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一緒にはじめるデザイン思考〜デザイン思考型ワークショップの課題と展望〜

こんにちは。デジタル領域でデザイナーしてほぼ20年。moritomoです。
今、IBMの新しく立ち上がった部門でデザイナーをしているのですが、その中身が共創(Co-design)、参加型デザイン思考の実践ワークショップ(以下WS)によって企業のお客様の課題の特定やその解決に適したテクノロジーのご提案、MVPに繋げる取り組みを行う仕事だったりするので今回はそのあたりに関して溜まってきた個人的な見解を少し共有させて頂きます。
IBMのデザイン思考における基本の流れではスタートアップやベンチャーなどのボトムアップでビジネスチャンスを生み出す方法だけではなく、大きな組織構造になっている企業でもその実践を可能にする組み立てを行なっています。私の所属するチームのデザイナーは全員、元々人間中心設計(以降HCD)やUXに従事してきた経験に加え、IBMの研修を(がっつりと…)経てこれらのサービスをご提供しているわけですが、ワークショップ毎に出てくる多種多様な課題と向き合い、大きな効果をお客様にお届けする為にはより幅広く柔軟な視点が必要と感じています。

その為、デザイン思考や参加型デザインなど、今までの社会が共創に至るまでの流れと意味を見直し、特徴、課題を洗い出しながら、改善に向けた考察を行い、社内で展開してきました。
今回の共有はそういったものをまとめ直したものになります。

社内でデザイン思考導入、ワークショップ実践を検討している企業の方、ファシリテーションで悩んでいる方、デザイナーの皆様にもこのnoteが何かのお役に立てれば幸いです。

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Workshopの発生

ワークショップが先にあった

共創とワークショップを併せて考える場合、ワークショップがそもそもどんなものであるかを理解する必要があるかと思います。この観点に関しては、高田研さんのワークショップの系図を見るとわかりやすいです。これは中野民夫さんの岩波新書『ワークショップ―新しい学びと創造の場』で確認ができます。
この一部と言うか、起源の部分のみ私がピックアップして解釈、作成したものがこちらです。

ワークショップの系統 演劇・まちづくり・識字教育・Tグループ・エンカウンターグループ ワークショップの系図 高田研(1996)の分類を基に作成

ここに分類されているもの以外でも、今では参加型実践による経験習得の全てをWSと読んでいる気もします。とにかく、こうやってみるとWSの幅の広さと奥深さがわかるわけですが、それ故に正直掴みどころのなさも感じてしまう気がします。
さらに、演劇やエンカウンターグループを調べ出すとなんだか特殊な技能や専門知識が必要に感じるかもしれません(私はそう感じています。)。
実際、WSやブレインストーミングなどの冒頭、アイスブレイクという形で行われる得体の知れないアクティビティに謎の違和感を感じながら苦笑いして付き合った記憶の一つや二つ、社会人の方はお持ちではないでしょうか?

宣言しておきますが、わたしには理由の分かりづらいアクティビティや人のメンタリティに触れる様な活動で最後に何かの奇跡を起こす力など微塵もありません。

もちろんアイスブレイクではこれらの実施自体が緊張をほぐし心理的な距離を近づけWSの有効化を促進するわけですが、そこに過剰な期待をぜずとも一定の手順を踏む事で新規事業検討、プロダクト開発、アプリケーション導入などを目指しその効果を着実に得ていく事は可能だと思っています。
(個人的には、日本人は過剰なアイスブレイクによって心理的距離がより離れる人もいるので、むしろその辺は程々がいいと考えています。)

そして、そのために学ぶステップとしてわかりやすいのは、課題が自己の外側(社会、共同体、プロダクト、サービスなど)にあり、特殊な才能を前提としない人間が個々の知見を持ち寄り、検討し合う事で新たなものを生み出す推進力や発想を得る事を目指す、まちづくり系のWSかなと思っています。

ワークショップの分類 ワークショップの分類 中野民夫(2001)より参照(一部改変)

そこで、ここからはWSの基本とまちづくり系WSの特徴や効果を考えていきたいと思います。

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WSの特徴と特徴と効果

特徴

まずワークショップの前提を中野民夫氏の著書で引用されているパウロ・フレイレの〈ワークショップ〉批判 ―ファシリテーターは教育者か― 中原澪佳著から確認したいと思います。

