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【詩】ユートピア

ユートピア

薄暗い雨の朝
理由のない倦怠の手前に灯した蛍光灯
細かい空気がふつふつと垂れている 
37兆個の細胞ひとつひとつに染み込んでは
内部でさらに小さく分かれて引っ張り合う
布地に染みては通過する血のように
ある一定の律儀さで
涼しい風の表面だけが朝であることを誇示し
見慣れたあらゆる動きがのろのろと
慌ただしさを差し置く

眠りに満ち足りた身体は
早すぎた目覚めに不満を漏らさず
まだ明け暗れの気配に浸る朝の余裕を
持て余しもしない
重力を引き立たせる草臥の目前で
洗い晒した時間
あっけらかんと身軽で爽やかな

特別なことは何もない 
良くも悪くもない 
起き抜けの胸を襲う感情はない 
あらゆる心緒が他人事のようにどこかで潜み
ただモノトーンで呆然としている 

表裏にある愛と悲しみの真ん中で
身体がニュートラルに痺れている
快と不快の直前は同じゾーンに属し
破れることのない透明な風船の中身ように
そこから出ないでいる
風船が海中を泳いで行くが如く 
細胞が浮遊しはじめる 
どこかへまっすぐと 
空白をどこまでも 

外では雨がざわついている 
記憶のない頃から何度も過ごしてきた
身体が覚えた空気の感触 
よそよそしく泡立つ肌
魂と肉体の同居に
微妙で心地良い違和感が生じ
見えないものの確かな気配を感じながら
真っ白な脳裏に視点が止まっている
思い出したような瞬きで目を閉じれば
色あせた紫陽花だらけの森

未来は永遠に見えない終わりまで
淡々と横たわる時の道
過去は陶酔も苦味も忘れ
ただ過ぎ去った時の残骸としてそこにある
銀幕の向こうの白黒

何にもすがる必要はなく
煩悩の愉悦で満たされていたかった自分が消える
天から降り注ぐ不変の喜びに
苦を紛らわせるための
二束三文な楽しさの助けはもういらない

いつかこの幸せがずっと続く時が来るのだろう
だから私は生きるのだ
どろどろにひつこく
生き抜くのだ

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