17話、激闘とその先(5)
「まぁ妾はダークエルフの中では若いほうじゃ、人族じゃったらクラウディアと同じ頃のイメージじゃな」
「じゃあ、寿命は1000歳ぐらいってことよね?」
「そんな長生きをする妖精族は、死という概念が薄い、正直妾は生き返って何が悪いのか分からんのじゃ」
「え? どういうこと?」
リリ達には、イヴァの言っている意味が全くもって分からなかった。
しかしイヴァの話しは続く。
「クラウディアよ、人族の一生は80年程度じゃろ?」
「誤差はありますが、80年生きていたら、長生きしている方ですわね」
「それじゃ妾たちの20分の1ぐらいじゃな、そのうちの数年ぐらい伸びたところで何が悪いんじゃ?」
(そっかわたしたちの一年は、イヴァにとってのひと月にも満たないのかー)
「生への冒涜とは考えないんですの?」
「冒涜? 長生きしたい、死ぬ前には一言残したいとか、皆が持ってるもんじゃろ?」
「それは……」
「その手助けをしてやって何が悪いのじゃ? 妾が天才魔術師じゃとしても、不老不死には出来ないのじゃから、ボーナスタイムじゃと受け入れれば良いんじゃないのかや?」
イヴァの言葉に、アンが反論をする。
「仮にだ、言い分は認めるとしてだ、だとしてもアンデットは人を襲うだろう?」
「ん? クリスタは襲うのかや?」
聞かれたクリスタは、無言で首を横に振る。
珍しく、イヴァに対して誰も反論ができないでいる、しかしアンは納得できないのか、葛藤を浮かべ呟く。
「いやっ、でもなぁ……」
クリスタの方は、今の一連の話しで現状を大まかには理解したようで、質問をぶつけた。
「イヴァ様、クリスタをまた死体に戻すことは可能ですか?」
淡々と怖いことを聞くクリスタに、イヴァは堂々と答えた。
「可能じゃぞ? 今のクリスタは生者どころか、ゾンビよりも魂と肉体の結合が弱いからのぉ」
「そうですか……」
「望めば自分で離れることもできる、妾が無理矢理に剥がすこともできる、やろうかや?」
イヴァの答えに、クリスタは何かを決心したかのように前を向くと
「そうですか……では消えるとします。辛くないといいのですが」
そう言って、イヴァの目を見据える。
「何度も見てきた妾が、苦痛はないと保障してやろうぞ」
「それは良かったです、では……」
しかしこのやり取りを聞いていたクラウディアが、急に必死になって抵抗し始めた。
それは決意したクリスタとの口論になっていく。
「クリスタ! ちょっとお待ちなさい、それはダメ……ダメだわ」
「しかしお嬢様、クリスタはお嬢様に迷惑を掛ける訳には……」
「駄目だって言ってるでしょう! ちょっと待って、わたくしがなんとかして……」
「何ともなりません! して頂く必要もありません!」
「違うの! そういうことを言っているのではないのよ」
「何が違うというのですか! 」
どんどんとヒートアップしていく二人。
「クラウディア様が、こんなクリスタの為に動く必要はないと、何度言ったら分かるのですか?」
「貴女はそうやっていつもいつもわたくしの……」
「二人ともうるさいなー、クリスタはボク達についてこればいいじゃんか」
(あら意外、ラーナが人を誘うなんて珍しい)
「小鬼が邪魔をしないで頂戴!」
「そうですラーナ様、クリスタはクラウディア様に言わなくてはいけないことが!」
物理的にも間に入ったラーナを押しのけようとする二人。
ラーナはため息をつくと片足を振り上げ、思いっきり地面に叩きつけた。
ドンッッ!!
