見出し画像

ターゲット理解を深めるために、デプス調査への投資って本当に必要?

◆この記事の問いについて

日々、ブランドマーケティング戦略のプランニングに携わっている身として最近考えることは「ターゲットインサイトを発見するためのデプス調査はお金をかけて実施する必要があるのか」ということだ。

ブランドの本質的な価値を享受するLTVの高いターゲットは、どんなジョブを達成したいひとで、どんな価値観を持っているひとであるのかは、もちろん解像度高く定義する必要がある。

それを専門領域である調査会社に依頼をすると、1グループにつきN3〜5名は必要のため、仮に、成功者(対象となるブランドや商品を買い続けてくれているひと)/競合利用者/獲得したい新規ターゲットに聞きたいとなると、大体いつも9名〜15名にデプス調査を行うことになり、概算300万円〜500万円の投資が発生する。

投資体力があって関わるステークホルダーが多い会社だと、合理的な判断をするための納得度の高いファクトデータが必要となり、調査会社に実査を依頼することが多い。しかし、投資体力が少なく、スピード感をもってPDCAを回す文化の会社は、お金も時間もかかる調査を都度実施することは難しい。

これは分かりきった事情なので、そもそも投資体力があろうとなかろうとそのブランドが勝つための戦略を導くために、数百万円の投資をしてでも調査会社でデプス調査を実施する必要があるのかについて、都度冷静に判断することも重要ではないかということを考えたい。というのがこの記事の問いである。
(全く必要ないと言いたいわけではなく、ターゲット理解をするためにすぐ調査しようにならないようにしたいということ)

なぜなら、人口が減っていくことが分かりきってるなら、ブランドはとにかく競合が模倣できない独自の資源は何で、その資源から提供できる本質的な価値は何で、というのを徹底的に研ぎ澄ませて定義をし【1】、その価値を享受しつづけてくれるLTVの高いターゲットの解像度を高く把握し【2】、そのターゲットの心を動かすコミュニケーション【3】ができれば勝てる。と思うからだ。

人口が減っていくということは、今の人口がMAXになるため、そのうえでお金と時間の奪いあいをするというのが前提となる。

だからこそ、【1】の作業がとても重要であり、【1】の時点でそのブランドが勝てる戦略になっていれば、【2】は自ずと見えてくる。その仮説をもって、ターゲットに該当するであろう周囲の人にインタビューを行い、ターゲットのインサイトを発見することができれば、現状の認識からどんな認識変容を起こすための知覚刺激が必要であるかのコミュニケーションの仮説【3】も見出すことができる。

前提として、戦略とは仮説検証を繰り返していくものなので、仮説ができれば実行検証することができ、その検証を繰り返すことで、ROIを高めていくためにやらないことを決めていく。これが戦略を定義するということである。

ただし、専門家にお願いをせずに自分たちで行うためには、ターゲットのジョブとインサイトを発見するロジックの理解と、インタビュー中や分析する際の観察力・洞察力スキルが一定必要なため、得意なひとにやってもらうのがおすすめです。

ここから先は、【1】【2】【3】を具体的にどのような考え方や視点をもって行うかについて私なりの考えを説明します。

【1】 ブランド・商品の独自資源と、本質的な提供価値を定義する

Step1)ブランド視点で捉える▶︎ブランド・商品の競合が模倣できない独自資源

これを考える際に、日経ビジネスでの森岡さんが仰っていることにとても共感する。

競合が模倣できないそのブランド独自の資源は機能だけではない。知財のような無形資産にも着目すべきであるということ。もちろん、特許を取得しているような機能やテクノロジーは模倣されないためそれが強みになるが、

どのブランドの商品やサービスを使っても機能は優れているため、いち生活者として普段生活するなかで大きな差を感じることはほぼないのではないだろうか。また、相対比較ができないものも多い。それをブランドのビジネスに置き換えてみると、自社の商品やサービスを選んでもらうことが本当に大変である。だからこそ、自社の商品やサービスを生み出す背景となった、創業者の想いやブランドの歴史、培ってきた知識やノウハウなど、ブランドがもつ「哲学」のなかにヒントがあると私は思う。