「ワークショップは、一方向的な知識伝達の形式ではない新しい学びのスタイルであり、「主体的」「協同的」「能動的」「参加」といった多くの共通点がある。」

中野民夫著『ワークショップ― 新しい学びと創造の場― 』よりワークショップとは主体的、協働的、能動的、参加。『パウロ・フレイレの〈ワークショップ〉批判 ―ファシリテーターは教育者か― 』中原澪佳より

この点はIBMでも、みんなで発言しようとか、Yes andで考える、忖度しないなどと言うニュアンスで参加いただく皆様にまず最初にお伝えするところですし、共創的な活動に取り組んでいる方やスタートアップでは割と共通認識と言える特徴なのではないかと思います。

次にまちづくりWSの組み立てを確認してみましょう。
画像はまちづくりWSの流れが分かりやすく紹介されている書籍、資料から主に基本の流れだろうと思える部分を引用してきたものです。

まちづくり系WSの基本的な流れの比較

それぞれの資料から大まかに共通項など整理して、押さえておきたいと思ったところを並べてみたら下記のような流れになりました。

(1)事前調査(歴史理解、現状理解、認識理解など)
(2)WS事前準備(事前調査に基づく適した開催方法の検討、参加者の検討など)
(3)参加型調査(参加者の理解、意識を深める調査形式のWSなど)
(4)テーマ決め
(5)アイディア出し
(6)アイディア評価
(7)実験または実行計画
(8)実験または実行計画の評価
(9)実施・展開
(10)実施内容評価
※順番は状況により変動

これらのステップをそのまちの住民が参加可能な仕組みで準備し、気候、風土、産品、歴史などのまちにある価値を相互に再確認した上で、その活かし方として決まった内容を実施する、又はしっかりと実施過程に入り理解するようにしながら、「ヒト・モノ・カネ」のフィジビリティを確保し、内発的な発展構造をつくっていくというのがまちづくり系WSの基本的な考え方なのではないかと思います。

まちの価値と ヒト・モノ・カネ
※ここではまちの魅力として取り上げる対象とそれを維持運営する為のヒトモノカネを分けて記載しています。関係人口という概念もありますが住民以外のファシリテーター側でもない人で初期からWSに入ることは多くはないと思うので省いて考えています。

因みに、昔一時期まちづくりが外発的な発展に依存した結果、多くの問題が出た事は専門ではないのでここでは触れませんが、それを経て外への丸投げではなく自分達で出来る事を大切にするようになったという意味での内発性はCo Creation、共創の概念においても非常に重要なファクターになると考えています。

狙い・効果

WSによってここまで書いてきたような知見が、ジョハリの窓の blind self、hidden self、unknown selfの様な形で一人で考えるより知らない、気づいていない部分にアプローチしやすくなるものだと考えると、その先にブルーオーシャン発見の可能性が見出せる気がしてきます。

ジョハリの窓 Wilipediaより参照(一部改変)

また、この点は後述するデザイン思考においてはIDEOの共同経営者トム・ケリー氏の「いかなる個人より全員の方が賢い」という言葉にも通じる共通部分になるのではないかと思います。
個人的には、むしろまちづくり系WSの方がより深くそれを実践していると言える点も結構多いのではないかと感じています。

この内発的な構造によって、ヒト、モノ、カネの持続的フィジビリティが高まると考えられますし、仮にアウトプットまで到達出来なかった場合でも、まちづくり系WSが良い対話の場、気づきの場となる事で、その参加体験自体が経験として次に繋がる効果となると見ることも出来るかもしれません。

けれど、そんな事は分かりきっている。それでも人が集まると収集がつかなくなって結局、効果なんて得られない事の方が多いじゃないか。とか、まちづくりはそれでも良いかもしれないが、企業として満足のいく結果を生み出す事はもっと難しいのだと思われる方も少なくないと思います。

同時に、住民の主体的、能動的な参加の上での合意が実現性に繋がりやすい、まちづくり系のWSと一般的な企業のケースをそのまま置き換えられるわけではないというのも確かです。

これはまちづくりが内発的な発展を主体としたコミュニティ内の循環で、活動が完結する部分が大きいのに対して、企業活動は外注、社内システムの発注、提携、エコシステムなど自社にないものを外と繋げて開発を行いそこから利益を生む、外発的な能力の活用を前提とし、そのコストや利益率に対しヒト•モノ•カネの計画に高い精度を求めざるをえない事と関係しているのでしょう。

