18話、サウエム荒原(3)

「王都ですか、となると……」

クリスタはラーナとイヴァと一緒に馬車の奥にいる。
 人目につかないよう顔までローブに包み、聞き耳を立てている。

「とりあえず確認なんだけど、わたし達はもう入れないってことでいいの?」

リリが諦めたように聞くと、ソフィアもさらっと答えた。

「だろうねぇ、それどころかラーナちゃんについては王都に向かうのも厳しい、むしろやめるべきだと私は思うねっ」
「行くのもダメなの?」
「戦争は終結したのだとしても、戦禍の癒えていない対戦国の王都に一人で行くなんて、自殺行為だよっ? それでもいいなら私は止めないけどねっ!」
「そこまで!? でも、まぁ……そうね」

(慣れて来たとは言え、亜人に優しいと言われるこの街でも、視線が痛かったからなぁ)

リリは何も言えずに口ごもる。
 クラウディアも考え事がまとまっていないので、4人の間に沈黙が流れる。
 その姿を見ていたラーナが近づくと明るく言い放つ。

「ボクのことは気にしなくていいよ! いつかは南に向かう予定だったし」

(ラーナがわざわざ意見を言うなんて珍しいわね)

普段、こういった話し合いには全く参加せず、つまらなそうに眺めているだけのラーナの意見に、リリは何かしらの思惑があるのだと思い同調することにした。

「それならわたしも、ラーナと一緒に南にいこうかしら」
「妾もじゃな、この国の王都になんぞ行っても何もないしのぉ」
「リリ、イヴァ……ありがとう」

ラーナは二人がそんなにあっさりと付いてくると思っていなかったのか、恥ずかしそうにお礼を言った。

「悪いな嬢ちゃん達、アタシはもう少しカルラ・オアシスに残る、じじぃ達を待ってなきゃならんからな」

(アンはそうよね、むしろここまで手伝ってくれただけでもありがたいわ)

「謝らないで、本当にここまでありがとう、助けに来てくれて嬉しかったわ!」

リリが丁寧にお辞儀をすると、アンは何とも言えない表情をした。

「本当はもう少し力になってやりたかったんだか……」
「大丈夫、もう充分に貰ってる」
「そうか? 何もしてないと思うが……」
「アンはボクを真っすぐ見てくれた初めての人族だから」
「そうか、嬢ちゃんには酷な話しだが、できれば人族を悪く思わないでくれ」
「ん、考えとく」
「悪いな」

二人は顔を見合わせ少しだけ微笑む。
 その横、真剣ながらも物憂げに考えこんでいたクラウディアが顔を上げた。
 そしていつものキリっとした表情、いつも道理のテンションでリリに毒舌を吐いた。

「亜人との道連れもここまでと思ったらせいせいしますわ、もちろん私は王都に向かうことにします、貴族ですもの、民を守るのは義務ですわ」

クラウディアの言い方にリリは言い返す。

「なんか考えてると思ったら、クラウディアはそんな言い方しか言えないの? 最後なんだからもう少しさぁ、こうなんていうか、なんかないの?」
「何を今さら? あるわけないわ」

クラウディアはフンッと、顔を背ける。

「死闘を共にした仲じゃない?」
「わたくしは元貴族で貴女はただの亜人ですわよ? むしろあなたの方が住む世界が違うっていう事をわきまえてくださる?」

そう言い放ったクラウディア。
 その背後、足音一つ立てずに近づいたクリスタが小さく呟く。

「クラウディア様、クリスタは……」
「どこぞのアンデッドが、なにか言ってるわね?」

クラウディアが振り向きもせず、ぶっきらぼうに言う。

「あなたねぇ!」
「リリ!」

リリはクリスタの心中を察して声を荒げるが、それをラーナが制する。

「ラーナ止めないで! 一発殴ってやらなきゃ気が済まない!」
「大丈夫、クラウディアは本気じゃないから! そうでしょ、クラウディア?」

二人のやり取りを微動だにせず見ていたクラウディア。
 振り返らずに今度は優しく言葉を紡ぐ。

「全く小鬼は余計なことを……クリスタ、あなたはもう自由よ、リューネブルク家に縛られることも、ワガママなわたくしに尽くすこともしなくていいの」
「……」

クリスタはクラウディアの背中をいつもの無表情でじっと見つめていた。
 アンデットになってしまい、青白くなった肌と虚ろな目がさらに無表情な印象を与え、リリにはそれが今までより生気を感じない表情に見えた。

「貴女の人生で、自由なんて始めてでしょうから戸惑うと思うわ……それでも好きなことをしなさい、思った通りに生きなさい! わたくしは……」
「クリスタはもう死んでます」

クラウディアの言葉を遮るように、クリスタは真顔で言うとクラウディアは笑った。

「フフッそうね、もうわたくしのために生きてきたクリスタは死んだわ、ですからもうわたくしの為なんて、そんなこと……もう考えなくてもいいの」

涙を目に目一杯溜め、それでも気丈に喋るクラウディア。
 しかし我慢できずに振り返るとクリスタの右目と首筋、脇腹をそっと触り謝る。

「貴女はこんなにも、こんなにも傷だらけになるまで……本当にごめんなさい」

縋りつくように頭を下げ、そう言った。

「ク、クラウディア、さ……ま?」

久しく見たことのない態度と表情にクリスタは困惑していた。
 クラウディアは下げた頭を上げる気配はない。

「もう敬称はいらないわ、いらないのよ」

クラウディアにしては珍しく、卑屈にも感じられる言葉が零れ落ちた。
 自分の不甲斐なさと、クリスタにとどめを刺してしまった罪悪感から出たものなのだろう。

「……そうですか、それでもクリスタにとってクラウディア様は世界で一番尊敬できる方であることに変わりはありません」
「クリスタ……」
「お顔をお上げください、俯くのはクラウディアお嬢様らしくありません」

キッパリと言うクリスタの言葉を聞いて、ようやく顔を上げたクラウディア。
 その目は溜まっていた涙をボロボロと零し、真っ赤に腫れていた。

「正直に言えばワガママな言動に愛想が尽きそうなことも何度もありました」
「ですわよね」
「もちろん、逃げようと思ったこともあります」
「そう……」
「それでも、それでもです! クリスタが尊敬してやまない主様はクラウディア様ただ一人なのです!」
「……あ、ありがとう」

お互いが真っすぐお互いの目を見て話す。

「クリスタは知っています、城の誰よりも早く起きては剣の稽古をし、夜は誰よりも遅くまで帝王学に励む努力家であることを」
「……」
「どんなに辛いことがあっても、領民や私たち平民の前では笑顔で市政に立つ我慢強い一面をもっていることを」
「そ、そんなことないですわ」

クラウディアは恥ずかしそうに俯く。

「クリスタはずーっとクラウディアお嬢様の後ろから見てきました、男として後継者として育てられた幼少、弟君が生まれてから自分の意志で人々の生活とリューネブルグ領の未来という大きな責任を自ら抱えた尊い姿を」
「そんなクラウディア様を、実はずっと立派な主人であり大切な『妹』のように思っていたのです」
「ク、クリスタ……ごめんなさい」

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