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花組公演「冬霞の巴里」ヴァランタンにまつわるいくつかの考察

はじめに

このnoteで、というかブログを使って公に見える場で宝塚の話をするつもりはなかったのだが、先月14日に大千秋楽を迎えた花組シアタードラマシティ・東京建物ブリリアホール公演「冬霞の巴里」を(有難いことに何度も)観劇した結果、大千秋楽から一ヶ月近くが経った今でもまるで考察が止まらなくなってしまったので意を決して考察記事を書くことにした次第である。
というのも、この「冬霞の巴里」についての考察記事はいくつか拝読したのだが、この物語においてキーパーソンの一人であるヴァランタンという人物について深く掘り下げられている考察が見受けられなかったからである。私はこのヴァランタンを演じていた聖乃あすかさんがご贔屓であるということもあり、観劇の日々で考察していたのはほぼヴァランタンのことばかりであった。
公演あらすじにおいても「素性の分からない男」と表現されるほど得体の知れない部分も多いこのヴァランタンという人物。ここでは私なりに、ヴァランタンとはどのような人物なのか、そして彼の迎えた結末の意味などを考えていきたいと思う。
なお、ここではヴァランタンについての考察となるため、彼と関わりの深いオクターヴ・ギョーム・シルヴァンは登場するが、関わりの薄いアンブル・ミッシェル・クロエ・エルミーヌについてはほとんど登場しないので留意されたし。また、作中の台詞については正確ではない部分があることをご容赦願いたい。

ヴァランタンという男

初対面のオクターヴに対して下宿仲間を紹介はしても自らのことは何も語らないヴァランタン。「俺については何も無いけど」などと言う彼だが、実際のところどのような人物なのかをまずは見ていきたい。

アナーキストとしてのヴァランタン

ヴァランタンは下宿においては身上を語らず「変な男」とだけ称される素性の知れない男であるが、その正体はオクターヴを劇場裏通りに連れ出した時に明かしている通り、巴里の街で爆発事件を頻発させているアナーキストである。仲間である医学生シルヴァンを付き従えたり面倒を見たりしていることから、アナーキストの中でもリーダー的な存在であったと考えられる(自分でも「こう見えて俺は世話焼きなんだ」と発言している)。
しかし、ヴァランタンはアナーキストでありながらただ単にアナーキズムに傾倒しているわけではない節がある。アナーキズムに傾倒しているのは仲間のシルヴァンのほうであり、ヴァランタンは焦って爆発事件を起こそうとするシルヴァンを止めようとするなど、かなり冷静沈着な一面が見受けられる。もしただ単にアナーキズムに傾倒していただけならば、シルヴァンの行動に便乗することはあっても諌めるようなことはしないだろうからだ。

復讐者としてのヴァランタン

ヴァランタンがアナーキストでありながらアナーキズムには傾倒していなかった理由。
それはひとえに、真の目的が別にあったからに他ならない。
ヴァランタンはアナーキストとして活動してはいるが、実はアナーキストというのは仮の姿であるに過ぎない。彼の真の目的は、最後にようやくその言動でもって明かされる。
ヴァランタンの真の目的。それは、19年前に父親を殺した男、警視総監ギョームへの復讐である。つまりヴァランタンは「復讐者」なのだ。
ギョームは警視総監としてアナーキスト狩りを行なっている。アナーキストとして活動していれば、自分が捕まることでギョームの懐に飛び込むことが可能になる。そうすれば隙を突いてギョームを殺すこともできる……そう考えてのことではないかと推測する。

ヴァランタンの過去

では何故ヴァランタンはギョームへの復讐を誓っているのか。
ギョームは過去にアナーキストの誤認逮捕を行なってしまっており、その時に逮捕され冤罪で処刑されてしまったのがヴァランタンの父親であると考えられる。また最後に追い詰められたギョームの発言から、ヴァランタンの父親が処刑されてしまった事実はオーギュストがもみ消したこともわかる。
つまりヴァランタンからすれば何の罪もない父親を理不尽にも処刑され、おまけにその事実は無かったことにされてしまったのだ。まさしくギョームはヴァランタンにとっては父親を無惨にも殺した大罪人であるし、実に19年もの間恨みと憎しみを募らせて復讐を遂げるに足る仇敵なのである。さらにアナーキストとして活動していく中でシルヴァンをはじめ多くの同胞たちが処刑されたであろうことを鑑みると、ヴァランタンがその人生の中で失ったもの、ギョームに奪われたものは数知れないと考えられる。ヴァランタンが父親及び同胞の処刑を「汚辱」と表現するのも頷けよう。

「本心に従うと命取りになる」

しかし「ギョームへの復讐」という大いなる目的を抱え続けていながら、ヴァランタンは決して誰にもそれを打ち明けはしない。オクターヴには「俺もあいつを殺したくて仕方ない」と仄めかしはするが、その理由は最後に復讐を実行に移すその瞬間まで口にすることはない。それこそ復讐を実行に移すためにオクターヴに別れを告げるその時でさえ、たとえオクターヴに本心の在処を問われても明言はしないのだ。
何故最後の最後まで本心を口にしなかったのか。その一つは、彼の信念の一つである「本心に従うと命取りになる」という言葉にあるように感じられる。ヴァランタンは(恐らく何らかの経験によって)本心に従ってしまうと目的を果たせず命を落とす羽目になることを悟っている。そうならないようにするには、自分の本心に従ってしまわないよう徹底的に自制する他ない。
自らの本心を口にすることは、すなわち本心と向き合うこと。本心を認識すること。認識してしまえばそれに従いたくもなってしまう。そうなることを避けるために、ただひたすら心に秘め続けるのみにしていたのではないだろうか。

