#21 家族旅行
葬儀以降、母の顔色一つで完璧に空気を読めるようになった私。母が嫌いな人のことは盛大に悪く言って同調し、母が悲しんでいる時は言われなくても一緒に泣きじゃくる。この家で生きてゆくのに必要なテクニック。こんな単純なこと、どうしてもっと早く気づかなかったんだろう。そうすれば叩かれずに済んだのに。
私の本心を知らない母はずっと機嫌がよかった。やっと自分の理想通りの子供になったと思っていたのだろう。そんな母は相変わらずだ。章子がピアノを習い始めたと知れば慌てて同じ先生にレッスンをお願いし、裕子ちゃんがお習字を始めたと聞けばお習字を、千尋ちゃんと同じ英会話学校を決めてくる。勿論私には事後承諾で。毎日何らかのお稽古に追われ、忙しい3年生。
私に人と同じことをさせて安心しつつも、元来お嬢さん育ちで人を見下す傾向の強い母。その母が本領を発揮するのが家族旅行だった。やたらと旅行する家だった。兄や知り合いにお土産を配りまわっては「温泉に行ったのよ」「スキー旅行したの」と得意げになっていた。
しかし私の母である。旅先であろうと自分を曲げないし、旅行マニュアルも存在するのだ。
旅行が大好きを自認するものの、高所恐怖症の為飛行機に乗れない。7時間かけて帰省は出来るのに乗り物酔いをするから近い所でなくては駄目。と、まぁとにかく色んな制約がある。結局いつも似たような場所を訪れる羽目になるのだが、本人はご満悦。
そして旅先でもまたすごい。温泉が嫌いなのである。『温泉はへんな匂いがするし、赤の他人と一緒に入るなんて不潔』だと部屋の浴槽(ただのお湯)につかる。そして友人にお土産を渡しながら言うのだ「草津のお湯は最高だったわ」
子供ながらに心の中で激しく突っ込んだ。「はいってないだろっ」
絶対マニュアルがあるはず。そこから外れた行動は許されないのだろう。
「お風呂くらい卯月から解放されたい。ひとりでのんびりしたい」と私を拒否してきた母。小さな頃から自宅で父としか入浴したことがない私は男湯に全く抵抗がない。今なら大問題になるのだろうが小さい頃は男湯に入っていた。しかしさすがに小学3年生ともなると父が躊躇。かといって子供が一人で大浴場というわけにもいかず、必然的に私も部屋のお風呂につかるしかなくなる。大きなお風呂に入りたいと駄々をこねる私に
「毎日卯月の世話をしてくたくたなのに、旅先まで手間をかけさせるつもりなの?ママはゆっくりするために旅行にきてるの。これじゃ意味がないでしょう。ママを休ませてあげたいと思えない卯月は本当にわがまま」と切り捨てる。そして母が出した結論は章子を招待することだった。いつだってお金で解決する母。
お風呂の次に楽しみなのは食事だが、これも母によってぶち壊される。子供時代にひとりだけ別メニューだったほど偏食の激しい母は、旅館の豪勢なお料理もごっそり残す。毎回支配人クラスが飛んできて「何か不手際がございましたか」という展開になる。これほどあれこれ他人に気を揉ませても当の本人が涼しい顔をしているのが嫌だった。こんな大人にはなりたくない、絶対にならない。母は私の反面教師。