかった。もう2020年になっていた。

そうこうするうちに、沖の干潟はるかなれども磯より潮の満つるがごとく感染症はすぐ足元まで迫ってきていて、平野さんも当初の産休が急遽前倒しになって泣く泣く戦線離脱することになって、仕切り直しのメールをしたのが4月3日。ゲラ(初校)がようやくできるその頃はすでに緊急事態宣言下にあって、でも肝心の書名がずっと決まらずにいたのでこれは阿久津さんに会って話さないと進まないと感じて「青空打ち合わせしましょう!」となったのが4月24日。もう1ヵ月も電車に乗っていなかったので、ちょっと戦場に行くような気さえした。初めて訪問するフヅクエ下北沢は休業中で、マスクをしたままお話しした。タイトルがようやく「本の読める場所を求めて」に決まる。世界の書き割りはリアルに一気に更新されて、「場所を求める」という欲望が切実に浮かびあがっていた。

あとは装幀だ。GWの最後の週末、人影なき街を自転車で謳歌するようにアリヤマデザインストアに向かう。マスクを外してお茶を飲む行為になにか後ろめたさがある。その後、有山さんから提案があった中から装画を田渕正敏さんにお願いすることになったのが5月21日。どんな方向性でお願いするかをあれこれ考えているうちに徒らに時間がすぎてしまっていて、田渕さんにも来てもらった打ち合わせ時、それまで田渕さんがすでに描き進めてくださっていたスケッチブックを無言で一通り見た有山さんが「特にこちらから何か言うことはないです。田渕さんがこれだというものを描いてきてくれればそれでいいです」と一言告げたときは、なんだかもじもじ考えていた自分が小賢しくて恥ずかしかった。学んだ。その打ち合わせのことは田渕さんが日記に書かれているのでそちらでも。それはブルーインパルスが飛んだ日だったのをすでに忘れていた。5月29日の夏のような午後だった。

その後のことは、この打ち合わせの三日間の空気感が塗り込めてしまう。「本を見れば何かを思い出すし、何かを思い出せば本の存在がちらつく」と本書の「おわりに」に阿久津さんも書いている。本は(それがもちろん音楽でも服であってもいいのだけど)記憶を内蔵する。本を読むのでもなく書くのでもないけれど、作る(ことに伴走する)ことでこの阿久津さんの『本の読める場所を求めて』という本に自分のこのときの時間と空間の記憶を封じ込めてもらえたことに感謝しています。下北沢の東口を出たとき見上げた空、自転車でどこで右折すればいいのかわからなかった靖国通り。

結局、本の紹介を全然していないような気がしています……が、その実質的な内容については阿久津さんがfuzkueのサイトに書かれている、と思いきやその半分くらいは自分が朝日出版社のメルマガに書いた内容紹介でした(笑)。タイトルを考えるとき、本文(初校時)から抜き出してメモしていた阿久津さんのこんな言葉も、この本の内容について語ってくれていると思う。

「ブック」は「リーディング」については何も語らない/ただ本があって、光さえあれば/敬意がないところに生命は間違いなくない/本を、読む。こんなシンプルなことが、どうして放っておかれているのか/まずは意志や欲望だ。それがあれば、何かは始まる/読書はフラジャイルで不気味/ともにある/読書の公共圏/きれいごとをちゃんと欲望しよう/解けないで済むのならば、魔法は解けないほうがいい/必要なのは、ちゃんと欲望し、そしてちゃんと信じることだ

最後に日付をもうひとつだけ追加するとそれは7月8日で、フヅクエ初台店の営業が終わる深夜0時1分を待って『本の読める場所』の見本をお持ちした(それまでは「酒の飲める店」で待った。フヅクエで本を読みながらというのも考えたのだけれど、お酒を飲むと眠たくなってきて僕は本が読めなくなる)。本を阿久津さんに渡すなり、まずはお祝いにビールを飲みましょうか、となって、みんなでフヅクエの座り心地良いソファに腰掛けてお店の明かりと空間とその先にぼんやり光る窓を眺めた時間がとても良い時間だった。良い本というのは「これは○○の本です」と一言で言えない本だと思っていて、そういうラベルやジャンルを押しのける本は売るのには難しいのかもしれないけれど、でもこの本はそういう本になっていると思っています、あ、難しいとかの方じゃなくて良いという方の、というような話をぐだぐだとしたような気がする。

「たとえば、一番おもしろい下りにさしかかったところで、遊びに誘いに来る友だち;ページに釘付けになっている目を引き離したり、読書場所を変えさせたりする迷惑な蜂やまばゆい日差し;家から持って出たのに、頭上の青空で太陽が陰ってきても手つかずのままベンチの脇に置きっぱなしになっているおやつ;時分時なれば、家に帰らなければならないし、食べているあいだも、さっさと済ませて、読みかけの章を読み終えることしか考えていなかった夕食。そうしたことすべてを、読書は面倒なこととしか感じさせなかったはずなのに、私たちの記憶には、それがむしろ実に甘やかに(今にして思えば、当時あれほど熱心に読んだ内容よりはるかに貴重に思われるほど)刻み込まれていて、今も、あの頃に読んだ本のページをめくることがあるとすれば、それは過ぎ去った日々の記録をとどめている唯一の暦がそれらの本であるから、そのページの端々に、今はもう存在しない住まいや池の面影を垣間見たいと思うからにほかならない」
(マルセル・プルースト『読書について』からの引用。メリアン・ウルフ『プルーストとイカ』小松淳子訳、インターシフト、2008年より)

「過ぎ去った日々の記録をとどめている唯一の暦」。そういえば、サードプレイス的な場所を阿久津さんがほとんど妄想的に書いているゲラの箇所で(ここは何度読んでも笑ってしまった)、その場の知った顔から飛んでくる声が最初は「ワッツアップ、マン?」とあったのを「発音的には、メン、では?」とコメントして結果その通り「ワッツアップ、メン?」にしていただいたのも、『本の読める場所を求めて』の本作りの暦の中にともに記憶として温かく折りたたまれている。

……ということで、書店で、あるいはネット上で見かけたら、お手に取っていただけるとうれしいです!

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阿久津隆『本の読める場所を求めて』
装画・挿画:田渕正敏
造本:有山達也+山本祐衣(アリヤマデザインストア)
DTP:濱井信作(compose)
編集:平野麻美+綾女欣伸(朝日出版社)
編集協力:仁科えい(朝日出版社)
印刷・製本:図書印刷株式会社
発行:朝日出版社
四六判288ページ/本体1800円+税/詳細はこちらでも








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