何故明るく振舞っているのか

さてそんな19年間にも及ぶ復讐心を抱き続けたままアナーキストとして活動しているヴァランタンが、何故下宿などの人前ではあくまで明るく振る舞っているのか。
これについてはあくまで推測の域を出ないが、「アナーキストであること・復讐者であることを隠すため」「孤独な自分の運命や世界の虚しさを悟っているため」ではないかと考える。
前者は単純に、アナーキスト及び復讐者であるとバレたら不都合だからだ。それこそバレれば捕まるような立場なのだから、素性を隠すのは当然のことだろう。むしろ、そうしなければまともに生きていくことも難しいはずだ(同じ復讐者たるオクターヴも下宿の面々には復讐者であることを明かしてはいない)。
そして後者。ヴァランタンはオクターヴに出会うまではただ一人誰にも明かすことなく復讐者であり続けた者である。復讐者としてはひたすらに孤独であり、「本心に従うと命取りになる」と語っていることから復讐を果たした時に自分がどうなるかも分かっていたことだろう。
復讐を果たせば自分は死ぬ。そして復讐を果たしても何かが変わるわけではきっとない。それは虚しいことでもある。虚しさを知る者は刹那的に生きる。空っぽだから、空虚に笑う。それが傍目には明るい笑みに見える。そんなところではないだろうか。
オクターヴと別れる時のヴァランタンは、シルヴァンの処刑を悲しんでいないかのような表情をしている。しかし悲しんでいないのではない。そんなものは通り越して、もはや何も表には出なくなってしまっているだけ。そんな気がしてならない。

不器用ゆえの孤独

ヴァランタンは孤独な男だが、それは単に復讐心を誰にも明かしていないからだけではない。不器用な言動故に孤独を招いている節がある。
詳しくはこの後触れるが、ヴァランタンは関わる者たちに危険が及ばないように振る舞っている部分がある。しかしそのための言動が何かと不器用極まりない。下宿の面々に正体を明かさない(アナーキストだと分かれば潜伏先として累が及ぶ)のはともかくとして、功を急ごうとするシルヴァンを制止するのはいいがそのための発言が暴言に近かったり、自らの復讐にオクターヴを巻き込まないために何も告げずに去ったりなどする。
ヴァランタンは人を人とも思わぬような人間ではない。自分と関わる者を無用な危険に晒したくない……その思いはあるのだろうが、そのために行なっている言動がことごとく「相手を遠ざける」ことに繋がってしまっている。相手を危険に晒さないためには有効であろうが、まさにそのために孤独を招いている。もう少し器用な言動ができていれば、ここまで孤独な生涯ではなかったのではないかと思いもする。

守護者としてのヴァランタン

たとえばヴァランタンとよく行動を共にしている医学生シルヴァンは、見るからにアナーキズムに傾倒しているアナーキストである。ヴァランタンには従いつつも反発している節がある。彼はヴァランタンの忠告に耳を貸さず劇場爆破を試み、失敗して捕まり処刑されることとなる。
シルヴァンはやたらと爆破事件を起こすことにこだわっているが、ヴァランタンは自分を監視している存在(記者モーリス)に気づき思い留まらせようとしている。たとえばオクターヴを呼び出した手紙の送り主探しにシルヴァンを同行させたのは、既に暴発の予兆があったシルヴァンを自分の手元に置くことで勝手に事件を起こさせないようにするためと考えられる。またそれでも功を焦るシルヴァンには「捨て身でやりゃ何でも英雄気取りか」と厳しく警告している。
これらの言動は、自分達に危険が迫っていること、今シルヴァンが事件を起こせば逮捕され処刑されかねないことをヴァランタンが察知していたが故であろう。つまりヴァランタンなりに、シルヴァンの身を案じ危険から護ろうとしてのことだったのだ。
ただし、結局のところシルヴァンは事件を起こしてしまい、逮捕・処刑されてしまうことになる。ヴァランタンはシルヴァンを護ることはできなかったのだ。
TRUMPシリーズの言葉を借りるならば、ヴァランタンは「守護者」である。TRUMPシリーズにおいて、「我は守護者なり」と宣言した者は最終的に誰も護れず自らも死に至るというジンクスがある。結局シルヴァンを護れず最後は自らも命を落としたヴァランタンにはそれを彷彿とさせるものがある。

ヴァランタンとオクターヴ

さてヴァランタンは下宿にやってきたオクターヴと出会い、彼に強い関心を抱く。最初は目的があってオクターヴに近づくヴァランタンだったが、やがて二人は心を通わせていくようになる。
ここではヴァランタンとオクターヴの「特別な関係」について掘り下げてみることにする。