では、それらを踏まえた上で、まちづくり系のWS自体の難点(推察)と企業活動に置き換えた場合に生まれる課題を、私個人の反省も踏まえ考察しながら整理していきたいと思います。

まちづくり系WSの難点

取り組みの流れやフレームワークが目指していると推察出来る目標からそれがうまくいかなかった場合に出る構造上の難点を推察したものが下記になります。

・参加意欲の温度差
・発言量による視点の偏り
・協力体制を組む相手との人間関係
・実践者の負荷の偏り

企業活動に置き換えた場合の課題

企業活動として捉えた場合にまちづくり系WS以上に慎重な検討が求められる課題は下記になるかと思います。

時間
企業の場合、参加する時間も社員の工数です。それを具体的に勤務時間で実行しようと思うと時間×人数が企業の負担となります。ある程度答えの出ている提案(共創ではなくコンサル提案)資料を比較検討して完結していた会社に参加者の時間を用意する意味を見出して欲しいと言っても理解を頂くことが簡単ではありません。かと言って、不用意に時間を削れば必要な検討が出来なくなり、なんとか確保した時間すら無駄になってしまう可能性もあります。

見積り、予算
WSの流れは小さな成功や定義を積み上げながら成功の確度を上げると言う考えが基本となりますが、そのために短期間で細かい検証と計画の修正を繰り返すという方法と日本の大企業の予算の組み立てはあまり相性が良くは無く、ベストアンサーと言えるものはまだ見つかっていないかと思います。

当事者意識
企業の場合、自分自身はWSの結果の恩恵をそれほど受けない(様に感じる)場合もあり、上からの指示でとりあえず参加するという心理になっている側面もあるようです。まちづくりでは多くの場合、WSの結果は良くも悪くも参加者のより身近な暮らしの部分に返ってくるため意欲の調整は企業の方が難しいかなと思います。

上下関係
心がけとしてお願いするものの、組織が大きくなる程、フラットな意見交換を実現することは実際はとても難しくなります。
スタートアップやベンチャーの様なマインドを目指しているフラットな組織の場合も、役職で目的に対する理解の深度の差が出てしまい、そこに周りの人が引きづられるという影響が0にはなりません。

企画力・企画の質
企業ではその価値がマスに行き着くものか一部でも大きな消費行動につながったり生産性の向上にはっきりと繋がるものであるという事やそれがその企業にとって開発効果の高いもの(既存の知見、ファシリティとの相性、流通ルートなど)であるかどうかなど関連情報による根拠立ても非常に重要になってくるため、本来は参加者(住民や社内利用者)や調査対象の「ユーザー」に届けるべきと特定されたものは(それ自体が間違っていない場合)まだ実現できていない「未充足の価値、ニーズ」であり、その実現は何かしらの消費に繋がると考えられるはずですが、外発的な観点でのフィジビリティの設計を早いうちから強く求められる事で、動きが複雑になりがちです。

では、視点を変えればこれらの課題は解決するのか、WS形式やそれに近い共創やアジャイルを用い、企業のビジネスの解決•実現につなげるために利用されるデザイン思考からヒントを得ていきたいと思います。

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デザイン思考アプローチの特徴と効果

特徴

まずはデザイン思考の定義を確認していきます。改めて調べてみたところ意外にスッキリ言い切っている表現がないなと思いながらピックアップしてみました。
Wikipedia では「デザイナーがデザインを行う過程で用いる特有の認知的活動を指す言葉」とあります。ちょっともやっとしますね。
では『ハーバード・ビジネス・レビュー デザイン思考の教科書』を引用してみます。
「『人々が生活の中で何を欲し、何を必要とするか』『製造、包装、マーケティング、販売およびアフターサービスの方法について、人々が何を好み、何を嫌うのか』、これら2項目について、直接観察し、徹底的に理解し、それによってイノベーションに活力を与えること」とあります。
また、同書ではデザインプロジェクトで通過すべき3つのスペース(デザイン思考のプロセス)として「着想(インスピレーション)」「観念化(アイディエーション)」「実現化(インプリメンテーション)」の定義が記載されています。

デザインプロジェクトで通過すべき3つのスペース 着想:インスピレーション 概念化:アイディエーション 実現化:インプリメンテーション 『ハーバード・ビジネス・レビュー デザイン思考の教科書』より

