静かな街、静かな日々
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静かな街、静かな日々

 ロックダウン+自分の年齢に愕然!で三月末に発作的に始めたnote、誰にも求められていないというのに、今日もまた更新しなかったという謎の罪悪感に包まれながら眠りにつくことはや1ヶ月。今夜こそ罪悪感フリーで眠り、明日の朝は爽やかに目覚めたい。

 2月末からの自宅勤務も1ヶ月あまりが過ぎた。幸いなことに、自分の仕事は家からでも95%不自由なくでき、オフィスにいるからこそ発生する雑事から解放されて、むしろ快適ですらある。

 寒くなかった冬から、早い春になだれ込み、朝の散歩で見ている八重桜もやわらかな緑に包まれ始めた。どこに行かず、ほとんど誰にも会わない。それは自分の選択でも、責任でもない。透明な箱に入れられて、真空の中で時間はただ静かに過ぎていく。命と経済について語る人たちに申し訳ないと思いつつも、自分の心は安らかだ。

 先月、夫の元仕事仲間の元奥さん(元が多いことからわかるように面識はない)流行り病の感染が発覚して1週間で亡くなった。60代前半で特に持病はなかったという。先週末はアパートの向かいの部屋の80代後半の女性がストレッチャーで運ばれて行き、戻ってきた様子はない。友達が送ってきた共通の友達のFBの投稿には郵便配達の人に接するのが怖いと書かれていた。いつも散歩している島に冷凍車とフォークリフトが配備されている知らせてくれた人もいた。普段連絡してこない人が急に連絡してきて、ニューヨークは大丈夫?と気遣うかのような言葉を書きながら、実は悲惨な話を聞きたがっているのがわかると電話で笑っていた友達もいる。

 自分の暮らしはとてもシンプルだ。6時前後に自然に目が覚める。静けさのピークは過ぎた感はあるが通りを走る車が減った夜は静かでよく眠れる。天気が悪くなけれは、上着を着て散歩に行く。最近は必ずマスクもつける。3つのお気に入りのコースがあり、その日の気分で歩く。空気が綺麗になっているせいか、びっくりするくらい沢山の鳥が鳴いている。北のはずれではあるけれど、マンハッタンの中である。毎日何かしらハッとするくらい綺麗な景色がある。気が向くと写真を撮るが、目で見る以上に綺麗に撮れることはまずない。人はそこにはない見たい景色を勝手に見ているのかもしれない。

 9時前には帰宅して、朝食を食べ、9時から仕事を始め、12時過ぎから1時間休み、5時まで働く。毎日、運動の動画を2つはやってみて、それをグループラインで報告し合う。動画は10分以下が望ましい。

 気分が乗ってきた瞬間が来たら、部屋の片付けをしてモノを捨てる。気に入るチーズクッキーのレシピを模索するために2週間に3度クッキーを焼き、誰にも会わないので、殆ど自分で食べるという危険に晒され、ワインもよく進むという罠に自ら飛び込む。これではいけないと思い、昆布と鰹節で出汁をとるという新たな趣味?を見出し、一生使いきれないのではないかと密かに心配していたパントリーの昆布と鰹節が減っていくのを見ることが快感になってきた。ムートンブーツはしまい、ベッドルームのカーテンにアイロンをかけた。ズームでヨガのクラスとバレエのプライベートレッスンを受け、会社の若者とのズーム飲みも体験した。不本意なまま進んでいた案件はキャンセルになり、不本意の内容を先方に伝えた。

 あと半月これが続くらしい。正直、今はなんの不自由も感じない。これが終わった後、世界と自分はどうなっているのかイメージできないが、きっと前とは随分変わっているのだろう。

 わからないこと、どうにも出来ないことを考えないことが前よりも上手くなってきている気がする。人はこれを無知で向上心がないと言うのだろうが、前よりも穏やかにすごせるので、良しとしている。

 note に乗せようと思っていた本棚から発見された20代の自分が書いていた文章は、まだ1文字も読んでいない。







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NYに住む、ほぼ50歳の女。英語は話せません。