「もう一人のオクターヴ」としてのヴァランタン

オクターヴとヴァランタン。共に闇を抱えたこの二人には大きな共通点がある。すなわち、ギョームへの復讐を志す「復讐者」であるということだ。
しかも二人がギョームへの復讐を誓ったのはほぼ同時期と考えられる。ヴァランタンは19年前のギョームによる誤認逮捕事件で父親を奪われ、それを機にギョームへの復讐を誓った。その事件が起きた時点ではオクターヴの父オーギュストはまだ生きていたが(事件をもみ消しているので)、その後ほどなくしてオーギュストはギョームに殺されたとみられる。下宿にてジャコブが当時のことを語っている時オクターヴもヴァランタンも厳しい表情をしていることからも、二人の復讐の原因が同時期に存在するであろうことが推測できる。
つまり、オクターヴとヴァランタンは同じ時期に同じ人物に対して復讐を誓った者同士なのだ。オクターヴには姉アンブルという共犯者がいるがヴァランタンにはそのような人物はいない、また職業含めそもそもどのように生きてきたかが違うといった相違点はあるが、復讐者という点では境遇が酷似している「似た者同士」と考えて良いだろう。実際、オクターヴの復讐心を知ったヴァランタンは「俺たちは似ているみたいだ」と発言している。
再びTRUMPシリーズの言葉を借りるならば、オクターヴとヴァランタンは「君は僕で、僕は君なんだ」という関係にある。オクターヴにとってヴァランタンは「もう一人のオクターヴ」とも言える存在なのだ。

ヴァランタンはどこまで知っていたのか

ヴァランタンにとって、オクターヴは仇敵である警視総監ギョームの甥にあたる人物である。それ故に、ヴァランタンは初めてオクターヴを目にした時から彼を強く警戒している。「警視総監の身内」なのだから、オクターヴは警視総監ギョームと通じていると考えるのが自然である。だからこそ、ヴァランタンはオクターヴを劇場裏通りに連れ出して脅すような真似をしたのだろう。返答次第では殺しておかなければヴァランタンの身が危うくなるからだ。
しかし、ヴァランタンにはただ単に「オクターヴはギョームの身内だから」オクターヴは敵かも知れないと考えただけとは思えない節がある。
仇敵ギョームへの復讐を果たすにあたり、ヴァランタンはギョームの身辺について調べ上げていたと考えられる。当然その中で身内にあたるオクターヴについても調べ上げていたであろうし、オクターヴの父オーギュストが実際はどんな人物であるかも既に把握している(「君の父上が色々とまあうまくやったからな」という発言から)。
となると、ヴァランタンはオーギュストの死の真相や、オクターヴの本当の血縁関係まで含め全て知り尽くしていた可能性もあり得るのだ。
実際ヴァランタンはオクターヴの復讐の意志を知った時まるで奇妙に感じているかのような笑みを浮かべるし(本来ならギョームはオクターヴにとって復讐すべき相手ではないため)、そもそも下宿でオクターヴとアンブルを目にした時「随分と似ていない姉弟なんだね」と言っている。これらは全てを知っているからこそ出来た言動ではないだろうか。

「親の仇討ちってのは、そんなに大層なものなのか」

劇場裏でオクターヴの復讐心を知り似た者同士であると悟ったヴァランタンが、「誰彼構わず爆破するあんた達とは一緒にしないでくれよ」とオクターヴに反発された後に告げたこの言葉。父の復讐にはやるオクターヴを諌めるかのような発言であると同時に、まるで自分にも言い聞かせるかのような響きがある。
ヴァランタンにとって、この言葉は本心とは裏腹である。実に19年間もの間復讐心を抱き続けてきたヴァランタンなのだから、「親の仇討ち」が大層なものでないわけがない。本当に大層なものでないなら、とっくに復讐心など捨てていてもおかしくないからだ。
思うにこの言葉は、この後にオクターヴへの忠告として告げる「本心に従うと命取りになる」という言葉に通じるものではないだろうか。親の仇討ちが本心であるならば、それにこだわり安易に実行に移すことは命を落とす結果に繋がる危険性がある。だから気をつけろ、冷静になれ、そういった意味合いを持っているのではないかと考えられる。
そして同時に自らにも言い聞かせることで、親の仇討ちという本心に安易に従ってしまわないよう自制するという狙いも込められていたのではないだろうか。

ヴァランタンがオクターヴに見た復讐者の末路

さてオクターヴはヴァランタンと出会い復讐への協力を申し出られたことで、実際に復讐に向けた行動を開始していく。その手始めが慈善会でのギョームとの手合わせ時におけるギョーム殺害未遂、そしてオーギュスト殺害実行犯であるブノワの殺害である。
オクターヴがブノワを殺した時、ヴァランタンはその現場に現れる。オクターヴが不審な手紙を受け取ったことを知り懸念するアンブルを訝しんだヴァランタンは、シルヴァンと共に手紙の送り主を探しに行く。その結果送り主がブノワであると知り、現場に駆けつけることができたと考えられる。
ブノワとその手下を皆殺しにしたオクターヴは、程なくして我に返り己の所業を目の当たりにして発狂する。そして彼の身を案じて駆けつけたエルミーヌを拒絶し、同じく駆け付けた「共犯者」である姉アンブルに抱き止められる。ヴァランタンはそんなオクターヴを目にしたのだ。
オクターヴと同じ復讐者であるヴァランタンは、そんなオクターヴの姿を険しい表情で見つめる。オクターヴは実際に復讐を始め、そして自らが引き起こした現実に直面して(一時的にではあるが)壊れてしまった。ヴァランタンはそんなオクターヴに、同じ復讐者として自分が行き着くであろう末路を見たのではないか。
何故ならヴァランタン自身はまだ復讐を始めていないからだ。先に復讐を始めたオクターヴの姿は、未来の自分の姿でもある。そして「本心に従うと命取りになる」という言葉が真実であることの証左でもある。末路を知った上で、それでも自分は復讐を果たすのか。そんな自問も、もしかしたらヴァランタンの心にはあったかも知れない。