まちづくり系WSと同様、デザイン思考的なアプローチのフローと呼んで良さそうな部分を代表的なところからピックアップしてみます。

デザイン思考系アプローチの基本的は流れの比較
※こちらもまちづくりの方と同様に実際の現場や資料によっても様々だと思うので目安としてみていただければありがたいです。

デザイン思考アプローチに関しても基本の流れを元にまとめ直してみました。

(1)事前調査・準備(調査対象者、関係者の特定など)
(3)ユーザー調査・理解・共感
(4)分析、特定、定義
(5)アイディア検討
(6)アイディア評価
(7)プロトタイプ作成(実験または実行計画)
(8)プロトタイプ評価(実験または実行計画の評価)
(9)実施・展開
(10)実施内容評価
※順番は状況により変動
※順番は状況により変動

定義とその表現はいくつかありますが、平たく言うと(使う、買う)人の事を深く理解し、必要なものを特定し、作ってみて改善しまくると言えるかなと思います。

そこにはビジネス領域が仕組みの中で忘れがちにしてしまう利用者の観点の再発見と、それを独りよがりな理解で終わらせない(企業の決定、プロダクトアウトを目的として「ユーザー」は活動するわけではないと言う理解の)ための姿勢の宣言のようなものが内在しているのではないかと思います。

逆に言えばあくまで作る、推進する主体はビジネス側、依頼を受けて開催する側であるからこそ「ヒト(ユーザー)」に恣意的にフォーカスしていると言えるのではないでしょうか。

これは(ファシリテーターが外部の人間であっても)あくまで活動の主体が住民であったりするまちづくり系のWSとの最も大きな特徴の違いのような気がしています。

狙い・効果

前述したようにビジネスの介在を前提とする外発的な活動を「ユーザー(住民、利用者、参加者など)」に近づけるための努力がデザイン思考であると捉えると、このユーザーと外発的な能力の融合による最大化が得るべき効果になってくるかと思います。

因みに、参加者が結果を直接受け取るユーザーであると考えられるまちづくり系WSでは前述したものは実現できないのかというともちろんそうではなく、単純に企画とその効果に対するイノベーションの解釈と重視するべきポイントの比重の差だったりするのかと思います。

例えば、まちづくりではPriceの観点より住人の生きがいに重心がある事も多く、そのための気づきと合意のプロセスがイノベーションとなります。そしてそれが他の地域のプロジェクトなどと比べてビッグアイディアであるかどうかはオプショナルな概念になるのです。

一方で、企業の場合は規模が大きくなれば国単位、世界単位で施策を実行する事になりますが、その場合に他と比べてユニークであるポイント、優位性を持つ必要性が圧倒的に高くなります。

そういった中で、ビジネスユースでイノベーションと認識出来るものを見出すものとしてまちづくり系WSを見てしまうと、その手法は「ユーザー」の言葉を聞きすぎる状態に陥る危険性を孕む(それ以外のフィジビリティ検討が足りない)という事になります。

長くなるので中身は省略しますが、マーケティング文脈でよく言われる評価の高かった「黒く四角い皿」よりも、「白く丸い皿」を参加者は持ち帰ったという話をWSでも起こり得るグループインタビューとニーズに関する課題として捉えて頂ければ、その危うさは伝わるかと思います。
※まちづくり系WSにも比重の差がありこの点の解決に強いパターンやそのための仕組みも紹介されていますので、ここでは極端な形で比較すればというくらいで受け取っていただけるとありがたいです。

こう言った条件を踏まえてプランニングやコンサルティングのプロではない参加者のアイディアを表層的に受け取り、合意をとった事実を正義として絶対視しないようにプロジェクトを進める必要があるのです。

「もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬が欲しい』と答えていただろう。」
ヘンリーフォード

UXの文脈でよく引用される上記の話のように、WSでは入り口はWhatでもHowでもWhyでも良いけれど、聴き出すべき事は課題やニーズ(wantsも基本的にはニーズを探るヒントであり結論ではないものと理解しておきたい)である事を忘れないように気をつけておく必要があります。

ただ、これを適切に分析し、ユーザー自身の経験に無いビッグな解決を見出し、企業にイノベーションを届ける事がとても難しいわけですね。

そのため、デザイン思考のイノベーションにも眉を顰めたくなる方や、やってみたけどうちには合わなかったよという企業の方も少なくないかと思います。そこで、ここからデザイン思考の難点と課題に関しても確認していきます。