これが、ブランドマーケティングの基本的な考え方でもある。市場をセグメントして空いている市場を狙って競合と差別化していく考え方は、人口が増えつづけ、生活者が差を感じることができるくらいの機能やテクノロジーを提供できる前提の世界での話だ。

Step2)生活者視点で捉える▶︎ブランド・商品の競合が模倣できない独自資源

ブランド視点で独自資源を捉えると同時に、生活者視点で独自資源を捉えることも重要である。

その際に行う手法のひとつが「成功者分析」。
誰を成功者と捉えるかはそのブランドのビジネスモデルによって変わるが、前提として、ブランドターゲットとは、ブランドの便益を享受するLTVが高い人(継続的に買い続けてくれるひと)と捉える。
よって、既に継続的に買い続けてくれているひと/継続意向があるひと/購入経験はあるが継続意向がないひととの差分をみながら、なぜそのブランドの商品じゃなきゃダメなのかの成功要因を生活者視点で捉えることができる。
分析する際に重要な視点としては、「より良い理由」ではなく「じゃなきゃダメな理由」を見つけること。

成功者分析については自社で抱えている顧客データや口コミで分析することができなければ、調査会社に依頼するしかない。ただ、そうなると今度は、調査パネルから出現するかという懸念が出てくる。こういった意味でいかに自社顧客データを抱えているか、日頃から共犯者になってくれるファンコミュニティを形成できているかというのが重要だ。
※新ブランドや成功者が少ないブランドについては、Step1・3を踏まえ【2】を導きだす

Step3)独自資源をもとに、本質的な提供価値を定義する

これも先ほどの森岡さんの記事で触れていたが、提供価値=生活者が受け取る便益について、目に見える変化や手段を価値と捉えられていることが多いように思う。

私たちが日々購入している商品や体験しているサービス・コトは、私たちが達成したいジョブを解決するための手段でしかない。

仕事ができるひとだと思われたい(ジョブ)からオーダーメイドのスーツを着たり(手段)、リラックスしたい(ジョブ)から温泉に行く(手段)。

その上で、どのようにすれば「仕事ができるひとだと思われる」のか、どんな体験をすれば「リラックスできると感じる」のかは、その人それぞれのその時の状況と価値観から判断される。

そのため、競合が模倣できない独自の資源からうまれた商品やサービスを体験した先の、何を達成できるのか、感じられるのか、なぜそれは競合ブランドでは達成できないのか、感じられないのか…まで捉えるのが、本質的な価値を捉える際に重要になる。

【2】 LTVの高いターゲットを捉える

前提として、ブランドターゲットとは、商品を買ってくれる人ではない。本質的な価値(便益)を享受しつづけてくれるLTVの高い人である。

その捉え方として【1】でも少し出てきたが、ターゲットのジョブ・状況・価値観を捉える。

ジョブとは「生活者が達成したいこと(理想)」であり、「手段(モノ・サービス)を雇用する理由」である。

達成したいジョブ(こんな人でありたい、思われたいといった理想)に対し、達成できていない現在の状況(こんな状況だから、仕方なくこうしてるなど)があるから、手段を雇用する動機がうまれる。そのうえで、こんな社会背景に生まれ、こんな家庭環境や教育環境で育ったため、こんな価値観を持っている。だからわたしにとって、仕事ができるひととはこういうことだし、わたしにとってのリラックスとは、こういう状況でこういう気持ちになるときだ。だから、ジョブを達成するために、このブランドの商品じゃなきゃダメなんだ。

イメージはこんな感じで、
まとめると、ターゲットを理解するために必要な情報は以下の通りとなる。

例:車

<手段を雇用する理由を知るために>
① 達成したいジョブ(どんな人でありたい、思われたいかなど)
② 現在の状況(満たされていないこと、諦めてしまっていること)