本当に「もたついていた」のはどちらか

前述の通り、実は先にギョームへの復讐を始めたのはオクターヴの方である。復讐の「本命」であるギョームを殺そうとしたのはヴァランタンが先だが、オクターヴに関しては父親殺しの実行犯であるブノワも復讐対象となっているため、オクターヴが先に復讐を始めたと捉えて良いだろう。
オクターヴは復讐においてギョームに銃口を向けた時、「俺がこんなにもぐずぐずしていたのは、覚悟が足りなかったからだ」とヴァランタンに打ち明ける。これは劇場裏通りでオクターヴの復讐への協力を申し出たヴァランタンが「あんまりもたついていると、俺も焦れったくなって邪魔しちまうかもな」と告げたことに起因しているだろう。
しかし、ギョームに対して直接復讐を始めたのはヴァランタンが先だが、復讐そのものを始めたのはオクターヴが先なのだ。つまり、本当に「もたついていた」のはむしろヴァランタンのほうであったと言える。
となると、ヴァランタンがついにギョームへの復讐を実行に移す決断をした要因の一つには、自分よりもオクターヴが先に復讐を始めたことに対する複雑な感情もあったのではないかと考えられる。

オクターヴを動かしたヴァランタンと、ヴァランタンを動かしたオクターヴ

オクターヴはヴァランタンと関わるようになった後、オクターヴを案じる姉アンブルに「覚悟」を問う。これはヴァランタンとの劇場裏通りの一件を経てから俄に口にするようになった言葉であることから、「覚悟が無いならやめておけ」というヴァランタンの言葉をオクターヴが信じていることの表れと考えられる。ヴァランタンは確かにオクターヴに影響を与え、復讐へと駆り立てたのだ。立場が危うくなったことに対して「かえって好都合じゃないか、誰だって相手になってやる」と言い放っているのもヴァランタンの影響によるものだろう。ヴァランタンもまた、アナーキストという危うい立場に身を置く者だからだ。
一方で、ヴァランタンもまたオクターヴから影響を受けていたと言える。ヴァランタンはオクターヴに本心を問われたことで、自らの本心に従うこと、すなわちギョームへの復讐を果たすことを決断する。詳しくは後述するが、この言葉でもってオクターヴはヴァランタンを復讐へと駆り立てたようなものなのだ。

ヴァランタンに本心と向き合わせたオクターヴ

ヴァランタンは仲間であるシルヴァンが処刑されたことで「失うものがもう何も無い」状態に置かれることとなった。それはすなわち、もはやいつでも復讐を果たしても構わない状態になったということである。失うものがなければ、事を起こしても誰にも迷惑はかからない。
しかしそれだけでは「いつでも復讐を果たせる」状態にあるだけで、実際に復讐を果たす決断まで下せるとは限らない。そこから実際にヴァランタンが復讐を果たす決断をするに至った「ダメ押し」となったのが、オクターヴの「貴方は何が本心なんだ」という言葉であったように思うのだ。
この言葉により、ヴァランタンは自分の本心に向き合わざるを得なくなった。一度本心に向き合ってしまえば、もう無視はできなくなる。たとえそれに従えば命取りになると分かっていても、もはや逃れることはできないのだ。だからこそ「俺も試しに本心に従ってやろうか」という言葉が出てきたのだろう。この時点でヴァランタンは己が身に起きる全てを悟っていて、その上で復讐を実行に移す覚悟を決めたのかも知れない。

それぞれの孤独、それ故の共鳴

ヴァランタンがオクターヴに別れを告げる時、ヴァランタンは全てを失い天涯孤独の身だった。もとより家族は全て失っていたであろうが、恐らくこの時点では唯一の仲間となっていたであろうシルヴァンも失ってしまったのだ。その孤独は計り知れない。
一方でオクターヴも、この時点では既に多くの真実を知ってしまい、肉親だと信じていた姉アンブルが実は全く血の繋がりのない赤の他人であることも知ってしまっている。唯一の肉親である父オーギュストは既にこの世を去っているから、オクターヴもまた天涯孤独の身の上である。
オクターヴとヴァランタンは、共に肉親を全て失い、他者との繋がりもほぼ全て失っていたあまりにも孤独な者同士だったのだ。だからこそオクターヴが縋り付いたのはヴァランタンであり、ヴァランタンもそんなオクターヴを明確に拒絶はしなかったのだろう。孤独までも似通った二人は、まさしく共鳴し心を通わせたのだ。
二人ともその性格上、素直な言葉で語り合うことはできていない。しかしそれでも、お互いに相手の思いをきちんと汲み取っている。いくら皮肉めいた言葉を使おうが決して言い争いに発展せず、互いに影響を受け合っているところからも察せられるだろう。

オクターヴが見るヴァランタンの強さと、ヴァランタン自身が見る自らの弱さ

自らにまつわる真実を知り孤独に苛まれたオクターヴは、同じように孤独でもまるで意にも介していないかのようなヴァランタンに「俺は君みたいに強くはなれない」「どうしたら君たちみたいに強くなれるんだろうな」と呟いている。ヴァランタンの決して弱みを見せない気丈な姿は、不安定さの否めないオクターヴには強さとして映っているのだろう。
しかしヴァランタン自身は、そんな自分を強いとは思っていないかのようなところがある。この時オクターヴを前にしたヴァランタンにはそれまでのような覇気がなく、どこか哀しげで空っぽのようでさえある。皮肉めいた言葉や憎まれ口を叩いていないところからしても、シルヴァンという仲間を失ったヴァランタンの心が傷つき弱っていることは紛れもないのだ。無意識に表に出ずにいるだけで。
「君は余計なものを持ちすぎなんだ」とヴァランタンは言う。強くなりたいオクターヴへのアドバイスだが、その言葉は実のところヴァランタン自身にも向けられている節がある。ヴァランタンもまた「余計なもの」を持っている。「愛も情けも要らない」と言いながら、実際は関わる者達を護ろうとしていたのだから。
そして恐らくはそれ故に、何もかもを失ってしまった。全てを失ったのは自分の弱さ故であると、ヴァランタンは自覚していたかもしれない。