物凄い音と共に地面が揺れる。
その地面を揺らすほどの衝撃に、二人は一瞬黙る。
ラーナが飛び切りの笑顔で優しく聞く。
「うるさいって言ったでしょ、少しは落ち着いた?」
「え、えぇ、取り乱して悪かったわね」
「申し訳ありません……」
落ち着いたクラウディアとクリスタは、身だしなみを整えると答える。
「それで? 僕の提案はどうするの?」
「いやっ、でも……確か、に……」
考え込むクラウディアは、ラーナの意見のメリットをしっかり感じていた。
クリスタは、地面に力なく落ちている左手を拾い、しゃがみこんだまま動かない。
「妖精や小鬼はクリスタと一緒で良いんですの? アンデットよ?」
クラウディアの口調は、肯定も否定も求めているような、どっちっつかずだった。
「そんなの今更よ、むしろ料理ができる人が増えて嬉しいぐらいよ?」
(元々わたし達は人里に住めるような旅はしてないし、なにより原因はイヴァだからなぁ)
リリは軽く答えたが、色々と考えたうえでの了承だ。
クラウディアはその言葉を聞き、クリスタに呼びかける。
「そう……クリスタ!」
クリスタを見ると、まだしゃがみこんだまま動いていない。
行動も口数も少ないクリスタは、考えていることが一番わからない相手だ。
「もういいですわ、アンデットになってしまった貴女なんてわたくしは二度と見たくありませんもの」
「街に付くまでの同行は許しますが、もうクビです、リューネブルク家の家名を汚さないよう殉職扱いにしておくわ、何処ともなく行けばいいのだわ」
やっとクリスタが顔を上げ声を上げる。
「ですが……」
言葉を零した瞬間に、クリスタの首元にレイピアが当たる。
ひやりとした感触はもう感じられないので、いつもよりも恐怖感が薄く感じた。
「主に反論なんていい度胸だわ!」
「し、しかし……」
「まだいうのですか? 何なら物理的に首を落として差し上げてもいいのよ? 今の貴方は首が落ちても死なないのでしょう?」
パチクリと目を動か、しキョトンとしたクリスタの顔を見て、クラウディアはレイピアを鞘にしまった。
「フフッ……珍しい顔も見れたし満足だわ、元気でね」
クラウディアは周りに見えないよ程度に優しく微笑むと、一足先に足取り軽く馬車へと向かっていった。
* * *
「っあ! 雨!」
ラーナが上を向くと、ポツポツと水滴が落ちてくる。
デザートプレデターとの激しい戦いで気にしていなかったが、一面の青空は薄黒い雲に覆われていた。
(乾ききった荒野に雨なんて、ちょっと幻想的だわ)
場違いにもそんなことを考えたリリ、無知ゆえに絶望的な提案をした。
「雨宿りでもしながら、雨が止むのを待ちましょう」
その提案を聞いて、アンが驚いたように答えた。
「何を言ってるんだリリ嬢ちゃん!」
「っえ!? 驚くようなこと?」
「このカルラ・オアシスで雨が降るってことの重要性が分かってないのか?」
「砂漠に雨なんて最高じゃない!」
「確かに生物的には嬉しいかもしれんが、住人としちゃ凶兆なんだよ」
リリは意味も分からず、怒られた。
「凶兆?」
「雨でモンスターの動きが活発になるんだよ」
「それは……確かに怖いわね」
「もしかしたら、このデザートプレデターも雨期に関係があったのかもしれんな」
「そうなの?」
「今の所はわからんがな」
アンは地面に転がるデザートプレデターを見る、完全に事切れている。
その横で血をぬぐい終え、身だしなみを整えたクラウディアが提案をする。
「少し無茶をしてでも、さっさと街まで逃げた方がよろしいのではなくて?」
「馬車はどうするの? 馬車なしで街まで行けるのはリリぐらいでしょ」
ラーナの言葉に一同が困惑する。
「見た感じ、車輪が一つ外れてしまってますわね」
「車輪が一つだけなら治しゃ何とかなるだろう、アタシがやってやるよ」
「見た目はボロボロじゃがな」
少し前向きになった空気に水を差すイヴァ。
「イヴァは余分な荷物を全部仕舞ってね」
ラーナが意地悪そうに笑い、釘を刺すようにイヴァに言った。
「面倒くさいのぉ、さっきの死霊魔術で魔力がないんじゃが、置いてきゃ良いじゃろうに」
気持ちを一切隠さず、空気も読まず、全開でめんどくささを出して答える。
「急ぐんだから、少しでも軽くしなきゃダメでしょ?」
今度は顔を覗き込むように言うラーナ、その目の奥は笑っていなかった。
(っあ、意外とラーナもイヴァに怒ってたのね)
「……わかったのじゃ」
皆は、持っているものや身に付けるものを最低限残し、イヴァの前に置いていく。
イヴァはぶつくさ言いながらも、荷物を一つづつ入れていた。
「あとは車輪か、ラーナ嬢ちゃん手伝ってもらっていいかい?」
「ん? ボク直したことないよ?」
「力仕事となると、他のやつには頼めんからな」
「ん! わかった!」
返事をして馬車へと小走りで向かうと、軽々と馬車の荷台を持ち上げた。
アンが壊れた車輪を回るように応急処置をしていく。
それを少し離れて眺めていたリリに、急にクラウディアが声をかけた。
「多分ですが、あれでは街まで持ちませんわ」
「っえ? それはやばくない?」
「アン様は元冒険者ではありますが、木工師ではありませんもの」
「じゃあどうするの?」
「走ってる間は、私達が風魔法で荷台を少し浮かすしかないでしょうね」
「それは流石に、無理じゃない?」
(風で浮かせるって結構力がいるんじゃ)
「二人いればなんとかなりますわ」
「ホントに?」
「ほんの少しだけ、車輪の負担を減らすだけですもの」
(クラウディアがそういうなら、そういうものなのかなぁ?)
「ふーん……わかったわ、やれるだけはやってみましょ」
今にも本降りになりそうな空模様の中、それぞれは持ち場の作業を続ける。
どことなく皆の表情は明るくなっており、先程まで死闘をしていたとは思えない姿であった。
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