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female #005

female #005
石井武さん/30代/ダンサー



「何かを作ったり生み出す行為は、もともと女性のものだという気がしています。 舞台に立ったり、振り付けをしたりという今の活動も、自分の中の女性性からくるものだと思っています。」


 ダンサーであり、振り付けを担うこともある石井さん。舞台上で女性役をやった経験があり、その際に女性性を研究されたそう。
「ダンスって、男性と女性ではまったく違う表現で分かれている場合があります。バレエだったら細かい足技が女性の振り付けの特徴ですし、日本舞踊などは立ち方から男女で違う。日本舞踊というと ❝女形❞ が思い浮かびますが、あれには女性性がとてもはっきりと表現されていますよね。 ❝男性としての❞ 女性らしい色っぽさ、というか………動作を使って、フェイクではあるけれども ❝より女性らしい❞ ものに作り上げられています。踊りの世界にいる、ということもあってか、僕は自分の中にある女性性には、意識が強い方だと思います。」
 日本舞踊の女型の男性、宝塚の男役の女性。
 異性が演じることで、より女性性・男性性が抽出され、美しく偶像化されたものになる作品。おそらく、同性が演じた場合は同じものにはならないだろう。少なくとも、あのような神々しさは出てこない。
 女性がもつ男性のイメージと、男性がもつ女性のイメージ。
 異性という、ある意味外側から見た際に見える女性性・男性性は、同性という内側からでは気づかないものがあるのだろう。 


「僕、女性には ❝糸❞ のイメージがあるんです。」


 石井さんは言う。 
「糸って縫いとめて繕うことも、縛ったりして苦しめることもできるじゃないですか。 織って布にすることもできるし、結んだり、繋いだり………かと思えば絡まったり。 中島みゆきさんの『糸』という曲がありますが、織りなす布が誰かの傷をかばったりする。いい面も悪い面も、本当に糸みたいだなと思いますし、僕は女性って糸でできていると思っています。」 

 言われてみれば、確かに性質が似ているかもしれない。女性のやわらかい面、面倒くさい面、いろいろな面が似ている。しかも、石井さんは「糸でできている」とまで言う。

「『つるの恩返し』って昔話がありますよね。このお話に出てくる鶴は、自分の羽を使って男のために反物を織ります。そして正体がばれると、羽毛のなくなった体で雪の中飛んでいく。ぼくは、このあとこの鶴は死んでしまったんじゃないかと思っています。寒空の下、丸裸で生きられるわけがない。
 女性って、愛情の形を、自らを削って作っているところがあると思うんです。この話はそういう意味ですごく象徴的だと思っていて。死を予感しながらも、そこに飛び込んでいける、そういう強さが女性にはあると思います。」  献身的で、❝なぜそこまでするのか❞ と思ってしまうほど相手に尽くす人。 前時代的かもしれないが、確かにそこには女性性が見える。



 よろしければ、と誘っていただき、石井さんが出演するダンス公演を観に行った。 石井さんと女性ダンサー1名による『薄命』という作品だった。

 そこでも、糸のようなイメージの振り付けがされていた。女性が男性に操られているような動き。 伸縮性のある細い糸ででも繋がっているかのように、男女の動きがリンクする。主導は男性。女性は従うでもなく、抗うでもなく、そうすることが自然であるかのように男性の手に導かれた動きをなぞる。
 ふつ、と突然動きがバラバラになる。糸が切れたようだ。うごめくように地面を這う男女。
 白い布が二人に被さる。彷徨うようにゆれる白い不定形の塊…

「この作品は、振り付けや演出など全部自分たちで行いました。裏テーマが”依存”なんですが………❝あなたがいないと何もできない❞みたいな、弱い女性のイメージで。団体名を❝Oblipue Line❞という、❝斜線❞を意味する言葉なんですがーーこれも糸、女性のイメージでつけました。糸や線が集まって布や面になる。線の密度は均一じゃなかったりして…線が組み合わさってできる、その隙間に世界があるという気がするんです」

 石井さんの❝糸❞のイメージは、女性のありようを生々しく突きつけられているようで、女性の身としては話を聞いていると少々いたたまれなくなるほどの鮮烈さがある。 糸のイメージから、簡単に具体的な情景が思い浮かぶのだ。ーー愛情、という糸につながれて思うように動けない女性。逆に、愛情の糸で周囲を縛り、自由を奪う女性。もう解けないほど絡まっていることに気がついていながら、それでも切ることができずに泣くことしかできない女性。
 なんだか、傷付いた女性ばかりが思い浮かぶが、この場合の❝糸❞が意味するところは❝人との関係性❞だ。だとすれば、人との仲を取り持つことや、周囲への気配りに長けている人が多いのも女性のほうだ。人と人とを縫い合わせて繋いでいく、そういう細やかさには女性性を強く感じる。和をもって尊しと為す、その和をつくる女性の糸。



「僕は、創造性ってもともと女性のものだと思うんです。男性にも何か放出することはありますが、それは女性からくるインスピレーションであることが多い。どちらかというと男性は、❝1❞あるものを積み上げていくのが得意だと思います。❝0→1❞は女性の方。はるか昔から、炊事や裁縫など、❝つくる❞ということが生活に根ざして当たり前になっているのも女性の方です。男性は、どんなに頑張っても自然妊娠・出産なんてできませんし…。妊娠や出産も、母体にはとてもリスクの高いことで、みなさんそれを乗り越えて子供を生むわけですよね。それを思うと僕は女性を本当に尊敬してしまいまうんです。代われるものなら僕も妊娠、出産してみたい。」



 自らを削って何かを生み出し形作るーそれが目に見えるものであれ、見えないものであれ。 それは、女性の宿命か。
 男性から見た女性の性質は、とても核心をついていて、しかし女性自身では気付けない。 日本舞踊の女形や宝塚の男役スターが輝く理由は、こんなところにもあるのかもしれない。

 ユングによれば、女性性・男性性と呼ばれるものは、性別関係なく誰もが持っているものらしい。
 石井さんの感性で『糸』と表現されたそれは、きっと誰もが持っていて、長かったり短かったり、太かったり細かったりするそれを、つなぎ合わせ、ときに断ち切ったりしながら世界を形作っているのだろう。
 この人が持っている糸はどんな糸だろう。そんな風に考えてみるのも面白いかもしれない。



2017年11月/石井武さん/photo&text: アベアヤカ

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