オクターヴの守護者としてのヴァランタン

だがそんな全てを失ったヴァランタンにも、まだ護ろうと思える者がいた。他でもない、オクターヴである。
既に触れた通り、オクターヴが不審な手紙で呼び出されたことを知ったヴァランタンは、シルヴァンを伴い手紙の送り主を探しに出向いている。その結果オクターヴによるブノワ殺害現場に居合わせ、恐らくはその一部始終を見守っていたものと思われる。
これはこの時点で既にヴァランタンが(シルヴァンのみならず)オクターヴをも護ろうとしていた故であると考えられる。手紙の件を知ったアンブルのただならぬ様子から、ヴァランタンはオクターヴに危険が迫っていることを察したのではないか。そしてオクターヴが呼び出された現場へと向かい、オクターヴに万が一のことがあれば助けるつもりで待機していたのではないだろうか。
もし「どうでもいい」存在であるならば、たとえオクターヴに危険が迫っていると分かったとしても放っておけばいいはずなのだ。万が一オクターヴが命を落としたとしても、ヴァランタンには何の関係もないわけだし、復讐に影響することもないはずなのだから。
しかしヴァランタンは放っておきはしなかった。それは単にヴァランタンが「世話焼き」だったからだけではあるまい。ヴァランタンにとってオクターヴは(アナーキスト仲間ではないが)そうやって護ろうと思うほどには「特別な」存在だったのである。

ヴァランタンがオクターヴを置いて去った理由

ヴァランタンが復讐を果たすためにオクターヴに別れを告げる時、同じ目的を持っているはずのオクターヴを復讐に同行させはしなかった。連れて行かないどころか目的すらも告げず、「君はやめておいたほうがいいかもしれないね」とだけ告げて一人去っていく。
それは恐らく、オクターヴを死なせないためだろう。自らの復讐に巻き込んでしまえば、オクターヴの身も無事では済まない。爆弾を持ち込んでいる以上最終的には(自分もろとも)爆破するつもりだっただろうから、オクターヴが居合わせていては彼ごと殺してしまうことになる。
しかし決行のその時、結局オクターヴはその場に居た。ギョーム殺害手段として爆弾ではなくナイフを選んだのは、(殺す前にギョームに苦痛を味わわせるためという理由もあるだろうが)オクターヴを巻き込まないように復讐を果たそうとしたからであるように思えてならない。
オクターヴとヴァランタンは共に孤独であるが故に拠り所を互いに求めたが、それでも二人は共に生きるという道を選ぶことはできなかった。関わった者全てを失うという経験を重ねているヴァランタンは、唯一心を通わせることができたからこそオクターヴを側に置き続けるわけにはいかなかったのだろう。自分のそばに居させては、オクターヴもまた命を落としてしまう。失うことになると分かっているだろうからだ。だからこそ復讐を果たすにあたりあえてオクターヴを遠ざけ、巻き込まないようにしていたのではないだろうか。

何故オクターヴはヴァランタンを殺したのか

この物語に初めて触れた時、最大の謎にして最も苦しかったのが「オクターヴがギョームではなくヴァランタンを殺した」という事実であった。一見、オクターヴにはヴァランタンを殺すべき理由など無いように思える。しかしギョームへの復讐の最中、突然何の理由もなく(本来復讐対象では無いはずの)ヴァランタンを殺すだろうか?
ここではその謎の解明を試みることにしたい。

一人ではなかった復讐

オクターヴに別れを告げたヴァランタンは、ただ一人ギョームの住まう屋敷へと足を踏み入れ、19年間抱き続けた本懐であるギョームへの復讐を遂げようとする。
そこにはオクターヴも居合わせてはいたが、最初にギョームに手を下したのはヴァランタンだ。前章で述べた通り、ヴァランタンは自身の復讐にオクターヴを付き合わせない(巻き込まない)つもりでいたと考えられる。
ヴァランタンは自分ひとりで復讐の決着をつけようとした。そして失敗してしまった。
ギョームの銃弾を受けてもなお刃を向け続けたのは、ヴァランタンの復讐があくまで孤独なものであること、自分ひとりで決着をつけるという固い意志があったことの現れだろう。ギョームを殺すまでは倒れるわけにはいかないのだ。
しかしギョームに殺しはしないと宣言され進退窮まったその瞬間、オクターヴがギョームへと(かつてヴァランタンが与えた)銃を突きつける。それを目にしたヴァランタンはまるで緊張の糸が切れたかのように崩れ落ちる……彼は知ったのだろう、「一人ではなかった」のだと。闇に堕ちているはずのヴァランタンの瞳がその瞬間ばかりは不思議と純粋に透き通っていたのが物語っている。この瞬間、まさにオクターヴはヴァランタンの復讐を引き継いだのだ。
銃創の痛みに苦しみながらもオクターヴの復讐を嗤いながら見守っていたのは、オクターヴが自分の代わりに復讐を果たしてくれていること、そして仇敵ギョームが身内であるはずのオクターヴに追い詰められていることに喜悦を感じていたのではないだろうか( もしヴァランタンがすべてを知っていたのであれば、オクターヴが本当は無意味な復讐を果たそうとしているという滑稽さも感じていたのではないか)。