<価値観を知るために>
③ 価値観が形成された背景となる要素(家庭環境、教育環境など)
④ 価値観(仕事ができるひとってどんな人?その理由など)

ここで、「インサイト」という言葉が出てきたが、「インサイト」とは生活者自身も自覚していない欲望の暗黙知である。つまり、インタビューをしてもその人からインサイトが出てくる訳ではないため、こちらから発見する必要があり、そのための質問が①〜④となる。ここでのポイントは該当するカテゴリ(車)に関することだけを聞くのではなく、その人自身を見にいくことである。なぜなら、人の価値観は社会のシステムや環境の変化によって形成されているからだ。

◆問いに対する、現時点での私なりの考え

ここまで書いたように、ターゲットの捉え方を頭に入れておきながら【1】のプロセスを徹底的に行うことで、ブランドが狙うべきターゲットの仮説は立てられる。さらに、そのターゲットに該当するであろう周囲のひとにインタビューを行い、インサイトを発見することができれば、【3】の仮説をつくることができる。

やはりインタビューをしても、なぜそのブランドの商品やサービスを選択し購入したかについてそのときの気持ちを説明することは難しく、後から考え思いついた理由しか答えられない。
そもそもその商品カテゴリの買われ方が分からない場合は有用な情報になるが、「なんか良いなと思った」「楽しいと思った」という気持ちは、本能的・感覚的にうまれている感情のため、デプス調査という形式でロジカルにインサイトを発見するには限界がある。
であれば、はじめからシャープな戦略仮説を立てつつ、実際に自分が体験をしてみたり、成功者に聞いてみたりと、本能的にブランドの価値をつかむことが重要だと思う。それが、戦略を立てる責任者としての「この戦略なら勝てる」という自信にもつながるだろう。

故に、ターゲットの理解を深めるために、必ずしも確かなファクトデータをもった分析が必要という考えから、状況に応じて本当に必要であるか、一度思考をめぐらせてみてほしい。

お金と時間は、事業にとっても私たちにとっても、有限で貴重な資源である。


※ここから下はおまけ※
問いに対して関わるプロセスは主に【1】【2】だったので、【3】はおまけとして参考程度に見ていただければと思います。

【3】 ターゲットの心を動かすコミュニケーションとは

発見したインサイトをコミュニケーションを通して伝えることができれば、ターゲットである生活者に気づきを与えることができ、そうそう私はそれが欲しかったんだと気づくことで、心を動かすことができる。気づきを与えることができなければ、もしくは、ターゲットの価値観に共感されるコミュニケーションができていなければ、人の心は動かない。


個人的に好きなのが、このマクドナルドのCM。

いい父親でありたい(理想)から、子供が話ししかけてきたらなるべく応えたい(価値観)。でも、疲れがたまっている(現状)。そんなお父さんに対して、子供の相手をすることだけが良い父親じゃない。子供が好きなマックのハッピーセットを食べている時間に、自分も好きなこと(ゆっくりコーヒーをのむ)をしながら一緒の時間を過ごすことだけでも、良い父親であるといった、マクドナルドだからこその解決策を提案している。

いい父親でいるために、普段子供と一緒にいる時間が少ないからこそ、一緒にいるときくらい全力で子供の相手をしたいと思っているといったジョブと価値観、けど日頃の疲れがたまっているといった現状を捉えた上で、マクドナルドならではの解決策を提案することで、ターゲットであるお父さんは「これなら子供にとっても嬉しいし、普段の生活のなかですぐに取り入れられる(ママにも怒られなさそう)。自分の気持ちを分かってくれてありがとう」という気持ちがうまれるのではないか。

理想と現実のギャップを埋める解決策を提案しているだけではなく、自分の気持ちに寄り添ってくれたり、代弁してくれた上で、マクドナルドだからこその解決策を提案してくれたということが伝わったことで、ブランドに対する愛着もうまれている。

LTVが高いとは、売上に貢献する継続利用期間や金額だけではなく、ブランドに対する愛着・信頼などの心理的要素も必要だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?