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4. 蚊よ

蚊よ

亜熱帯の昼下がり
緑華やかな公園の木陰で少女が風を見ている
高価で手の届かない人形のように奇麗な顔で澄まし

だがスカートから伸びる整った足の膝から下は
蚊に刺されて掻きむしった跡でいっぱい
まだ生々しく赤い膨らみや
かさぶたが剥がれ薄桃色にむき出した傷跡
オレンジ色のダリアみたいな笑顔の向こうに
痒みに耐えかねる少女の悶える姿が揺らぐ

知らぬ間に一匹の蚊が私の腕で血を吸う
意志を持つ糸のような長い両手足で
ピンと腕立て伏せをするように
私は迷わず素手で勢い良く追い払う
指先を見ると吸われたばかりの血にまみれ
ぺったりへばりついている蚊の死骸
私はただ早く手を洗いたい 罪悪感もなく

蚊よ 
いったいキミは何ものか
かつての将軍のような無慈悲さが
自分にもあるかも知れないと思わされる 
せめて痒みという産物を残さないでくれたなら

輝く太陽の公明な優しさに守られ
少女の足を不憫に思いながら
彼女の美も完璧ではありえないと
心のどこかでほっとする私の
老いに向かうだけの人間の 
悲しさよ

痛みも感情もなく
産まれて生きて死ぬ
短い命の 
蚊よ

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