もし、ヴァランタンが殺されなかったら

しかし、その後ギョームから父オーギュストの真相を知ったオクターヴは復讐の目的を見失い、仇敵であるはずのギョームではなく、復讐の後押しをしてくれたはずのヴァランタンを殺してしまう。一見すればオクターヴはヴァランタンを裏切った、恩を仇で返したともとれる行為だ。
しかし、もしあの場でオクターヴがヴァランタンを殺さなかったとしたらどうなるだろうか。
ギョームはヴァランタンを撃った後、「ここで殺しはしない」「死んでもらっては困る」「あのガキ(=シルヴァン)諸共ギロチンの裁きにかける」と言っている。つまり、ギョームの狙いはアナーキストたるヴァランタンを逮捕し処刑すること。
あのままヴァランタンが殺されずギョームも生き延びたとなれば、ヴァランタンに待っているのは逮捕そして処刑だろう。それはすなわち、ヴァランタンの父や同胞達が受けたのと同じ「汚辱」を受けてしまうということ。それはヴァランタンにとっては最悪の結末と言っていい。
だからこそ、ギョームが銃を下ろした時にヴァランタンはとてつもなく悔しそうな顔をしたのだろう。処刑という「汚辱」を受けるぐらいなら、この場で殺されたほうがよっぽどマシだからだ。

ヴァランタンがオクターヴに与えた救い

父オーギュストの真相を知り、自らの復讐の目的を見失ったオクターヴは救いを求める。「誰でもいいから俺に命じてくれよ」と。
その懇願に応えたのは、他でもないヴァランタンだ。「可哀相にな、過去に縛られたお前たちは一生この世を彷徨ってな」という言葉と共にギョームを撃つ。
これは「命じてくれよ」という懇願の後に行ったことだから、オクターヴの懇願に応えての「命令」と捉えることができる。何をどうすればいいのか分からなくなっていたオクターヴに、この言動でもって進むべき道を示したわけだ。それはオクターヴにとってはまさに「救い」となったことだろう。あの状況下でオクターヴの懇願に応えられるような人物は、それこそヴァランタンをおいて他にいない。
そして実際、ヴァランタンの「命令」を受けたオクターヴはそれに応え、ヴァランタンを撃つという選択をする。オクターヴは極限状態の最中、確かに自分の取るべき行動を悟ることができたのだ。

「過去に縛られたお前たちは一生この世を彷徨ってな」

オクターヴの懇願を受けたヴァランタンが、最後の力を振り絞って立ち上がりオクターヴ達に言い放ったこの言葉。
「過去に縛られた」とは、オクターヴやギョームをはじめヴァレリー家の者達がいつまでもオーギュストの亡霊に囚われた思考および言動をしていること。そして「一生この世を彷徨ってな」とは、オーギュストの亡霊に囚われた一家がこの先も永遠に復讐を繰り返すことを示唆しているように見受けられる。
さて実はこの言葉、下宿でオクターヴがジャコブから出生の秘密を明かされた時に告げられた言葉と酷似している。
この時ジャコブに「お前ら全員哀れな奴よの、いつまでも亡霊に囚われて」と言われたオクターヴは逆上している。この言葉はオクターヴにとっては許し難い、侮辱にも相当する言葉なのだ。
そしてヴァランタンはそれを知ってか知らずか、同様の言葉をオクターヴに言い放つ。オクターヴは侮辱されるのを嫌い逆上することを、ヴァランタンは知っている(劇場裏通りの場面より)。そしてこの言葉はオクターヴの「懇願」への回答であることから、ヴァランタンはあえてオクターヴを侮辱することでオクターヴに自身を殺させるよう仕向けた可能性が浮かび上がる。

オクターヴがヴァランタンに与えた救い

オクターヴは最終的にギョームではなくヴァランタンを殺した。それは良心が残っていたからだとか家族愛が勝ったからだとか言われがちだが、私はそうではないと考えている。
先述の通り、ギョームに撃たれ瀕死のヴァランタンはこのまま生き続けても処刑という「汚辱」が待っているのみだ。そうなることをヴァランタンは決して望んではいない。ヴァランタンからしたら、この場で死ぬほうがはるかにマシなのだ。
しかしギョームはヴァランタンを殺さない選択をしており、アンブル・クロエ・ミッシェル・エルミーヌにはヴァランタンを殺す手段も理由もない。つまりこの場において、ヴァランタンを死なせることが可能なのはオクターヴただ一人と言っていい。
ヴァランタンの「命令」を受けたオクターヴは、ギョームを撃つヴァランタンにしっかりと狙いを定めて撃った。ヴァランタンは確かにオクターヴを逆上させるような侮辱的な言葉を吐いた上にギョームを撃ちもしたが、もしオクターヴがただ単にそれに逆上して衝動的にヴァランタンを撃っただけであれば、あのようにしっかり狙いを定める暇などなかっただろうし、何より撃ち殺した後にヴァランタンの死んだ場所を呆然と見つめて涙を零すことなどなかっただろう。
つまり、オクターヴはあえてヴァランタンを殺すことで、ヴァランタンが処刑されてしまう(=「汚辱」を受けてしまう)運命を回避させたと考えられる。さらに言えば、死を与えることで瀕死のヴァランタンがこれ以上痛みに苦しまなくてもいいように解放させた、楽にさせたとも捉えられよう。
ヴァランタンが自らそう仕向けた節があるとはいえ、これはオクターヴがヴァランタンに与えた救いではなかろうか。そして殺した後に零した涙は、こんな形でしか救えなかったことへの後悔と哀しみの表れではないだろうか。

