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【詩】後ろ姿

後ろ姿

雪花の早朝
いつものようにしわがれた掌が
かじかみにやっと逆らいながら半分開き
線香の灯にひらひらと風を送っていた

また少し小さくなった気がする祖母の後ろ姿
正座して上を向いた足の裏は
随分と軽くなった体重に
重力が他より余計にのしかかっている感じで
皮膚が縒れ
硬そうな白っぽい踵が
何かを主張するかのように
ほんの少し赤みに染まっていた
一度しっかりと正面を向いた頭は
やがて合わせた手に引っ張られるように垂れ
背中がさらに丸くなった

祖母は黙って語る
三十年前に先立った祖父に
毎朝欠かさず語り続けている

ふとよぎる子供の頃の自分
私はこんな朝
学校で友達と遊ぶのも待てず
起き抜けに庭に出て
妹達と雪礫を投げ合ってははしゃいでいた
祖父が逝ってしまってから何年も経っていなかったあの時分
祖母はこんなに長い時間
じっと動かぬ後ろ姿を見せていただろうか
しんしんと雪音が目に響く静寂
今 私はあの頃の無邪気さもなく
ただ寒さから逃れたい
身震いがして思わず両手を擦ると
祖母が首だけ振り向いた
限りない優しさをたたえた微笑みで
私に朝の挨拶を投げかける

私は終わりの足音が聞こえそうな不安から
ふうっと解かれた
変わらぬ日常の始まり
ありふれた至福の瞬間が幾度となく訪れてくれる日々
私は立ったまま思わず祈った
「同じ朝をもっともっと下さい」と

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