デザイン思考アプローチの難点

デザイン思考アプローチにおける構造上の難点は下記になるかと思います。

旧来のコンサルタントワークとの違い
参加型である事が伝わらず、ある程度の結論が事前に導き出されている旧来のコンサルタントワークを期待される場合があるかと思います。この場合、共創やアジャイルの概念は期待値乖離を生むことになるため、スタートする時点でどの手法が適切なのか整理する必要があります。
もし、期待値とは異なる場合にあえてデザイン思考アプローチをご提案するのであれば、その違いをしっかりと事前にお伝えし、認識を揃える必要も出てきます。

プロジェクトに対する共通理解
参加が部分的になるメンバーの比率が増えるため、何故それをやるのかについての理解が浸透しにくくなる可能性があります。

ファシリテーターやデザイナーの能力への依存
ファシリテーターやデザイナーに形式にとらわれず、ユーザーのニーズ、課題を読み間違えないような適切な調査を行い、その背景にあるものをビジネスとして優位性を獲得できるまで定性的な分析をし、チームの知見を活かす能力があるかないかで結果が大きく変わります。

上下関係
デザイン思考アプローチの場合、アイスブレイクに関してもある程度訓練を積んだファシリテーターがケアをしていきますが、企業側の組織構造の影響は常に存在するため難しいポイントではあります。

企業活動観点で見た課題

企業活動として捉えた場合にデザイン思考アプローチで課題と感じられる点は下記になるかと思います。

時間
共創をどこまでの範囲とするか次第ではありますが、デザイン思考アプローチでも参加者や調査対象者の時間を確保する必要があります。

見積り、予算
小さな成功や定義を積み上げながら成功の確度を上げる方法は共通のものとなるため予算の組み立てがしづらい場面がこちらでも出てきます。

当事者意識
参加する負担がまちづくり系のWSより低い分、当事者意識がより低くなる可能性があります。

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まちづくり系WSとデザイン思考の比較


ここまで記載してきた特徴を下記に簡単にまとめてみました。

まちづくり系WSとデザイン思考アプローチ

こういった差分とメリデメからまちづくり系WSとデザイン思考アプローチを踏まえ改善やトライアルを考えていくために、その間のステップとしてIBMの手法に関しても少しご紹介させて下さい。

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IBMのデザイン思考型WSの特徴と効果

特徴

IBMのデザイン思考を元にしたアプローチは、企業内の仕組みの改善と2Cアプローチの検討と仕組みによるご支援を目指し、参加者に検討事項を実施頂く共創が主体の場合とIBM側で受け持つ範囲の広い部分共創の場合があり、まちづくり系のWSとデザイン思考のアプローチの両方に共通する部分があると考えています。

そう言った特徴から方向性はLEAN UX のデザイン思考のプロセスに近いインハウス的(つまり内発的、共創的)アプローチを辿りますが、「エンタープライズ」のお客様へのご支援が多くなるため、スタートアップの活動では暗黙知になりがちなビジネス要件の整理に関してもチームとして恣意的に認識を合わせる構造があります。

大まかな流れは大きくわけて事前のMTG、4つのステップを基本としたWSと、その後MVP(Minimum Viable Product)の構築、評価になります。

私の所属する部署では特にこのMVPまでの初期サイクルを回し、その後の拡張やプロダクトの導入の判断に繋げるための材料をお客様にご提供していて、特にデザイナーが関わるWSのフェーズでは各ステップで発散と収束を行いながら全体を通した検討事項を検証要件に収束させていく流れになっています。
その各ステップ毎にも発散、整理、収束、定着という流れがあり、外発的な私たちの関わりが企業のお客様の中で内発的な展開になるように工夫がされています。

IBMのデザイン思考型WS

これらのステップを効率的に実現出来るようにUX文脈で基本となるペルソナや共感マップ以外にも一般的なマーケティング観点やデータ分析観点、ブレインストーミング的な要素が体系的に取り込まれていて、それぞれの役割をお客様のテーマや事前に頂く情報に合わせカスタマイズするという方法で、ファシリテーター、デザイナーなどへの能力依存を軽減しながら一定の品質をお届けしています。