死という名の救済と生かされるという報復

さて結果的にヴァランタンは殺され、ギョームは生き延びた。表面上は、オクターヴはアナーキスト(ヴァランタン)から警視総監(ギョーム)を護ったことになる。警視総監を救った英雄とでも持て囃されそうな話だ。
しかしこれは、オクターヴはギョームを選びヴァランタンを切り捨てたということになるのだろうか?
私が思うに、それは否だ。むしろ、オクターヴはヴァランタンを救いギョームを苦しめる道を選んだのではないかと考える。
ギョームに撃たれ瀕死の重傷を負ったヴァランタンは、処刑よりもその場で死ぬことを望んだ。そしてギョームも、かつてオクターヴの父オーギュストを殺した報いとしてオクターヴの復讐を受け入れ、オクターヴに殺されることを望んだ(ギョームはヴァランタンの襲撃には抵抗するがオクターヴの復讐には抵抗していない)。
つまり、あの場には死を望む者、オクターヴに殺されることを望んだ者が二人いたのだ。
しかしオクターヴが殺したのはヴァランタンだけだった。処刑という汚辱を待つのみだったヴァランタンは死という救済を与えられ、一方でオクターヴによる死を望んだギョームは望み通りに殺されることはなく、重傷を負わされた上に生き延びることとなった。
果たしてこの状況で、ギョームは「オクターヴに救われた」と考えるだろうか?
むしろ、「オクターヴに生かされてしまった」と認識している可能性はないだろうか?

殺すことだけが「復讐」なのか

生き延びたギョームは今後どうなるだろうか?
アナーキスト狩りに執念を燃やす警視総監ギョームは、ヴァランタンはじめアナーキスト達の宿敵である。アナーキスト達との戦いはこれからも続くだろう。
それに新年を迎えた下宿で傘売りバルテルミーが指摘している通り、ヴァランタン(とシルヴァン)の死を知った他のアナーキストが、彼らの仇を討つべく新たに復讐者となってギョームの命を狙うことも考えられるだろう。
オクターヴとヴァランタンによる復讐は終わったが、ギョームはこれからもアナーキスト達と戦い、再び命を狙われる危険に晒されなければならないのだ。
それは単純に復讐による死を与えられることより、よほど苦しいことなのではないか?
死ねたら終わるはずだったのに、死ねないから終われない。直接的な復讐が終わっても、その対象であり原因であったギョームは永遠にその報いを受け苦しみ続けなければならない。
オクターヴはギョームを生かしたことで、生きて苦しみを味わわせるという「復讐」を果たしたともいえるのではないか。
死は救いでもあり、殺すことは苦しみから解放することでもある。だとしたら、「生かす」ことこそ罪悪感に苛ませ大きな苦痛を与える効果的な「復讐」ではないだろうか。「生きて償え」という言葉があるように。

ヴァランタン殺害=「復讐者としてのオクターヴ」の抹殺

さて、オクターヴとヴァランタンは似た者同士であり、ヴァランタンは「もう一人のオクターヴ」ともいえる存在であることは前章で述べた通りである。
ヴァランタンはオクターヴに本心を問われたことをきっかけに、19年間抱き続けたギョームへの復讐心を実行に移す。そしてオクターヴは実際に復讐を実行したヴァランタンを見て自らも復讐を実行に移す。
つまりギョームへの復讐はオクターヴとヴァランタンの共同作業であり、この段階において二人は共に「復讐者」であった。
しかしオクターヴはやがて自らの復讐の目的を見失ってしまう。一方、ヴァランタンの目的は最後まで変わらない(ヴァレリー家の問題はヴァランタンには全く無関係である)。ヴァランタンにとっては一貫して「仇敵ギョームを殺す」ことが復讐劇の終幕を意味する。
つまり共に復讐者であったはずのオクターヴとヴァランタンは、「復讐者ではなくなった」オクターヴと「復讐者」ヴァランタンに分かたれてしまったのだ。
ヴァランタンを「もう一人のオクターヴ」とみなすならば、この時点でのヴァランタンは本来のオクターヴからは遊離した「復讐者としてのオクターヴ」という側面を持つことになる。
さて、この状態からオクターヴが復讐を終わらせるにはどうすればいいか。
答えは簡単だ。「復讐者」を抹殺すればいい。復讐する者が居なくなれば、自動的に(この場における)復讐は終わる。
復讐者ではなくなったオクターヴは復讐者ヴァランタンを殺した。ヴァランタンを「復讐者としてのオクターヴ」とみなすならば、オクターヴは自ら「復讐者」としての自分を葬ったことになる。それはつまりオクターヴ自らの中にある「復讐者という人格」の死であり、オクターヴが復讐を終わらせ復讐心を完全に捨てることを意味するのである。

