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夕方のニオイを感じた
夕方のニオイを感じた。
外に出るときは常にマスクをする生活が始まって1年すぎた。
私はマスクをしていても匂いは敏感に感じる方だと思う。
気温が上がって暑くなると、息苦しさを感じやすくなった。
先日、周りに誰もいないところでそっとマスクをずらして呼吸をしてみた。
その時に思った。『あ、夕方のニオイだ』
学生時代の帰り道、無意識のうちにいつも嗅いでいたニオイ。
車の排気ガスが混じったような、決してキレイとは言えないニオイ。
特別に感動するようなものではないけれど、久しぶりに感じたそのニオイにとても懐かしさを感じ、感動していた。
そして、『いつも何気なく感じていたニオイもマスクをするだけで感じ取れなくなってしまうのか』と思った。
“マスクをしてるだけ”
コロナ禍になり、特に変わってないようにみえて、色々と五感で感じ取れなくなってしまっているものがあるんじゃないかなと思った。
意識して感じにいくものも減ってきているけれど、無意識のうちに感じていたものも気付かないうちにひっそりと減ってきているんじゃないかな。
そして、無意識のうちに心が動いてたことも減っていって、なんとなく不調になっていくのかな。
特別素敵なニオイじゃなくても、生活していると嗅ぐことがあるニオイって、結構大事なんだな~と思った。
嗅覚ではなくて視覚だけど、私は夕焼けを見るのが好きだ。
オレンジと青のグラデーションを見ると、なんとなくスマホで写真を撮る。
マンションから見る夕焼けもとても好き。
けれど、その夕焼けだって、家にこもりっぱなしでは見られないわけで、外に出たときに気付くことができる。
もちろん、家の中でも感動できる。
映画を見たり、本を読んだり、料理を作って食べたり。
けれど自然に中で感動することは、やっぱり外に出ないと感じられない。
外じゃないと感じることができないことがいっぱいある。
久しぶりに外に出たときにひどく感動するのは、家にいすぎて感じてなかった反動だと思う。
もともとインドアだったけれど、コロナ禍になってから外に出たいと思うことが増えた。
それはもともと外で感じていたものを感じようと無意識に思っていたからなのかなと思う。
自然の中でも、街の中でも、常に五感で何かしら感じ取っているんだなと。
それが良いものでも悪いものでも。
良いものでも、悪いものでも、何かしら感じ取れなくなることが、なんとなくの不調に繋がっていくように感じた。
五感が敏感になりすぎるのもいけないけれど、心地よく五感を働かせていかないといけないのかもしれないと思った。
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