その組み合わせ次第で、最短半日のお試しWSの組み立てが可能だったり、良くも悪くもトップダウンプロジェクトやプロダクトアウトの思考整理、合意プロセスにも使えるという特徴もあるのですが、この場合流石にデザイン思考とは呼べない部分もあるため、その辺りをご理解いただきながら進める事も大事だと感じています。

因みに、今回のタイトルにデザイン思考「型」と記載させて頂いたのもその辺りが理由になっています。

では、この体系を通した基本的な狙いと課題を記載していきます。

狙い・効果

まずは参加型である事で参加者間の認識差分を埋め、そう言った相互の違いをまちづくり系WS同様理解していきます。
この過程に私達IBMの側も(内容によっては)積極的に入る事で、お客様側の業界知見とテクノロジーの専門性の視点を融合させていきます。
相互理解を前提とした検証価値の定義によって、しっかりと共有化された合意形成と双方の主体的な役割の自然な構築を目指します。

IBMのアプローチの難点

いくつかの改善や視点の転換があるとは言え、WSの難しさに関してはこれまで記載してきたものと同様の事象が案件ごとに濃淡ありながらも日々起こり続けています。

企業活動観点で見た課題

難点の側面と同様企業活動観点で見た課題も受け取り方の大小があるとはいえ共通するところが多い状態かと思います。
IBMの場合、時間に関してはお試し的な感覚で一般的なデザイン思考アプローチよりかなり短いものにトライしているパターンがあったり、見積もり・予算などの目処を立てるためにMVPがあるという面はあるのですが、参加者の姿勢など、まだまたお客様に依存するところも大きかったりします。また、企画の質で言うとまちづくり系WS同様の初期段階でのビジネス観点で見たイノベーションとしての弱さの払拭方法を日々模索している段階です。

そこでこれまで記載してきた内容からの学びに現場の視点を入れながら今後の改善と展望を記載していきたいと思います。

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デザイン思考型WSの改善

今まで記載してきたWS、特にまちづくり系のWSやデザイン思考アプローチの良し悪し、その思想を利用しながらも異なる意図を入れながら展開しているIBMのWSの経験などを踏まえ、今後、より良い共創を目指すために考えるべき事を下記にまとめていきます。

本当にWSである必要があるか考える
私は合意と理解の重要性に比重を置く場合や一般的なブレインストーミングとして知恵を出し合いたい場合にはWSはとても良いものだと思っていますが、言語化できていない価値を人間や社会を中心に理解しイノベーションを起こすことに軸足を置くなら、インタビューなどのユーザー調査や現場観察による発見に優位性があるとも思っています。
この良し悪しがある事を理解して、進め方の計画、軌道修正を行う事はまず念頭に入れておくと良いかなと思います。

WS開催自体のゴールもきちんと定義する
これまで書いてきたように、WSの効能として実施の時点で相互理解、合意形成が出来るというものがあります。これだけなら開催の時点で達成出来る事は多いのですが、デザイン思考アプローチで目指すイノベーションを期待するならば、その為に必要な時間も組み立ても変わってきます。
その為、理解と合意かイノベーションに繋がる発見かどちらを目的とするのかを整理しておく事とその差が見えてきた時に柔軟に調整する姿勢が大切だと思います。

実施(フレームワークを埋めた事)のみで満足しない
IBMに限らずフレームワークを活用するシーンは色々あるかと思いますが、大事なのは課題や本質的なニーズ、未充足のニーズを見つけ出す事で、そのためにどう使うかという基本のはずです。
全ての手順は聴く、理解する、考えるためにあるので、アクティビティの実施、フレームワークの穴埋めで満足せず、必要な事が聴け、理解出来たか、考えられたかと向き合いたいと思います。
そのために、フレームワークはあくまで道具であると理解して、ひきづられずにうまく利用する必要があります。

実施の際の表層的な言葉にひきづられない様に気をつける
組織構造や人間関係の課題を0には出来ないため、グループインタビューに見られる忖度が働くリスクをファシリテーターが忘れずに見極める必要があります。
出てきた言動やアイディアは整理・分析を行い、フィジビリティと照らし合わせるまではタネのひとつと捉え、言質とせずに、本当にやるべき事とあっているかを見極め続けるつもりでいるくらいでいいかと思います。