復讐者たちが救われる唯一の最適解

オクターヴとヴァランタンによるギョームへの復讐は、オクターヴがヴァランタンを殺すという結末で終わりを迎えた。
オクターヴは復讐について「俺が始めたんだから、俺が終わらせよう」と言った。オクターヴはギョームではなくヴァランタンを殺すという形ではあったが、確かに復讐を終わらせた。
一方でヴァランタンもまた、オクターヴに殺されることで19年間に及ぶ復讐を終えることができた。オクターヴの影響を受けたとはいえ、ヴァランタンもまた自ら復讐を始め、そして終わらせた。自らの死をもって。
復讐の目的を見失ったオクターヴは、ヴァランタンによって自分が取るべき行動を見出した。そしてヴァランタンの「命令」に従いヴァランタンを殺し、復讐を終わらせた。ヴァランタンを犠牲にしてしまったとはいえ、この事実はオクターヴにとっては救いとなったことだろう。
一方でヴァランタンは復讐に失敗して重傷を負い処刑を待つ身となったが、オクターヴに殺されることで苦痛からも処刑という汚辱からも逃れることができた。どのみちヴァランタンに待っていた運命は死であったのだから、同じ目的を持ち心を通わせたこともあるオクターヴによって死を与えられたことは救いになったのではないか。
何故オクターヴはヴァランタンを殺したのか。それは、同じ復讐に手を染めた二人がともに救われるためにはこうするしかなかった、これが最適解だったからではないだろうか。もっともこれがベストの解とは言えないだろうが。

オクターヴとヴァランタンの魂の繋がり

復讐を終えたオクターヴは、姉であり共犯者であるアンブルと共に旅立つ。その表情は、まるで何かが抜け落ちたような、何かを失ったようなものにも感じられる。
オクターヴが失ったものと言えば、まずはギョーム達への復讐心。そして、その復讐心に火をつけさせ、共に復讐を実行し、孤独や痛みを共有しつつも最後は自らの手で殺めた男ヴァランタンである。
オクターヴとヴァランタンは同じ境遇にあり同じ痛みや孤独を抱えた「似た者同士」、お互いが「もう一人の自分」といえるような存在といえる。そんなヴァランタンを失ったことは、オクターヴにとってはいわば半身を失ったようなものだったのではないだろうか。失ったことを簡単には忘れたり埋め合わせたりできないような、そんな欠落をオクターヴは抱えて生きていくように思えるのだ。
オクターヴとヴァランタンはいわゆる「ソウルメイト」と呼ばれる関係にあったのではないだろうか。パートナーであったりライバルであったり、敵であったり味方であったりと様々な関係性を取るが、総じて「魂レベルで繋がっている」関係性にある二人を指す言葉。それがソウルメイトである。オクターヴとヴァランタンは、お互いに魂が共鳴するような、出会うべくして出会った二人だったと思えてならない。

余談:オクターヴとヴァランタン、永久輝せあと聖乃あすか

「冬霞の巴里」はオリジナル作品であることから、その登場人物は演者への当て書きであろうことが考えられる。つまりオクターヴは永久輝せあさんへの、ヴァランタンは聖乃あすかさんへの当て書きとして作られた人物とみることができる。
オクターヴとヴァランタンは同じ「復讐」を志す「似た者同士」であり、それぞれの生き方を経た末にヴァランタンの住まう巴里で出会い、共に復讐を果たそうとする。そんな両者の在り方は、あたかも今の永久輝さんと聖乃さんに重なるように感じられる。
永久輝さんはかつて雪組の御曹司として、聖乃さんは花組の御曹司として成長してきた。そして永久輝さんは花組へ組替えとなり、聖乃さんと出会うこととなった。共に真飛聖さんに憧れている等共通点の多い二人は、今は共に花組の未来を担う存在として切磋琢磨を続けている。
オクターヴとヴァランタンは、永久輝せあさんと聖乃あすかさんという二人の男役を「冬霞の巴里」の世界観にそのまま落とし込んだものであるように思えてならない(そのおかげで随分と物騒な関係性にはなったが)。単なる当て書きというだけに留まらない符合があるように感じられるのだ。オクターヴとヴァランタンに魂の繋がりがあるということも含めて。
いずれにせよ、オクターヴとヴァランタンとして生き抜いた二人の将来がますます楽しみになるような、そんな物語であった。「冬霞の巴里」は。

おわりに

随分と長々と語ってきたが(恐らくこの時点で17000字は超えている)、それでもヴァランタンにまつわる全てを語り尽くせた気はあまりしていない。きっとまだまだヴァランタンについて気づくべきことがあるように思えるのだ。だからもしかしたら、今後さりげなく加筆することもあるかも知れない。
もうじき大千秋楽から一ヶ月が経つが、ヴァランタンの面影は脳裏を離れないし、ヴァランタンを演じた聖乃さんの鬼気迫るお芝居も心に深く刻み込まれたまま消えることがない(本当にものすごかったのだが語ると永遠に終わらないので割愛するが)。恐らくこの先もずっと、「冬霞の巴里」とそこに生きたヴァランタンの記憶は霞むことなく留まり続けるのだろう。忘れたくないとさえ思う。このような公演を作ってくださった演出の指田先生、花組生やスタッフの皆さんには本当に感謝しかない。
個人的には永久輝さんと聖乃さんという組み合わせがとにかく大好きなので、まるでその前提であったかのような二人の役どころは非常に嬉しかったし、フィナーレでは二人が組んでタンゴを踊っていて大興奮だったのは言うまでもない。またお芝居でもショーでも二人の絡みが見たいなと切に願う。相性はとてつもなく良いのだから。
6月末に円盤発売が決定しているので、観劇が叶わなかった人は是非円盤で観ていただきたい。花組の未来を担う二人の魅力と凄まじさが多くの人たちに知られることを願う。
──願わくばもう一度、ヴァランタンに逢いたい。

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