たくさんの変化を選べた、6月
冬のロンドンを超えて春を経て、6月はたくさんの変化を迎え入れる月になった。
もちろん変化は自分が選ばないと起きることはない。特にひとりで海外にいると、不安定な環境から自分を守りたい本能のようなものが生まれて、なるべくその環境をキープしたい気持ちになる。そりゃそうだ(笑)
だけど人生でもうこんな時間はないかもしれない、わざわざここまで来ているんだから、と自分で自分の背中を押す。30歳になるまでにしたいことがあるんだから、っていうのは自分を前に進めるための合言葉。
6月、わたしはロンドンで2年間働いて英語や資金の準備をした後に行こうと考えていた大学院のショートプログラムに参加することにした。このタイミングでの参加は自分にとっては大きなハードルだったけど、本当に参加してよかった。
何よりこの場所で日常から離れた時間を過ごせたことによって、わたしはロンドンに来た理由がはっきりとわかり、生活のすべてを変えようと思えた。
6月、ロンドンに来てから一所懸命見つけた家も仕事も、一度離れる決心をした。
どんなことでも「いつか」は来る保証がない。不安にもなったけど、ここにいる時間をもっと大事にするために。
変化への不安に負けないで、何度でもその時の自分に大切なことを、できる限り、柔軟に選んでいきたい。
何もかもゼロからの異国の地での生活は、思い出すだけで涙が出てくるほど大変だったけど(笑)これまでのすべての時間と感情が愛おしくて、頑張って生き延びてくれた自分と助けてくれたみんなには本当に感謝している。
好奇心の先には何かがある。何事もやってみないとわからない。わたしの人生はこの繰り返し。そしていつだって、そのときは見えていなかったその先に大きな希望がある。
大学院のプログラムの内容については改めて詳しく書きたいと思っているが、この大学院はシューマッハカレッジという経済学の大学院。E・F・シューマッハーという、現在の消費中心の経済学に対して仏教経済学というのを提唱した彼の理論が元になっている学校。既存の経済学に仏教の思想を加えた、最小資源で最大幸福を目指す経済学。
ロンドンに来てから改めて自分の専門性は"コミュニティデザイン"にあるのだなと思うことがあったが、コミュニティ(人と人とのつながり)には価値があると強く感じるからこそ、それがどうしたら経済的な指標の中でも価値あるものとされるのかということにずっと興味があった。
経済的な指標で見ると、コミュニティ的なものは非効率的という対象になることが多い。所謂ビジネスの中で、自分の信じる価値を説明できなくて何度も悔しい思いをしたことがある。
説明しなくても、コミュニティは自然に生まれ、ただそこにあるだけでいい。
そう思ってはいても、ひとりで生きたくないのにひとりで生きている人がいたとしたら、もしそのために必要な選択肢があるならば、社会の中でもそのための場所を生み出して生きたい。
だからわたしはこの大学院に行きたかった。
自分の信じる価値を、経済や社会の指標の中でも価値として説明できる力をつけたかったから。
あたらしいはじまり。
それはわたしがこれまでずっと願っていたことへの第一歩。
その願いは大学生の頃から心にあったもの。もっと遡ると、小学生の頃に世界平和を叶えられなくて泣いていた自分の願いなのかもしれない。
もちろん今となっては自分で世界を平和にできるとは思わないけれど、ひとりひとりみんなが世界を平和にできるとは思う。自分の周りから少しずつ。
とにかくやっと、ずっと夢見ていた大人になれるような気がしてきた。ロンドンに来て、この場所にたどり着けて、本当によかった。
生き延びるために必死だった生活から、やっと少し進歩です。やったあ。
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