イノベーションはWS内だけでは起きない事を理解する
一定のフレームワークに基づく活動の実施のみで、イノベーションが起こっていたら社会はもっとイノベーションに溢れているはずです。
理解と合意の先にあるものを得たいと望むならば、デプスインタビューや現場観察(WS形式で見るよりも純粋で自然な状態の観察)など、WSでは拾えない価値の分析をセットにし、かつプロトタイプ検証による実感を持った検討を繰り返す事で始めてイノベーションのタネが見えてくるというくらいの理解が現実的かと思います。

目的の明確化と無意識の誘導との違いを理解し誠実に向き合う
IBMに限らず、関われる範囲やご提供出来る能力にはある程度の限界があります。その為、ファシリテーターはどうしても自分が所属する組織に都合のいい意見やアイディアに集中したくなります。
しかし、その流れではWS終了後にやっぱり合わない、必要無いという意見に変わる可能性があります。
それはヒト・モノ・カネやそれに関わる状況、環境、能力、体制で検討すべき課題を無意識の誘導願望によって見落としているためではないかと思います。
もちろん、検証を行った結果ヒト・モノ・カネ観点のフィジビリティに合わないという結果が出る事はありえます。けれど、むしろそれは本当にチームが目指した目標のひとつがフィットしないと分かったという意味ではある種の成功を意味します。
一方で、誘導による見落としは、本来の見当との向き合いが足りず、何処からが問題だったのかを分からなくさせる様な、かけた労力に対しとてもコスパの悪いものとなります。
そこで無理に合意があるからと推進すれば本質的ではない修正が増える事は、WSやMVPに限らない事をデザイナーはよく知っているかと思います。
その為、無意識の誘導になっていないかと常に向き合い、出来る範囲や向かいたい方向がある時は、むしろその点を話し合いたいのだと参加者の間で明確にし、出来うる限りフラットに検討する方が良いと思います。
とは言え、この目的の明確化と誘導の違いやバランスの取り方は本当にとても難しいと感じています。私自身は誘導になるであろう自社にあった見解を話す時はその立ち位置としてはと前置きを置くようにしてはいますがこれも良いのか悪いのか。ただ、このバランスの取り方に関しては、UXやHCD文脈のデプスインタビューから多くのヒントを得る事が出来ると思うのでそれについての考察は「調査・聴き方編」として別途ご紹介させて頂きたいと思っています。

デザイナーと同じ熱意をいきなり参加者に求めない
受託型で賞や数字の成果などを出してきた人から見るとWSの活動で同じ軌跡を起こす事はとても難しく感じるかも知れません。
ジョハリの窓で書いたようなメリットがあるとはいえ、精神をすり減らして、競合とギリギリまで向き合って、何日も徹夜してそこにしかない勝ち筋を見出す行為と天秤にかければ、案だけみると微妙に感じるものもあるとは思います。
しかし、これまでの無茶なやり方では見つけられなかった価値を社会全体で探そうとするこの現代においては、それに合ったやり方と可能性の引き出し方を探るのも私達の仕事です。
フォローする範囲のバランスを見ながらも、共創の中にいる主役がいかに主体的に取り組めるかや自分たちで見直せる力が生まれているかにフォーカスする必要があるかと思います。

限られた時間にやるべき事を整理する
どうしてもネックとなる時間の問題に関しては全て参加にすることではなく、調査や分析の受け持つ範囲をより柔軟に考える必要も出てくるかと思います。
その場合、主体性が損なわれる可能性を理解しておき、共創と分担、その相互理解と再共有をより恣意的に整理していく必要があるかと思います。

参加者のタイプによってアプローチを変える
WSでは全員が主体的に取り組めて、個々の意見がしっかりと表明できる必要があります。その為、あまり人数が増える事は効果的では無いのですが、その中でも、参加者の性格によって進め方の相性が出てきます。
チームとしても考えたい適切な意見で引っ張ってくれる人もいれば、その人にひきづられて従属的な見解になる人もいます。
大切なのはみんなで知恵を出し合う事ですので会話の時間を増やすか、書き込む時間を増やすか、より主体的に参加しやすいアクティビティの形式はないかなど、チームを見ながら検討していく必要があります。

