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ADHDに生まれた私が思うこと

初めに
ADHDについて
ADHDとは注意欠如多動性障害といい、不注意、多動性、衝動性の3つの要素が見られる発達障害の1つです。
不注意:集中力がない、気が散りやすい
多動性:落ち着きがない、じっとしていられない
衝動性:順番を待てない、考える前に実行してしまう
細かいところは個人差があると思いますがADHDは主に上記の特性があります。

ここで私がTwitter上で発達障害当事者と交流して知ったADHDの特性の一部を記します。
※ADHD全員に当てはまるとは限りません。
●日常的に過眠気味で寝ても寝ても眠い
┗私は日中眠いことが多いです。
●疲れやすい
┗仕事に行って帰宅する、遊びに行って帰宅する頃には疲れていることが多いです。
●時間の感覚が歪んでいる
┗ADHDの人が遅刻しやすい理由がこれです。
●短期記憶に弱い
┗ワーキングメモリに関わってきます、記憶の保持が難しく3秒前のことを忘れる場合もあります。

まだまだADHDの特性はありますが、ADHDに限らず発達障害自体が困りごとに「個人差」がある為、発達障害だからこう!ADHDだからこう!という説明が当事者からもできません。
ADHDに関してはコンサータ、ストラテラの服薬で改善される部分もあるようですが、副作用の出方に個人差がある為全員に効果があるかはわかりません。
また、コンサータ、ストラテラは必ず医師の診断の元に処方されます。
また、処方できる医師が限られているとのことです。


以下はADHDに生まれた私の今の気持ちです。

ADHDに生まれた私には辛いことがたくさんありました。
まず、なぜかはわからないけれど私は幼少期から「いじめ、からかい、見下し、ナめられる」対象でした。
私はみんなと同じことができない理由を義務教育期間中に気付くことができずに不登校に陥りました。
当時心配してくれた人の気持ちを汲み取ることもできませんでした。
同級生とも上手くいきませんでした。
卒業した私は非正規で働きましたが、そこでも人と違うという現実を突きつけられました。
なぜ、私は人からキツく当たられるのか、怒られるのかが全く理解できませんでした...。
「常識がない」など、いろいろなことを言われ一時期は引きこもりました。社会復帰をしても結局は理由もわからずキツく当たられ怒られ、なぜ他人が私にそういう対応をするのか、他人に比べて仕事ができないという理由でここまでの扱いを受けなきゃいけないのか理解ができませんでした。

過去の異性関係については学生時代に男子に自尊心を虐げられたからか、判断力が弱かったのかわかりませんが
自分は異性に必要とされているという確認作業のように「来る者拒まず」だった時期があります、この時期に関して言えばネットでいうところのメンヘラビッチな思考に近かったかもしれません。


さて、健常者だと思って生きてきたのに様々な理由から「私はADHDなのでは?」と疑問に思いADHDについて調べ、診断サイトを巡り確信めいたものを持ち、診断を受けたらADHDで...周囲にカミングアウトをすれば「障害者なんて思わなかった」などと言われ理解を得られず、ADHDとわかっても障害者枠雇用での採用もままなりませんでした。私は障害年金ももらえません、障害者として生きていくのに対して当時の私は知識も情報も持っていませんでした。
そんな私でもインターネットに関しては20歳頃からできていたので、ある程度の情報収集は可能で最終的にADHDの診断に至りました。
診断に当たって母の理解と協力をなかなか得られず、発達障害相談窓口の支援員からの依頼で幼少期の様子についての聞き取りは、仕事が忙しいのを理由に電話越しでした(笑)
幸い母子手帳は残っていたのでそれも参照にADHDの診断への検査が行われました。
母は我が子が勉強ができない理由に「障害がある」と疑問に思わず、単純に勉強が「できない子ども」扱いをしていました。教師も同じです、私を単純に勉強ができない生徒としか見ていませんでした。
私もなぜ自分が勉強ができないのかわかりませんでした...。
その理由がまさか約20年後に判明するとは私も驚きました。
自分がADHDだと思わずに生きてきてADHDだと判明し、いろいろと納得したり受容できていなかったり...と今に至ります。
障害受容につきましては一部受容という感じです。


さて、ADHDと気付かれずに成人した私は自己肯定感を育てる機会を与えられず、周囲から自尊心や心をを傷つけられ...親に障害があると気付かれなかった。
そんな私の何が育って、何が身についのか...未だにわかりません。
もちろん発達障害に生まれたくなかったって気持ちはあります。


現在の私は過去にADHDが原因なのか過去の人間関係が破綻してしまい友達がいません。
新しい人間関係と言うとTwitterで知り合った人、発達障害カフェバーに行ってマスターと話す、そのカフェバーのイベントにたまに行くぐらいです。

普段はTwitterで発達障害当事者の方々と交流しています。

ADHDに生まれ、昔から人間関係を築けず適齢期に結婚もできず...健常者に生まれたかった、どんなに努力しても発達障害が治ることはないのに、なんで生きているんだろう?という気持ちがあります。
きっと、今後もこういう気持ちを繰り返しながら私は生きていくのだと思います。


最後に
健常者に生まれていれば違った人生だったとは思いますが、健常者だから苦労をせずに生きれる訳ではないことはわかっています。
それでも健常者と障害者では生きにくさが違うように感じてしまい、発達障害に生まれたくなかった...という気持ちがどうしてもあります。
これは私の気持ちの問題なので他人に直接ぶつける訳ではありませんことをご理解いただければ幸いです。






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