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【あべ本#31】田原総一朗×望月衣塑子『嫌われるジャーナリスト』

「もはや望月本」レビューか

「安倍政権は終わっても、あべ本レビューは終わりません」

というか、むしろここからが本番と言いますか、今後安倍政権総括・検証本がたくさん出ることでしょうから、モチベーションを上げつつレビューに取り組んでいきたいと思います。

本書は安倍総理・菅官房長官時代の対談。「もはや望月本レビューじゃないか」と言われそうですが、じゃんじゃん出るので読まないわけにはいきません。

少し前にも佐高信さんとの対談本をレビューしました。

あの本は本当に得るものがない一冊でしたが、今回は割合面白い仕上がりになっていました。これは対談相手の田原氏が今も生身の政治家に会って話を聞いているからでしょう。

太鼓持ちは非常時に役に立たない

見どころは、「メシ友」と言われるような、「取材のために」という名目で「政治家の懐に入る」ために「飯を食う」人たちが、結局は政治家に取り込まれているんじゃないかという安倍政権下で特に批判されている点についての議論。田原氏は政治家にすぐに会いに行くし会える関係を築いていながら、一方で鋭く批判することもあり、「なぜ田原氏には(他の政治記者や評論家と違って)それが可能なのか」を望月氏が尋ねるくだり。

それに対し田原氏は、「相手に呼ばれた場合は飯は食わない」「飯を食うとしてもオゴられるのはなし」「励ますこともあるが、直接批判の言葉をぶつけることもある」「お世辞は言わない」などと述べた後、こうも言っています。

政治家というのはこちらが真剣に本音でぶつかれば、結構信用して僕の話を聞くし、自分からも話をしてくれるものです。
本音で「こうだろう? 違うか?」といえば、ひとかどの政治家は、逃げずにちゃんと答えますよ。そこを逃げるようでは、そもそもその地位にまで登ることなんか、できなかったはずだよ。
安倍さんにしても菅さんにしても、ものを言ってほしいはずです。ためにする批判ではなく「これが問題だ」という指摘なら、彼らは聞きますよ。

そういったうえで、田原氏は望月氏に「菅さんと一度、一対一で会見すればいい。僕が仲介の労を取っても…」と述べており、それはやったほうがいいんだろうと思う一方、菅総理にとって望月氏が「ためにする批判でなくこれが問題だとズバリ指摘できる人物」だと思っているかどうか次第ではないか、とも思います。

政治家の側は、コロナ禍の非常時に、心地よさそうにしている記者を周囲に侍らせたってダメだ、とわかっている。そんなの何の役にも立たないことくらい、安倍も菅もわかっている。

こうした指摘を読んだ後に、こちらでもレビューしました『安倍イズム』で安倍政権を徹底検証していた柿崎明二・元共同通信論説委員が菅政権の首相補佐官になったことを考えると、またこの人事の見え方も変わってくるかもしれません。

「安倍総理はしたいことがない」

さて、あべ本レビューらしく、安倍前総理の評価についても触れておきましょう。田原氏はなんとこう述べています。

安倍晋三は、人間としては素直な男です。別に僕だけじゃなくて、人の言うことをとてもよく聞く。だから、自民党の中でみんなに好かれている。野党とは喧嘩するけど、自民党内で批判する人は少ない。逆に言うと、彼は「総理大臣というのは、みんなの言うことを聞けばいい」と思っている。自分が何したいか、がないんです。

「え、ないの?」と思わず突っ込んだ箇所です。あれだけ「戦前回帰」「憲法改正に執着」「岸の怨念」などなどと言われてきた安倍総理、なんと「やりたいことはない」と評価されてしまいました。マジですか……。

確かに田原氏はかねてより「安倍総理が『集団的自衛権』を閣議決定したら憲法改正はいらなくなった。アメリカも何も言ってこなくなった、と言っていた」と述べており、それに対する否定も反論もなかったことを見ると、確かに安倍総理はそう言ったのでしょう。

集団的自衛権行使容認自体が安倍総理の意思に基づくものなのか、アメリカから言われたので仕方なくやったのかすら、こうなるとわからなくなってきますが、いずれにしても2015年の安保法制成立時点で、安倍総理はもはややるべきことを見失ったのかもしれません。いや、北方領土問題や拉致問題はそれでも何らかの意思を持っていたはずだと思いますが…。

田原氏は田中角栄などを引き合いに出し、「彼らの『国民生活を向上させるんだ』という執念はすごかった。そういうものは安倍にはない」と述べており、確かに安倍総理は「国民生活」や「地方の暮らし」に本当の意味で政治生命を賭けようという姿勢ではありませんでした。興味もなかったかもしれない。そもそも官僚の人事なんかに興味があったんだろうか。内政より外交・安全保障重視ということで、それはそれでよかった面もあるのでしょう。

菅総理は「国家観がない」「外交手腕に不安」などと言われてはいますが、一方で国民生活や生活実感の向上への感度は高そうではある。そういう意味でも外向きの安倍総理・内向きの菅官房長官、はいいバランスだったのかもしれません。では、菅総理には足りない外向きの視線は誰が補うのか。茂木外相となるとかなり不安ですが……。



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