分析、評価の時間を参加型でももう少し重視する
企業活動としていただいた限られた時間のWSでは、発散に注力せざるを得ない場合が多いと思います。
しかし、分析と評価をする中での気づきが次に繋がることも多く、もったいないなとも感じます。
今はどうしても時間がある場合に限られてはしまうのですが、組み立てによっては発散したもののブラッシュアップなど、工夫次第で分析と評価のアクティビティをより積極的に取り入れる事も出来るので、参加者にもその活動の効果を体験出来る様にしていけるといいかと思います。


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デザイン思考型WSにおける共創の展望

既に記載したように、WSの理想像として「いかなる個人より全員の方が賢い」というトム・ケリー氏の言葉がある訳ですが、間違えると火傷をするというのもまたWSの難しさではないかと思います。
けれどそれを乗り越えた時、多様な社会の知恵を活かす事で、特定のプロフェッショナルの思考に縛られていたアイディアを広く解放し今までにない新たなイノベーションを生み出すきっかけになるのだとも思います。

内発的なWSのシーンでは、住民である参加者がまだ気づいていない価値を探求することでオリジナリティが担保でき、主体性がその運用を支える形になることが多いようですが、外発と内発の交差する企業向け共創モデルにおいては、自社の強みの把握だけではなく、外の力とのコラボレーションによるイノベーションが効果を高めることも多いかと思います。
課題もまだ多く残されてはいますが、専門家によるイノベーションが検討し尽くされた世界で皆様と新たな可能性を見出す共創、Co-Creationの道を歩んで行けたら嬉しいです。

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次回のご紹介

次回IBMメンバーのUX関連noteとしてはメンバーの他己紹介(interviewee:ヒョンミンさん、interviewer:みっきさん)をスタートしたいと思います。UXデザイナーがお互いの事を知っていく方法などお気軽に楽しみください。

私の方ではWSを深めるための聴き方や分析の仕方などをUX、HCDの観点で融合させる方法を考えたりしてるのでその辺かカレーの作り方に関するデザインのお話辺りを次は書かせていただこうかなと思っているので、こちらもチェックしていただけたら嬉しいです。

IBMメンバーのマガジンにまとめていきます。IBM UX Communityのプロローグ記事もありますので、よかったらあわせてフォローをお願いいたします。

※この記事に関する情報は会社を代表したものではありません。


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参照

書籍・パンプレット
● ワークショップ―新しい学びと創造の場
○ 中野 民夫 著
○ 岩波新書
● 参加のデザイン道具箱
○ 世田谷まちづくりセンター
高知県集落活動センターハンドブック | 高知県庁ホームページ
○ 小田切 徳美 監修
● コミュニティデザインの時代 自分たちで「まち」をつくる
○ 山崎亮 著
○ 中公新書
● TN法
○ 門間 敏幸 著
○ 家の光協会
● 地元学をはじめよう
○ 吉本 哲郎 著
○ 岩波ジュニア新書
● ハーバード・ビジネス・レビュー デザインシンキング論文ベスト10 デザイン思考の教科書
○ ハーバード・ビジネス・レビュー編集部, DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部 著
● 『デザイン思考が世界を変える〔アップデート版〕 イノベーションを導く新しい考え方』
○ ティム ブラウン, 千葉 敏生 著
スタンフォード・デザイン・ガイド デザイン思考 5つのステップ
○ スタンフォード大学ハッソ・プラットナー・デザイン研究所 著
○ 一般社団法人デザイン思考研究所 編集
○ 柏野尊徳/中村珠希 訳
○ Creative Commons 表示 - 非営利 - 継承 3.0 非移植 License.
An Introduction to Design Thinking PROCESS GUIDE
○ スタンフォード大学ハッソ・プラットナー・デザイン研究所 著
● ユーザビリティエンジニアリング(第2版) ―ユーザエクスペリエンスのための調査、設計、評価手法―
◯ 樽本徹也 著
● UXデザインの教科書
◯ 安藤 昌也

論文
パウロ・フレイレの〈ワークショップ〉批判 ―ファシリテーターは教育者か―
○ 現代社会文化研究 No.63 2016 年 12 月
ワークショップの構造からみた新しい類型化の試み ― 連続した取り組みとしてワークショップを展開するために―

サイトなどその他
Wikipedia:ジョハリの窓
Wikipedia:デザイン思考
「のどが渇いた」というユーザーに何を出す? ユーザーの「欲しい」に惑わされない、本当のインサイトを見つけるUXデザイン・UXリサーチ
○ 羽山 祥樹(はやま よしき)氏 作


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