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家族をつなぐイギリスの一杯の紅茶


Would you like a cup of tea?

その家では毎日のようにこの会話が、何度も何度も登場する。本当に、1日に6回くらい。

紅茶はいかがですか?

と聞きながら家族の誰かがお湯を入れて準備する。

はじめましての時も。
寝坊して朝リビングに行った時も。
お昼に勉強している時も。
仕事から帰ってきた時も。
夜ご飯の後も。

家族の誰がみんなに聞く、合言葉。

Would you like a cup of tea?

ここはわたしがイギリス生活の始まりでお世話になったホームステイ先の家。ロンドンから2時間くらい離れた、美しい田舎町にある。

嘘のように絵に描いたような家族の暮らしは、本当に自分の人生では今まで経験したことのないような感動でいっぱいの時間だった。

そしてある種、この完璧なように見える家族から、どうやって人と人が家族になっていくのか、わたしは学んだような気がする。

この家では10年以上前、子供たちが小さい頃から、定期的にホームステイの学生を受け入れている。自分たちの日常に誰かを迎え入れることはそんなに簡単なことではないと思うが、本当にどんな瞬間も家族としてこの家に居させてくれた。

学生時代から付き合いもう40年近く一緒にいる両親に、高校生の女の子が2人。週末はボランティアをし、近くに住むおばあちゃんも呼んで食事をする。毎日お母さんが作ってくれる手料理はレシピ本から飛び出してきたような美しさで、驚くほどに美味しい。食後はみんなで片付けをしながら、これまた毎日準備されている手作りのお菓子と紅茶を準備して、キャンドルをつけて好きな映画かテレビをみんなで観る。

悲観する意味ではなく、わたしは家族で食事するのは年には数回!という、それぞれ個人が独立した自由第一の家庭で育ったので、本当にこんな家族が存在するんだとただただ驚き、感動でいっぱいの毎日だった。

だけどこの家族にだって、悩みがあったり、様々な苦境をみんなで乗り越えていた。

家族は当たり前に家族としてあるのではないのか。それを知ってから、わたしはより一層この家族の暮らしに感動した。

Would you like a cup of tea?

という合言葉は家族をつなぐ魔法の言葉。

誰も一人にさせない。誰にでも役割を与えてくれる。外から来た人も、毎日一緒に過ごす家族にも、何度でもつながれるきっかけをくれる。

今日何のお茶を飲みたいか聞くだけでも、その人の気分や体調を知ることだってできる。何か嫌なことあったの?もしかして風邪気味?今日はいつもより元気なのね、と。

この家には「紅茶」だけじゃなくて、「土曜日のベーコンと目玉焼き」とか「トーストのためのたくさんのジャム」とか、とにかく会話を生み出す、みんながつながる仕掛けがたくさんある。

家族だからといって、それぞれのことを当たり前にわかると思わないで、毎日相手のことを大切に思いながら会話する。

家族は当たり前に家族になるのではない。それぞれの思いやりによって、それぞれ心を重ねていくことによって、その時間の積み重なりによって、家族になっていく。

そんなことをこの家で過ごす時間の中で感じた。

そう思うと、わたしの家族は一緒にいる時間は少なかったけど、「家族全員が自由でいられるようにしようね」「人生をそれぞれが楽しもうね」という気持ちは人一倍家族の中で積み重ねてきた。

だからきっとわたしたちは寂しくなかったんだ。ちゃんとわたしたち家族だってつながっていたんだ。

きっと積み重ねるのは何だっていいのだろう。
それぞれ家族の中で、大切な何かを、みんなで一緒に積み重ねていく。

毎日の小さなことが、想像以上に大きなつながりを生み出しているのかもしれない。


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