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【詩】自由

自由

陽光と土埃に汗ばむ空気が
昼下がりに捩れている
寒天を通して透かし見るような
コルカタ郊外の住宅街
豪邸の門で生真面目に番をする
いつもの男の姿が見えない
留守宅の敷地内は静けさが満ちる

あるじの趣味は魚釣り
色とりどりの亜熱帯植物がまどろむ庭園に
大きな丸い池が佇んでいる
橙色のさざ波の下で
大河から連れ出された魚たちがうごめく
釣られては戻され あるいは食され
あるじの気紛れに翻弄される
奇縁な運水に潜った同居者たちがうごめく
葬れない悲しみのように

敷地の隅には門番一家のささやかな家
家族は妻と幼い少年
あるじは妻をメイドとして雇い
少年に必要な全てと小間使いの仕事を与える

光の微塵が惜しみなく降り注がれる中
少し猫背の少年が ひとり
池の周囲を一心に走り回っている
あるじのいない時間のはざまで
終わらないしりとりにすがるように
あらゆる人生に似た束の間の自由を走る
あらゆる心に似た無限の自由を走る

水面に白い睡蓮の花びらが 
一枚ほろっと舞い落ちる
微かな音さえ届けず波紋の輪が広がっていく

門番の家で人影が揺れる
罪悪感に縛られない怠慢の気配がうごめく
葬れない喜びのように

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