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《世界史》ローマ帝国の退廃

こんばんは。
Ayaです。
久しぶりにローマ史を更新しようと思います。
コンモドゥスが暗殺されたことで、ローマ帝国は再び混乱の時代を迎えました。

五皇帝の年(193年)

コンモドゥス暗殺の翌年・193年はネロの死後のように、次々と皇帝が入れ替わる年となりました。五皇帝の年と呼ばれています。
まず最初に即位したのは、ペルティナクスという人物でした。彼はコンモドゥス暗殺犯と密約を結んでいて、擁立されましたが、解放奴隷の息子という出自だったため元老院の支持を得られず、結局暗殺されてしまいました。

『五皇帝の年』1人目
ペルティナクス
一兵士から百人隊長まで成り上がった。

2番目に即位したのは、ディディウス・ユリアヌスです。ペルティナクスの暗殺後、近衛隊による帝位競売(!!)で帝位を競り落とし、元老院を武力で威嚇して即位します。勿論こんなやり方では人々の支持を得られません。各地の司令官が反旗を翻し進軍する中、暗殺されました。

『五皇帝の年』の2人目
ディディウス・ユリアヌス
名家出身でアフリカ総督などを歴任していた。

その後はペスケンニウス・ニゲル、クロディウス・アルビヌス、セプティミウス・セウェルスによる三つ巴の内戦に突入します。

『五皇帝の年』3人目
ペスケンニウス・ニゲル
ニゲルとは黒の意味で、アルビヌスの白に対抗したもの。セプティミウス・セウェルスに一度勝利したものの、敗死した。


『五皇帝の年』4人目
クロディウス・アルビヌス
一度セプティミウス・セウェルスと和解し、副帝となったが決裂し、敗北。妻子も処刑された。
『五皇帝の年』5人目
セプティミウス・セウェルス
初のアフリカ属州出身でカルタゴ人だった。


結局セプティミウス・セウェルスが内戦を制圧し、勝利します。

カラカラ(188〜217)

内乱に勝利したセプティミウス・セウェルスには、ふたりの息子がいました。カラカラとゲタです。

カラカラ
父・母ともにアフリカやシリアにルーツを持つためか、それまでの皇帝とは一線を画する容姿だった。


カラカラは188年セプティミウス・セウェルスとその妻ユリア・ドムナの息子として生まれました。父の即位後はマルクス・アントニヌス・カエサルに改名するなどその後継者として養育されていました。カラカラとは彼が愛用していたチュニックのことであだ名ですが、こちらのほうが有名なので本記事で使用します。
父の崩御後、弟のゲタと共同皇帝として即位しますが、次第に対立していきます。ついには弟を暗殺し、その支持者たちも粛清してしまいます。
弟を殺害して単独皇帝となったカラカラは212年アントニヌス勅令を発布します。属州の自由人にローマ市民権を認めたものでしたが、権利意識のためではなく、より多く徴税するためのものでした。
カラカラの統治は残虐非道なもので、217年暗殺されてしまいました。しかし、ローマ市内に建設したカラカラ浴場は現在まで残り、古代ローマの威光を伝えています。

カラカラ浴場
浴場だけでなく、ジムや図書館も併設されていた。


ヘリオガバルス(203〜222)

カラカラの暗殺後近衛隊長が即位しましたが、この状況を認めていなかったのが、ユリア・マエサでした。彼女はカラカラの母の姉で、孫ヘリオガバルスをカラカラの落し子と詐称して擁立し、近衛隊長を殺害、即位させます。

ヘリオガバルス
度々女装したが、その女装姿は美少女だったと言われている。


こうして即位させられたヘリオガバルスは実権を祖母や母に握られていましたが、それ以上に有名なのが彼の性的指向です。
今でいうトランスジェンダーだったと考えられていて、女装したりしていました。3人の女性たちとの結婚を繰り返したのち、奴隷出身の男性の『妻』になることを宣言。それだけで飽き足らず、宮殿に売春宿を設営し、複数の男性に売春していました。この行状に夫が激怒し彼を殴ると、泣いて喜んだとされています。
またあるとき、宴を催し、終盤になると天井にはった幕を落としました。幕の上には大量のバラの花びらがあり、客人たちが窒息死する様子を嬉々として眺めていたといわれています。

アルマ=タデマ
『ヘリオガバルスの薔薇』

ヘリオガバルスの淫靡な生活に祖母ユリア・マエサもさすがに愛想をつかし、別の孫セウェルス・アレクサンデルの擁立を画策します。ヘリオガバルスは祖母の謀略を察知し、セウェルス・アレクサンデルを幽閉しますが、近衛兵たちの怒りを買い、処刑されてしまいました。まだ18歳の若さでした。
結局次に即位したセウェルス・アレクサンデルも給料の未払いのため、暗殺されました。
ここから軍人皇帝時代に突入し、ローマ帝国は混乱の3世紀をむかえることとなります。

今回はここまでです。
籤引きで将軍になったひともいましたが、競売で帝位を競り落とすってなんやねん‥。
ヘリオガバルスの行状はこれでもオブラートに包んでおります。詳しく書くとR-18にひっかかるので、詳しくはwiki先生へ‥。彼も別に皇帝になりたかったわけではなく、祖母の権力欲に振り回されたひとなので、ある意味可哀想かも‥()


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