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#112 たとえ這ってでも

タルセバ副作用による下痢は頻回になってきた。そしてついに咳も出始めた。私は二階で寝ているが、静まりかえった夜中は階下の姫の咳がひときわ響いてくる。そして暗闇は病人をひときわ不安な気持ちにさせるのだろう。携帯のワン切りで私を呼びつけ

「お湯を飲ませて」「飴ちょうだい」「加湿器つけて」「デパス持ってきて」

病気になるずっと以前から眠りが浅い姫(母)はデパス(安定剤)を手放せない。それさえあれば『神経質で繊細』な自分でも安眠が出来ると服用の正当性を主張する。

ところがここにもマイルールである。2錠まで服用可と言われているにも関わらず一晩で2錠は薬物中毒になると断言。飲んでいいのは1.5錠だという決まりを勝手に作り上げた。

デパスってすごく小さな錠剤なのだ。それを包丁で等分に割らされるのが私の役目。ずっと自分でやってきたが、タルセバの皮膚障害はイレッサの比ではない。指の一本一本に包帯を巻いているような状態の現在では日常生活の様々な場面に支障を来たしており、そんな細かい作業は出来ないからだ。これだけ私の手を必要とする生活を送りながらも邪険にし、家に帰れと言い放つのは何故なんだろう。

季節は秋。

毎年この季節になると田舎に帰りたい病が起こる。主治医にこっそり確認すると私の付き添い無しでは絶対許可しないと断言。姫が私に頭を下げるなどありえないから帰省は無いと安心していた。それにガンを未だ大好きな兄に隠し続けているのである。咳をしながら包帯だらけの指で帰省したら幾らなんでも病気だとバレる。

さすがの姫もバカじゃなかった。この姿では余計に心配させるだけだからと自ら帰省を断念。行かない旨を伝えるために二階へ上がった。(聞かれたくないらしい)

子機を握りしめて下りてきた姫は号泣しながら

「決めたわ。這ってでも田舎に帰りますから。お兄さんは私に会うことだけが生きがいなの。帰らないって知らせた時の悲しそうながっかりした声を聴いたら涙があふれてきた。咳なんて田舎のいい空気を吸えば止まるに決まっている。私は卯月がどんなに反対しようと絶対に帰りますからっ分かった?!」

やっぱりバカだった。

どんな話も着地点は私を敵にして終わることだ。ねぇ姫、その『這ってでも行く』ってフレーズお気に入りなんだね。元カレの葬式の時も言ってたもんね。好きな人に対して出てくるワードなのね。




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