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nikki_20200527

バビューーーンと時が爆速経過するので、たまに日記を(主に気持ちの変異を中心に)書きます。雑多です。

BGMはこちら。

この日記を書いたのが3月3日。冒頭から「コロナァァァ??!??という非常なる異常事態・様々な状況や気持ちの浮き沈みは日々日々繰り返されており正直テンション迷子ですが」などとテンションの高い(危機感の薄い)状態が記録されていて、なんともモヤる。この時は確かにまだこんな感じだった。

3月4日にはお誘いいただいた、桂文珍さん公演@国立劇場に行った。会場を新国立劇場と間違え盛大に遅刻してしまった。必要あらば電車には乗るが、満員電車には乗りたくないなという頃合い。延期や中止になっているイベントがすでに出始めていたので、会場の客足にもかなり影響があるように見受けられた。もうみんながマスクをしていて、オリンピック無理じゃね?と言っていた頃。

この日記を書いたのが、3月8日。漫画に感情移入して風呂で泣いて日記に反映するくらいには暗い心持ち。文中にもある下記の気持ちが作用していたものと思われる。音楽系の箱は無観客の配信ライブをやり始め、Youtubeの登録をお願いします!と訴えていた。

コロナの影響をまずはじめにエンタメ的な興業界隈が受けたこと、もちろん仕方がない部分もあるし、今は世界的にも業界も関係なく大変なことになっているけれど、ライブハウスやクラブというものが世の中(というか弊国と影響力のあるメディア)にどう思われているのかが透けて見えた中で、自分と同じような気持ちになっている働き手作り手の声がたくさん上がったことに安心しつつも、制度として双方が話し合いをして配慮しあえることはいよいよないんだろうなとシンプルに絶望してしまった。

ボアズの『3020』のPVがアップされたのが、3月9日。武士のようなギャルのような貫通するメンタルに力をもらう。リアリティを持ってして祈ることを嘲笑しない世界を選んできたし、これからも選びたいと思えた。

「時間は繰り返してるって説もあるしな、もしも始まりと終わりが繋がっているんだとしたら、旅路の果て、1000年後。ドブ臭い川縁でビールを飲もう!3020年までずっと友だちでいよう」

この頃から4月末頃まで、奇妙な夢や悪夢を高頻度で見るようになる。例えば以下のような内容。もの凄い頻度だったので、いわゆる「コロナウイルス・パンデミック・ドリーム」だったと思われる。

・韓国の空港で荷物が見つからずフライト直前に焦って走る夢
・友達がストーカーに困っている夢
・世界が荒れ廃れてインスタのフィルター的な色彩になっている夢
・死んだおじいちゃんに瞼にキスされる夢
・絶縁した友達に会い鼻で笑われる夢
・今は会えない/死ぬ前に会えたらと思っている人のライブに間に合わず、皆に「なんで居なかったの?」と言われ号泣する夢
・「中出ししといたから」と言われ完全記憶なしという夢
・お歯黒になる夢
・年上女性と仲良く話していたら馬乗りにされて「あ男の人だ」と思う夢

10年ほど前は色々と思い出すことや思い出せないことや思い出したいことに苛まれていたのだが、その時の感覚を追体験するような夢ばかりだった。

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3月15日には、NUMBER GIRLとZAZEN BOYSの2マンが発表された。向井さんの(そして私の)完全走馬燈必須GIG!!!!!!!!と暗い気持ちがぶっ飛ぶ、余りに希望的な知らせだった。この時には「コロナは冬の風邪と一緒で暖かくなると落ち着くらしい」という噂があったので、GWにはこのライブで号泣する自分がいるんだと思い、ぶるぶる震えた。のちにこのライブは中止となった。

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3月22日には、昔やっていたゲテモノアイドルメンバーで配信飲みをした。かつての自分たちのライブ動画を振り返って見ていたのだけれど、自分が認識していたよりもかなりキテレツ&勢いがありすぎ、かつ、それらの記憶が大分飛んでいることにゾクゾクブルブルした。豚推し。

3月29日は、今年イチぶっちぎりでメンタルがブラックホールに陥り「この世 is 完全に終わり(DEATH)」と思いながら、すがる?気持ちで残したボイスメモがこちら。今だと割と普通に聞けてしまって、基準値がバグ麻痺っている気がする。東京もロックダウンが起こるんだ(起きてほしい)と思っていた頃。桜&雪。

4月1日にはBONUS TRACKがOPENして、4月7日には緊急事態宣言が出た。

このステートメントに気持ちが救われた。担当しているスペースについて、運営を止める止めないという話にもなりながら、近隣の方に向けた期間限定プランを作り、運営を始めた。家とBONUS TRACKを徒歩で往復する暮らしが始まり、街は止まった。この時期に近隣の方やテナントの方と毎日会話ができていたことは本当に自分にとってヘルシーでセラピーで有り難いことだった。この頃には無観客ライブも実施されなくなり、たくさんのSAVEを求める活動が追いきれないほど立ち上がった。

4月15日に、コラージュを作り、あっこゴリラちゃんのZINE企画に画像を送った。この頃には「元に戻る」という感覚は捨てるべきなんだと思い始めた。

4月18日から、山下道ラジオに影響を受けて、友達とzoomやlineしている様子をたまに録音し、未編集でそのままアップすることを始めた。現在まで6人と話した。何かを作ったり書き残す元気はなくても、人と話すことはしていたし、おそらく普段よりしたいと思っていたし、実際BONUS TRACKでも兎に角たくさん喋っていた気がする。そしてきっとこの時期であれば、なんでも貴重なアーカイブになると思った。作業BGMによろしければどうぞ🙏

4月22日、執筆させていただいた記事がアップされた。こんな風に自分のことを振り返ったのは初めてだったので、よかったらぜひご一読ください🙏

4月は曜日感覚がなかったし、お天気雨のような変な天気が多かった。

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友達の愛ちゃんにお誘いを受け、5月6日の日記を書いて、コラージュを作った。この頃になると、ようやくこの事態を受け入れ始めたのか、コミカルめな文章が書けるようになっていることが判る。

5月15日、コロナの影響で閉店が決まった渋谷の回転寿司屋に行く。本当にお世話になったので悲しいけれど、最後のレジでその気持ちを伝えることができてよかった。閉店後に前を通ったら、看板が抜けて白くなっていた。

5月25日、東京の緊急事態宣言が解除された。

こんな異常極まりない期間だったのにも関わらず、BONUS TRACKでは、色んな時に知り合った色んな人に会えた。みな散歩の範囲内で立ち寄ってくれたのだ。連絡もないまま、あーなんでいるの〜〜〜みたいな感じで。最初はいちいちその現象にスピっていたけれど、あまりにその頻度が多くて(それぞれと本当はそいやっ!とハグをしたいけど肘をトン!して挨拶)そういうフェーズなんだと思うようにすることにした。

仕事のことを中心に、シンプルな自己紹介記事も書きたいけれど、こういうウダウダとした読みづらい日記を書くのが好きです。おやすみなさい。

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